~純白、風になびく頃~ 3話
一日一日、城の中の様子は慌しさを増していく。いくらルーミスでも何か起こっている、という事は十分に分かった。もちろんそれが何なのかはわからない。でもセルロイは会いには来てくれるが、どんどん時間が短くなっているのもそれが原因だろう。
「やっぱり、これ以上私がいると迷惑だよね……」
ルーミスはようやく、医者から旅を続ける事の許可をもらうと、すぐにセルロイの下を訪れる。セルロイの執務室にはザラームがきており、ルーミスが来た事に気が付くと席を外した。
「セルロイ、今までありがとう。ようやく旅を続けてもいいって、お医者様が言ってくれたから、私また旅に出る事にするね」
「もう少し、ゆっくりしてたらどうだルーミス? ちょっと慌しいが、気にする事なんてないんだから。な?」
セルロイはそう言ってルーミスを引き止めるが、それでもルーミスは首を横に振る。
「ううん、これ以上ここにいると、セルロイの邪魔になるかもしれないし。ありがとうね」
「そうか……わかった。気を付けてな……」
セルロイは椅子から立ち上がり、ルーミスの前に立つと、ルーミスの手を握る。
「本当に気を付けてな。またいつでも来いよ! 俺もいつかルーミスの村に行くよ……元気でな」
今にも泣きだしそうな眼で、ルーミスを見るセルロイ。
「な、何よ、そんな顔しないでよ! なんか、旅に出にくくなっちゃうじゃない!」
「ははは、そうだな!」
セルロイはそう言うと、今までの表情を満面の笑みに変え、ルーミスの手を強く握る。
「またいつかな」
「うん、ありがとう。またいつか」
きつく握った手をセルロイは放す。
「じゃあ」
そう言ってセルロイに背を向け、扉に手を掛けるルーミスに、セルロイはまた声を掛ける。
「ルーミス!」
「なに?」
振り返るルーミス。
「いや……えっと、その……」
「どうしたの、セルロイ?」
「いや、その……す……」
「す? 何?」
「いや、うん、なんでもない。気を付けてな! 道に迷うんじゃないぞ!」
「うん、ありがと。セルロイ。じゃあね」
「お、おう。じゃあな!」
そう言うと振り返り、扉を開け、部屋から出るルーミス。そして扉はバタンと閉じられる。ルーミスの出ていた扉を拳を握りながら見つめるセルロイ。そして、その扉からザラームが入れ替わりで入ってくる。
「よろしいのですか?」
黙ったままのセルロイ。
「何人か付けるように手配しています。国を出るまでは問題は無いでしょう」
「そうか……すまないな……」
力なく言葉を返すセルロイ。
「少し、外しましょうか?」
「いや、構わない。今は大事な時期だ、休んでいる暇は無い」
「わかりました」
セルロイは気持ちを切り替え、執務に戻る。
城を出たルーミスは整備された自転車を見て驚く。自転車は整備されているだけでなく、食料や必要な物までそろえられて置かれていた。そして何より、ルーミスが驚いたのは、ラムジットが直してくれた跡が新しく塗装をされ完全に表面からは消えていた。そして自転車の傍らには、自転車を整備してくれた城の鍛冶屋だろう、その人物が立っていた。
「とりあえず一通りの整備と、必要な物はすべて揃えておきました。他に何か必要な物があれば、何でも言って頂ければすぐにご用意いたしますが……」
自転車を前に、ルーミスは何も言う事は無いほど綺麗に仕上がっていた。
「いえ……大丈夫です。ありがとう……」
ルーミスの態度が、どこか浮かない態度に鍛冶屋は訝しんだ。
「何かご不満な事でも?」
「え? あ、いや……なんでもないです。本当にありがとうございます! これ以上ないくらいに綺麗にしてくれて本当にありがとうございます」
慌てて笑顔を見せるルーミス。ルーミスの笑顔を見て、ようやく鍛冶屋もほっとしたのだろう、笑顔でルーミスの言葉に答える。
「正直いつもは剣とか槍とか……そんな物ばかり作っているので、自転車を整備したのは初めてで。一つ申し訳ないのは、今のバタバタした状況で、赤い色の塗料だけがどうしても手に入らなくて、手持ちであった白にしか仕上げられませんでした。でも気に入っていただけたならよかった」
「ええ、とっても。本当にありがとう」
