~純白、風になびく頃~ 4話


 城を出て二日位走った頃、ラントルースと隣国、バラド帝国の国境に挟まれた河にルーミスは差し掛かった。国境といっても、特に何かが有る訳でもなく、ただ木で出来ただけの看板が、掲げられているだけで、これといって何か検問の様な物は無い。恐らくラントルースは内乱になりつつあり、それどころではないのかもしれない。しかし、隣国側にもそれらしきものは無い。少し不思議に思いながらも、ルーミスは橋を自転車で渡って行く。

 橋を渡り終えるのに一〇分位の時間がかかった。橋の上では風が強かったのも有るが、それ以上に河の幅が広いのだ。そして河を渡ってすぐに道は山の中に入って行く。それ程高い山ではなさそうだが、道は険しく、自転車で行くには少し時間がかかりそうだった。山には雪が積もっており、自転車で行くにはかなり厳しそうに見え、その山道の手前でルーミスは鞄から地図を取り出し、それを広げる。

「うーん……迂回しようかな? でも、この道を行くのが早いよね」

 地図を広げて考えていたが、山道を行く事を決め、地図を自転車に縛り付けた鞄にしまい込むと自転車に跨り、山道をゆっくり、ゆっくりと登って行く。

「本当にこのコートが有ってよかった。これが無かったら今頃凍死してたかもね」

 その真白なコートと、新しく白く塗られた自転車は雪に溶け込み、遠目には全くルーミスの姿は解らない位だった。そして、それがルーミスを救った。

 山を走ってもう少しで頂上に辿り着きそうな頃、何処かで行進でもしているような音。そして、それと共に馬の嘶きが聞こえてくる。静かに移動しているようだが、それでもかなりの人数がいるのか、離れた場所にいたルーミスにも、はっきりとその音は聞こえた。

「ま、まさかまた山賊とかじゃないよね……?」

 ルーミスは自転車を降り、雪の陰になる様に身を隠す。すると遠くから明らかに武装をした軍隊が山道を降って来るのが見えた。最初はラントルースの騎士かとも思ったが、もう国境を渡っている事から、それは無いだろうと思ったルーミスは、その軍隊を遠目で観察する。

 もともと静かに行軍している事に加え、木々に邪魔されて声はよく聞こえないが、何とか少し聞き取ることが出来た。そして、はっきりと声が聞こえだした時にはもうそこまで軍隊は来ていた。そして兵士の声がはっきりと聞こえた。

「この山を降ればラントルースとの国境だ。そこを超えればラントルースとの王都はもう目と鼻の先だ! 気を抜くなよ!」

 息を潜めるルーミスの少し上で、行軍する軍隊の足音と声が聞こえる。白いコートと自転車が白く塗られていたおかげでルーミスは見つかる事無く、その一隊を見送る事が出来たが、次の一隊が近くまで来ている事が、さらに続く音で解った。

「ど、どうしよう。ラントルースに攻め込もうとしてるみたい……とにかく早くセルロイに知らせないと!」

 ルーミスは気付かれないようにそっと自転車に乗り、辺りを見渡す。

「この道を降りて行ったら、さっきの軍隊に見つかっちゃうよね……どうしよう」

 辺りを見渡すと、細い道が山の麓に向かって伸びている。

「ここを通って行くしか……無い、よね?」

 かなり険しく、そこは自転車一台がようやく通れるか通れないかのような場所だったが、山を下りて早く橋を渡らないと、恐らく橋の上に軍隊は兵隊を残して進軍していくだろう。もし兵隊が橋に残っていたら、ルーミスはセルロイに知らせに行く事は出来なくなってしまう。もう迷っている時間は無かった。

 ルーミスは勢いをつけ、その獣道を一気に降って行く。買ったばかりのコートに木々の枝が当たり、少しずつ破けていくが、そんな事もお構いなしに、山を一気に駆け降りる。獣道は橋より少し外れた所に出る事になったが、まだ兵隊たちは辿り着いておらず、急いで橋に向かって走るルーミス。橋を渡ろうとしたその時、兵隊の先頭がちょうど山道を抜けて、姿が見えた。

「い、急がないと! 捕まっちゃったら知らせに行けない!」

 必死に自転車を漕ぐルーミス。そのルーミスの姿に兵隊は気付く。

「お、おい! そこのお前、止まれ!」

 兵隊の言葉を無視して自転車を漕ぐルーミス。後ろからは鎧に身を包んだ騎士が馬で追いかけて来る。

「このままじゃ追いつかれる!」

 必死に自転車を漕ぐが、その距離はだんだんと縮む。もう少しで追いつかれそうになった時、ようやく橋を渡り終える。そして、橋を渡り終えた時、なぜか地を駆ける蹄の音は聞こえなかった。それを不思議に思い、必死に自転車を漕ぎながらも後ろを振り返ると、今までそこにあった橋の殆どが崩れ落ち、今まルーミスを追っていた騎士は橋の途中で取り残され、追ってこれなくなっていた。

「な、なんで? でも、助かった! 早く逃げないとまた追いかけられたら今度は捕まっちゃう!」

 息を荒くしながらも、今までと変わらないスピードで必死に自転車を漕ぎその橋から急いで逃げ出して行く。夜も昼も休みなく走り続け、ようやくセルロイのいた城に辿り着くルーミス。着ているコートもボロボロの姿に、セルロイは驚く。

「ルーミス! いったいどうした? 何が有ったんだ?」

 はぁはぁ、と息も絶え絶えにルーミスはセルロイに話す。

「ぐ、軍隊が……国境を越えようと……それで私……急いでセルロイに知らせようと……」

「解った、もういい。とにかくゆっくり休め!」

 セルロイはそう言うと、騎士の一人にルーミスの部屋を用意させる。

「部屋を用意させるから、そこでゆっくり休め。ここからはこの国の問題だ」

「でも……」

「ルーミスは良くやってくれた。でも、ここから先は俺にまかして、とにかく休め。誰かルーミスを部屋に運んでくれ」

 近くにいた騎士に抱えられ、ルーミスは部屋に連れて行かれる。

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