~純白、風になびく頃~ 6話
バラド軍が引き上げたのを確認し、少数の部隊を残し、自軍を撤収させて行くセルロイ。未だに何が起こったのか理解しがたかった。恐らくザラームが何か策を施したには違いないが、それが何なのかは全く分からない。
「ザラーム、お前何をしたんだ?」
「私は何もしておりません。ただ……」
「ただ?」
「バラド帝国で内乱が起こった、との情報が入りました」
「このタイミングで? 不自然ではないか?」
「いえ、恐らくこのタイミングだからでしょう。前にも言いましたが、バラドの情勢は不安定です。国の軍隊の三分の一が国外に集結していれば、それを期に不穏分子が武装蜂起するのではないかと思っていました」
「それにしても……いや、これ以上はやめておこう。それより、お前の筋書き通りになったな。これからはどうする?」
恐らく、この事はザラームの中でもうすでに結論が出ているのかもしれない。しかし、セルロイにはようやく一息ついて、また旅にでも出るか。などと少し呑気に構えていた。しかし、ザラームの一言はそれを許さないというような言葉が出てきた。
「はい、殿下にはこのまま、ラントルースを収めて頂きたく思います」
「はぁ? ちっと待て! そんな事、兄貴達が許す訳ないだろ」
「いえ、恐らく城ではもう、そのような話し合いが進められているでしょう」
あっさりと答えるザラーム。
「いや、でも俺には無理だろ!」
「いえ、恐らく殿下にしか無理でしょう。それはコーラル王もアイン殿下も理解しているはず」
「いやしかし……」
まだぶつぶつと呟くセルロイを無視し、ザラームは更にダメ押しの言葉を繋げる。
「殿下、そんな事ではルーミス様は振り向いてくれませんぞ」
その言葉に慌てるセルロイ。
「は、はぁ!? お前それは関係ないだろ? そ、それに俺はルーミスの事は……」
はぁ、と大きくため息を吐くザラーム。
「では、あの指輪はいったいどういう事でしょう? あれは殿下の母君。今は亡きサフラブ王妃が、前王から婚約の時に賜った指輪。他にどういう意味でルーミス様に?」
顔を赤くしながら黙り込むセルロイ。それを何処か微笑ましげに馬上で見つめるザラーム。
「さあ、殿下。凱旋です、顔を上げてください」
セルロイが顔を上げると、もうそこには城門が大きく開かれており、そこを騎士たちに交じり通過していくセルロイ。歓喜の声を上げ、セルロイ達を迎え入れる民衆。
紙吹雪が街中に散らばり、セルロイを讃える。それに手を振って応えるセルロイ。
ザラームは職務上も有るのだろうが、そう言う場が苦手なのだろう、騎士たちに紛れ、目立たない様にする。そして城に到着すると二人の兄が迎えてくれた。
「セルロイ、よくやってくれた」
コーラルがそう言うと、アインもそれに頷く。
「今回、俺は何もしていないよ」
「いや、それでもお前がいなければ、今頃国はバラドに蹂躙されていたかもしれん。それを止め、俺たちが力を合わせる切掛けを作ったのは、やはりセルロイ、お前だよ」
アインはそうセルロイの肩を抱きながら言う。
「さあ、民たちの前に行こうではないか。重大な発表もしなければならないからな」
コーラルはそう言ってアインと顔を見合わせ、セルロイと共に二階のデッキから民衆の前に立つ。すると今までの歓喜の声が嘘のように静まり返る。そしてコーラル王の言葉を待つ。
そしてコーラルはゆっくりと丁寧に、しかし、民衆一人一人が聞き取れるほどの大きな声で話し出す。
「今まで皆の物には心配をかけてしまった事を申し訳なく思う」
そこでいったん言葉を区切り、集まった民衆一人一人の顔を見渡すようにゆっくりと見渡す。
「しかし、我らは隣国、バラド帝国の侵略をくい止めた。そして理解した。我らには新しい王が必要なのだと」
コーラルの言葉に民衆はざわつく。その声を静めるようにゆっくりと右手を上げる。そしてまた静まり返ったところで、コーラルはまた話し出す。
「そして、その王には誰がふさわしいか? 私はアインと話し合った。そして王には何物にもくじけない強さ、そして何物にも恐れない勇気、そしてこの国を愛してやまない気持ち。そのどれもが必要だと私とアインは、ようやく気が付いた。そして、そのどれもを持った者が、今日、今ここにいる!」
コーラルがそこまで言うとまた民衆はざわめく。またそれを制するコーラル。
「そのすべてを持った者。そして、この度のバラドの侵略をくい止めた英雄を皆に紹介しよう!」
振り返りセルロイの方を見るコーラル。
「セルロイ、さあこちらへ」
「いや、でも兄貴、そんな事急に言われても!」
「いいから行って来い!」