顔では笑う事は出来たが、内心は少し違った。実際自転車は綺麗にはなった、でもラムジットとの思い出は少なくとも表面上は消えてしまったのが、ルーミスには残念に思えてならなかった。それに色も、赤色から、雪の様な真白な色に変わってしまっていた。それに少しがっかりしてしまったが、決してそれを顔に出す事はせずに、笑顔で整備してくれた男に礼を言う。
「じゃあ、本当にありがとうございました。セルロイにもよろしく伝えて下さい。じゃあこれで」
自転車に跨り、ゆっくりゆっくりと自転車を漕ぎ出す。
「久しぶりに自転車に乗ると……なんだか、慣れないな」
重い荷物に少しふらふらとしながらも、徐々にスピードを上げていく自転車。そのまま城を出て、まっすぐ城の周りの街を走って行く。
「それにしても寒いわね……どこかでコートでも買おうかな……」
そう思いながら、ルーミスは街の中を自転車で走って行く。街の中ほどで少し古いが、なかなか感じの良い服を置いてある店を見つけ、そこに自転車を止め、店の中に入る。
「いらっしゃい」
店番をしているのだろう、おばさんがルーミスに声を掛ける。
「あの、温かくて、丈夫で動きやすい上着なにかないですか?」
上着ね……、そう言いながらおばさんは、店の中の物を色々と引っ張り出してくる。
「これなんかどうだい? お嬢ちゃんにはちょうどいいサイズじゃないかい?」
そう言って差し出された服は真白なフード付のコートで、確かにルーミスが着てもちょうど良い位のサイズだった。温かそうだし、色もデザインもルーミスは気に入った。しかし、金額を見てルーミスは驚き、その服を返す。
「いや、もうちょっと安い物を……」
「そうかい? あんたには良く似合いそうなんだけどね~。じゃあ、おまけしてやるからさ、これにしなよ! あんたには良く似合いそうだからさ。あんたに着てもらえたら、これも喜ぶと思うし。どうだい?」
そうに言いながら、目の前にコートを差出すおばさん。
「でも、私、これけしか持ってないし、まだ旅を続けないといけないし……」
そう言って、袋の中から少なくなったお金を取り出す。
「なんだい? あんた旅してるのかい? 一人で?」
こくりと頷くルーミス。
「そうかい、一人旅してるのかい。よし、私も女だ、これでいいから持ってきな!」
そう言って、ルーミスの手から銅貨を一枚だけ手に取り、ルーミスにコートを渡すおばさん。
「え? いやでもそんなんじゃ全然足りないじゃない!」
「いいんだよ~、それに、そのネックレス。あんた、ラントルース王家に何か縁が有るんだろ? 王様はあたしらの誇りさ! だから、これくらいの事はなんて事ないんだよ。さあ、着て見な」
手渡されたコートに袖を通す。
「思った通りだ、やっぱりあんたにピッタリだよ」
そのコートは、まるで測ったかのようにルーミスにピッタリで、丈も自転車に乗るのにはそれ程邪魔にならず、動き回ってもきつくならない程ゆったりしているが、隙間が空きすぎて風が入って寒くなるほどでもない。フードも深くかぶれば、少々の雪くらいは何ともなく走っていけそうなくらいしっかりと被れる。
「本当にいいのおばさん?」
にこりと笑って答えるおばさん。
「ああ、こんなに似合ってるんだ、あんたが着なきゃおかしいだろ? だから持っていきな!」
「ありがとう、おばさん!」
深々と礼をして、店を出るルーミス。その後ろにおばさんが続いてルーミスを見送る。
「気を付けていくんだよ。最近何かと物騒だからね~」
「うん、本当にありがとうおばさん!」
ルーミスは自転車に跨ると、ペダルを漕ぎながら、片手を上げおばさんに手を振る。
「本当にありがとう!」
おばさんもそれに答えるように手を振る。
店を出て暫く走ると、ようやく街を抜け、何も無くまばらに雪が残り、殆ど枯れて茶色くなった草原に出る。遮るものが何もない草原では、まだ日が高いというのに、乾燥した冬の風がルーミスに吹き付ける。少し強い風に眼を細めながら、草原の道を、ただただ村に向けて自転車をこぎ続ける。
「もういい加減、タリス村に帰り着いてるかな?」
とにかく、一刻も早く村に帰り着きたい、その一心で村へ、まだ遠い道のりを自転車をこぎ続ける。
風は冷たく吹き付けるが、それでもルーミスは自転車を軽い足取りで漕いで行く。
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