~純白、風になびく頃~ 5話

「ザラームいるか?」

「はい、こちらに」

 部屋の隅から現れるザラーム。

「ついに恐れていた事が起きてしまったな」

「はい」

「兄貴達には?」

「今、伝令を走らせました」

 頷くセルロイ。

「これでうまく纏ってくれればいいが……とにかく、今は我々の兵しか当てにはできない。すぐに出兵の準備を!」

「すでに準備は整っています。各砦にも伝令を走らせました。殿下の号令一つですぐにでも行軍できます」

「やけに準備が良いな?」

 鋭い目が少しにやりと笑っているように見えたが、淡々と答えるザラーム。

「ルーミス様に付けていた兵から知らせを受けていました。それからすぐに出兵の準備をしておりました」

「そうか。だが、敵はもう目と鼻の先。すぐに出発して陣を整えねば間に合わなくなる」

「はい。しかし、今から向かえば十分に間に合うでしょう」

 自信たっぷりに答えるザラーム。

「なぜだ?」

「ルーミス様が橋を渡り終えた後、橋を破壊しておきました。今頃、仮の橋をかけている所でしょう」

「ふん、手回しの良い奴だ。とにかく時間は稼いだというわけだ。しかし、何にしても急がねばなるまい」

 と、少し呆れたように返すセルロイ。しかしこれで時間は十分に稼げたのは確かだ。

「よし、ではこれより我ら騎士団は行軍を開始する。全軍に伝えよ!」

 セルロイのその言葉で、城の中は慌ただしく動きだし、半時間後にはもう城を出て国境に向かって行軍を始めていた。

 そして河に到着した時には、橋は殆ど修理が終わり、今にも対岸の軍隊は橋を渡りこちらに向かってきそうな勢いだった。

「なんとか、間に合ったな。兄貴達の動きは?」

 傍らに立つザラームに話しかけるセルロイ。

「未だ……」

「そうか……」

 アインとコーラルの騎士団が来なければ、セルロイは圧倒的な数の前に敗北するだろう。明らかに対岸にいる兵の数は、こちらの十倍はいる。橋を渡ってくる者を少しずつ削いで行っても、いつかはその数に押し切られ、橋を渡って来られるだろう。そうなれば、明らかにセルロイの騎士団には押し返すだけの力は無い。

「くそ、兄貴達は何をしているんだ! このままじゃラントルースは……」

 セルロイがそう言っている間にも、橋はどんどんと伸びていき、今にもこちら側に繋がりかけている。

「ザラーム。もう一度橋を壊せないか?」

「残念ながら……何度か兵を送り込んで入るのですが、橋のこちら側を、船ででも渡ってきたのでしょう、少数ですが精鋭部隊が守っているようで、橋に近づく事もできません。それに以前の橋よりもかなり頑丈に作られています。そう簡単には破壊できないでしょう」

「そうか……」

 セルロイが力なくそう言ったその時、セルロイの騎士団の後ろから何かが近づいて来る大きな音が聞こえる。その音に振り返ると、コーラルとアインの騎士団の旗がはためいている。

「やっと来たか! これで奴らも引いてくれればいいが」

 セルロイの後ろにコーラルとアインが立つ。

「遅くなったセルロイ」

 セルロイに声を掛けるコーラル。それに続いてアインもセルロイに声を掛ける。

「よくやった。ここからは俺が指揮を引き継ごう」

 セルロイは思わず感情がこみ上げ、声を詰まらせるが、それでも何とか声をだし、顔に出さずに二人に返す。

「いや、兄貴達はこれから、国を背負って行かなければならないんだ。だから二人にはこんな所で怪我でもされたら困る。だから、下がっていてくれ。ここは俺が何とかする」

「いや、しかし……」

 アインが口を開くが、それをコーラルが止める。

「解った。しかし、我らの騎士団を合わせても、まだ五分五分だぞ? 勝てる見込みはあるのか?」

 セルロイは笑いながら答える。

「なに、兄貴達が後に控えていてくれるなら、俺が負けても大丈夫だろ? とにかく、城で吉報を待っていてくれ」

 そこまで言い終えると傍らに立つザラームに声を掛ける。

「ザラーム」

「ここに」

「兄貴達を城に」

 黙って頷くザラーム。

「セルロイ……死ぬなよ」

 それに笑顔でかえすセルロイ。

「さあ、コーラル王、アイン殿下お急ぎください」

 ザラームの部下に促され、二人は国境を後にする。

「さて、ザラーム。もうそろそろ橋が完成しそうだが……どうする? 一気に攻めてもう一度橋を落とすか? それとも……」

 黙ったままのザラーム。

「さすがのお前も策は無いか?」

「そろそろ……」

「何だ?」

「そろそろ、バラド軍は引き上げるはずです」

 まるでその言葉が切っ掛けになったかのように、対岸から太鼓とラッパの音が響き渡る。そしてその音の後、まるで潮が引いていくかのように、対岸の軍隊は引き揚げていく。

「なんだ? いったいどうしたんだ?」

 周りの騎士たちが口々にそう声を出す。実際セルロイも目の前の出来事が信じられなかった。

「ザラーム、どういう事だ?」

「もうそろそろ知らせが来るはずです。それを待ちましょう」


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