そう言って強く背中を押すアイン。背中を押され、勢いよくコーラルより一歩前へ出てしまったセルロイ。
「わ、押すなよ、兄貴!」
セルロイのその姿に民衆からドッと笑いが起こる。それに少し照れながら頭を掻いて話し出すセルロイ。
「えーと……私自身、今この話を聞かされ驚いています。だから正直、何を今言うべきか、とかそんな事は解りません。それに気の利いた事も言えません……でも、私はこの国を良くしたいと思っています。具体的にはまだ何もありません。でも、私には二人の素晴らしい兄達がいます。だから……」
セルロイはそこでいったん言葉を区切り、両脇に立つコーラルとアインの方を見る。そしてまた民衆の方に顔を向け、一人一人に話しかけるように、しかし大きな声で話す。
「三人で力を合わせ、この国をもっと豊かな国にする事を、今ここに誓います」
セルロイの話が終わると、民衆は口々に、そして声を揃え、セルロイの名前を称える。そのセルロイの後姿を見守るルーミス。ふと後ろを振り向くセルロイ。ルーミスと眼が合う。
ルーミスはニコリと笑い、背を向ける。
「兄貴、後頼む!」
「お、おいセルロイどこ行くんだ!?」
「すぐ戻る」
そう言いながら駆け出してくセルロイ。
「ルーミス!」
声を掛けられたルーミスは振り返り、セルロイの顔を見つめる。
「なんだか変な事になっちまたよ……おかげで旅に出る事も出来なくなっちまった」
「何言ってんのよ! あなた王様になったんでしょ? しっかりしなさいよ!」
「え? ああ、そうだな。なんか全然実感ねーや」
「ほんとに! そんなんで大丈夫なの?」
「まあ、兄貴達もいるし大丈夫だろ。俺だけじゃ何も出来る訳ないしな」
「まあ、そうね。でも、これでセルロイがなんか遠くに行た見たい……」
少し悲しそうな顔をするルーミス。
「そんな……そんな事言うなよ! 俺はいつだってあの旅行してた時のセルロイさ! だからいつでも何かあれば声を掛けてくれよ」
その言葉にルーミスは微笑む。
「うん、ありがとう」
セルロイも微笑み返す。
「じゃあ、私そろそろ行くね」
「え? 行くのかルーミス?」
「うん……今まで本当にありがと。寂しいし、ここにいたい気持ちもあるけど……」
その言葉に僅かな希望を見出すセルロイ。
「じゃ、じゃあここにいればいいじゃないか! ラントルースは良い国だぞ。ルーミスもきっと気に入るさ!」
頭を振り答えるルーミス。
「ううん。確かにここにいたい気持ちはある。でも、私はまだ旅の途中なの。それにこれ以上セルロイに迷惑はかけられないよ」
またどこか悲しげに微笑むルーミス。
「そんな、迷惑なんて思ってないぞ! ルーミスの居たいだけいればいいんだ! いや、居てくれよルーミス!」
勢いでそこまで言い切るセルロイ。その言葉に少し驚くルーミス。そこにザラームがどこからともなく現れる。
「陛下。少しお話が」
「ザラーム、後にできないか? 今ちょっと取り込み中だ」
「いえ、今でないといけません。少しこちらへ」
「す、すまんルーミス。少し待っていくれ」
何やらザラームがセルロイに耳打ちをする。ザラームの言葉に少し驚くセルロイ。そして話が終わったのか、またルーミスの前に立つセルロイ。
「ルーミス。ちょっと見せたいものがある。来てくれ」
セルロイはそう言うと、ルーミスの手を取り連れて行く。
「ちょ、セルロイ? どこに行くの?」
「いいからちょっと来てくれ!」
セルロイに手を引かれながら、どこかわからないが、薄暗い廊下を進み、大きな扉の部屋に連れて行かれる。
「ここに何が有るのセルロイ?」
少し緊張した表情で扉に手を掛けるセルロイ。そして、扉を開く。すると今まで薄暗い廊下を歩いていたためか、突然明るくなった景色に、ルーミスは眩しそうに眼を覆うように片手を上げる。そしてようやく窓から零れる光に、眼が慣らされた頃、真紅の絨毯の上に純白のドレスが飾られている。
「セルロイ? これって……?」
「えと、あー、あれだ。どこかのお節介な部下が、勝手に作ったみたいだ。でも、俺はこのお節介をありがたく受ける事にするよ」
セルロイはそこでいったん黙り、呼吸を整えるように深呼吸をする。そして気持ちを落ち着け、意を決したようにルーミスに話しかける。
「このドレスを着てくれないかルーミス。そして、これからもここに残って俺の傍にいてくれないか?」
突然の事に頭の中が混乱するルーミス。
「え? あ、えーと? ど、どういう事? なんだかあまりにも突然すぎて……目の前の事が全然理解できないんだけど……」
「つまり、俺と結婚してほしいって事だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます