1 / 独白
これから話すことは、例えばの話なのだけれど。
例えば、黒と白。善と悪。是と非。陰と陽。光と闇。
今や毎日のようにニュースで取り上げられる痛ましい事件の数々にはこの言葉がよく用いられているように思う。
親が子を殺し、子が親を殺し、見ず知らずの人間を殺し。
そして、若者が自らの命を絶つ時代。
曰く。
──性格はとても温厚で。成績も優秀。人気者でありとてもこんな事件を起こすような子じゃなかった。しかし家庭環境がどうのこうの。
曰く。
──人見知りで友達がいなかった。不登校。部屋にこもってゲームの毎日。現実とヴァーチャルの区別がどうのこうの。
そして。
──自ら命を絶つような子ではなかった。
「深刻化する少年犯罪・自殺を決意した──その真意に迫る……」と
「さてA氏にはどんな闇があったのか」
「B氏はその胸の内に何を抱えていたのか」
などなど。
決まって枠に嵌め込みたがる。その方が語りやすいから。論理に反している物事は理解されないから。理解できないことは怖いから。
だから、町裏で座り込む少年少女たち、引き篭もったニートやフリーター、親の期待を背負いこまされ今にも爆発しそうな若者、そんな彼らが犯罪に手を染めた時に大人目線で見下し、何者でもなかった彼等にまるで病名のような立ち位置を与え
何が闇だ、何が善悪の欠如だ。そこには何もない。何にも迫っていない。煽っているだけ。
いやいや、そういう話をしたいわけじゃない。
僕が話したいのは、「闇」とか「光」というものが仮に人間の中にあったとして、そういうのを平気で話す奴の精神についてだ。
「モテないんだよね」
「将来、何になればいいかわからない」
「俺って人間不信なんだよね」
いかにもそれがステータスかのように話している奴が目の前の席にいる。講義中によくもそんなことをぬけぬけと話せたものだ。
あー、はいはい。そうですか。で?
モテない、恋人ができない、人間不信と自嘲気味に自らの浅い
気づいてる? その「自分語り」と「顔」が原因だよ。たぶん、「自分語り」をやめれば現状よりはましになると思うけど。そもそも「モテない」ことを語り始めている時点で気持ち悪い。
将来の不安や孤独、恋のナヤミなんてものは誰もが少しは抱えているのに、自分より問題を多く抱えている相手と一緒にいたいか、って話だろう。自分の力でどうにかなるそんなヘンテコな問題の解決を他人に乞うべきではない、って言っているのだ。
なにより、人間不信を平気で謳う人ほど悲劇のヒーロー面が多い。とても薄っぺらく信用ならないというのが僕の考えだ。
しょうもない俺って可哀想でしょストーリーを考える暇があれば本や映画の一本を読め。
そんなことを考えながら、通路を挟んで右斜め前の席に座る女生徒を見ながらノートを取っていると、あっという間に1ページが埋まってしまった。
いつ頃からか気になり始めた彼女は毎回きまって前から2列目の右から4番目の席に座っている。かくいう僕も彼女を意識し始めてからは席を固定しているのだが、友人には「何故ここなんだ」と度々聞かれる。
「一番前だとやる気満々みたいで嫌だし、後ろすぎるとサボってる奴の仲間みたいに思われるし、うるさい奴が多いから」ともっともらしい返答をしてなんとかごまかしているが、そんな中途半端な席に座っているのには訳がある。
ここからは彼女の横顔が見る事が出来るのだ。
ならなぜ横に座らないかって?
そんなの恥ずかしいからに決まっているじゃないか。
逆に問いたい。横に座ってどうするのか、と。
下心有り有りで話しかけるなんて愚行をちゃらい奴等は平気で行うのだろうけれど、そんな恥ずかしい真似はコミュ障を常に発揮している僕には到底できないし、そもそもお知り合いになるという発想がなかった。
さきほど取ったノートの1ページを綺麗に切り取り、講義で配られた数枚のプリントと一緒にクリアファイルに密かに収め、机下の棚に置く。その後、再びペンを動かす。勉学に励むという行為は本当に忙しい。周囲の生徒もただひたすらに殺伐とペンを動かして、教授の話す言葉を聞くことなく、黒板に書かれたテクストを写している。
来週末はテスト。その為にも今日は普段以上に忙しい。僕も例外ではない。いつもの倍以上ペンを動かさなければならないからだ。帰ってノートを見るとたまに僕は何の勉強をしているのかわからなくなる事がある。内容のないノートと作っていることが多いというのが導き出された結論だ。
キーンコーンカーンコーン、と作られた金属音が鳴り響く。くだらない妄想と落書きだけで一コマが終わってしまった。周りの人間はチャイムとほぼ同時に机に広げたノートや筆記用具を片付け席を立つ。
その動作はさながらプログラムで命令通りに動くロボットだ。そんな中、その流れに抵抗してゆっくりと丁寧に片付けをする彼女はプログラマーの意図せぬところで発生した効率を良くする
なぁ、どうだろう。僕は彼女に話しかける事が出来るだろうか。頑張って話しかけてみたところで「無理です、ごめんなさい」と二言目に言われたらどうだろう。きっと立ち直れないし、校内の笑いものだ。
「おい、そろそろ行こうぜ」
脳内で激しい妄想に駆られていたせいで友人からの呼びかけに気づいていなかったらしい。
「おう、ごめんごめん。考え事してた」
「難しい顔してたけど、どうせ、くだらないことだろ?」
もしかすると、僕の初めての恋の悩みを「くだならいこと」ですませるなんて何て奴だ。言い返せないのが悔しいが、確かに「くだらない」かもしれない。結局のところ、僕自身、先ほど目の前で「人間不信」を謳っていた生徒となんら変わらない。
どうせ、女の子に声をかけることができずウジウジと見つめることしかできないただの変態学生だし。むしろこっちの方がタチ悪い気もする。
ブツブツ言う間に友人が講義室から出て行く。鞄に詰め込んでいたマウンテンパーカーを掴み上げ、ノートと筆箱を鞄に投げ入れ駆け足で追いかける。外は寒い。
いよいよ季節も冬に差し迫り、夏まではとてもガッチリ体型に見えていた木々も「実は私、着痩せするタイプなんです」と言わんばかりにその身にまとった服を脱ぎ捨てている。
「ホッカイロ持って来ればよかった」
パーカーに袖を通し講義室から出ようとした瞬間だった。声をかけられた気がした。振り向くがそこには誰もいない。もちろん気のせいなのだろうが、想いを寄せる彼女から「勇気くん」と名指しで呼ばれた気がしたのだった。
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