~純白、風になびく頃~ 2話


 次の日、セルロイとルーミスは城に到着し、同行した医者と共に、すぐにルーミスを城の医師団に診せる事になる。ラントルースは、それ程医学が進んでいる訳でもないが、それでもルーミスのいた村よりははるかに進んだ医療が受けられ、精神的なものは別にして、身体の方は徐々に回復してきた。

 セルロイも忙しい執務の合間に、必ずルーミスの下を訪れ、話をするようにしていた。その甲斐あってかルーミスの表情も徐々に彩りを取り戻していった。

「セルロイ……本当にありがとう」

「なんだよ、ルーミスらしくねーな、どうしたんだ? なんか変なものでも食ったか?」

「もう、何よ! せっかく私がありがとうって言ってるのに、素直に聞けないの? まったく、相変わらずね、セルロイは!」

 そう言いながらもルーミスは、ようやく取り戻した笑顔をセルロイに向ける。その笑顔を見てセルロイは、ほっとして、ルーミスと同じように笑顔を見せる。

 しかし、セルロイはルーミスに構ってばかりもいられなかった。今はラントルースは内戦の危機に瀕している。セルロイが戻ってきたおかげで、何とかすぐに内戦という事は回避できたが、それでもまだ危機的状況を抜け出したわけではなかった。

 セルロイはルーミスの部屋でだけ、笑っていられることが出来た。いつもルーミスの部屋を出ると険しい顔になり、ザラームの部下に次々と指示を出す。そんな過酷な執務がセルロイには待っていた。

『全く! あの兄貴たちは何時になったらこんな事を止めるつもりだ!』

 心の中でそう怒鳴りながらも自室に戻るセルロイ。執務室に戻ると、ザラームが部屋で待っていた。

「ルーミス様の所ですか?」

 ザラームの問いかけにセルロイは頷く。

「ああ、だいぶん良くなってきた。旅を続けられるようになるのも、すぐの話だろうな、あの様子じゃ」

「それはよかった。しかし……そうなってしまってもよろしいので?」

 セルロイはその言葉を聞かなかったふりをし、別の話題をザラームにふる。

「ところで、お前が直にここに来るなんてどうしたんだ? 何かあったのか?」

 ザラームは手に持っていた報告書を、セルロイに手渡す。

「これを」

 それを受け取ったセルロイは、その内容に眼を通し、頭痛がする思いだった。

「全く、弱り目に祟り目だな……で、お前はこの状況どう思う?」

「隣国、バラド帝国まだ準備中でしょう。すぐどうこうという事は無いでしょうが……それでも警戒するべきでしょう」

 報告書の内容は、バラド帝国が出兵の準備を進めているという内容だった。もちろん、ラントルースに攻めてくる、というわけではないかもしれない。バラド帝国は、もともと色々と火種を持った国だったので、出兵準備がすぐに他国に攻め入るという事はイコールでは無い。しかし、それでも警戒を怠る訳にはいかなかった。

「とにかく、また何か動きが有ればすぐに知らせてくれ。それと、この情報は兄貴たちには?」

「いえ、まだ知らせてはいません。まずは殿下に」

「そうか……解った、ではすぐに兄貴達にも知らせてくれ」

 ザラームはそこで少し黙りこむ。

「どうした? 何かあるのか?」

「殿下、この状況利用できそうです。荒療治になりますが、もしかすると……」

「どういう事だザラーム?」

「恐らくバラド帝国はラントルースに踏み込んでこれても、大した数にはなりますまい。せいぜい全軍の三分の一程度。その数でもかなりの脅威にはなりますが、それでも我が軍が終結すれば恐らく戦わずしても追い返す事は可能でしょう」

「確かにそうかもしれない。しかし、今は内戦になりかけている状況。恐らくそれを見越して攻め込もうとしているんじゃないのか?」

「ええ、恐らくそれを見据えての準備行動でしょう。しかし、我が国は確かに内戦中とはいえ、他国からの侵略を許すでしょうか? それを期に軍はまとまり、この内戦状態を終わらせることが出来るかもしれません」

 セルロイは腕を組んで考え込む。

「かなり危険な賭けだな……」

 ザラームはセルロイの言葉に頷く。

「はい、かなり危険な賭けではあります。下手をするとラントルースは滅びるかもしれません。しかし、このまま内戦に突入してしまえば、それもまたラントルースは滅びるでしょう。誰が最後に残っても、決してそれは勝者ではありません。滅びるのであれば、ここで危険な賭けでも、試してみる価値はあるかもしれません」

 セルロイは深刻な顔で考え込むが、ザラームの考えに同意する。

「解った……その案に乗ろう。だが、最悪の事態の事も考えねばならない。何かそこの所は考えは有るのか?」

 ザラームは考え込む。

「いえ……」

何かを含んでいるように答えるザラーム。セルロイは、少し勘ぐる様な眼をザラームに向けるが、その眼には何も答えは見いだせず、また話し出したザラームの言葉を黙って聞く。

「その場合は、殿下の手持ちの兵力で戦う事し出来ないでしょう」

「そうか……」

 苦渋の決断ではあった。しかし、もうそれ以外に方法は無い。そんな所まで追い詰められていた事も確かだった。

「俺が逃げ出さなければ……こんな事にならなかったのか……」

 独り言のように、セルロイは呟く。

「ご自分を責めないで下さい殿下。これは仕方のない事だったのでしょう。恐らく誰にも止める事はできませんでした」

 考え込むセルロイ。

「すまない、少し一人にさせてくれ」

「解りました」

 ザラームはそう言って、静かにセルロイの執務室を出て行った。


城の中では何やら慌ただしく動き回る人達。ルーミスにもその慌ただしさは感じ取れた。

「ねえ、セルロイ。何かあったの?」

 病室を訪れたセルロイにルーミスはそう聞いてみた。

「うん? いや、別にたいした事じゃないさ。それより、身体はどうなんだ? もうかなり良くなったのか?」

 セルロイは話をそらす。明らかに何かを隠している事は確かだ。しかし、それ以上ルーミスは話を聞けなかった。セルロイがそれを話そうとしない態度は明らかだ。そして、恐らくそれは、ルーミスに心配をかけさせない為、でもあるのだろう

「うん。もうすっかり良くなったよ。ちょっと運動でもしたいくらい」

 その言葉を聞いたセルロイハは安心した様に微笑む。

「そうか、じゃあ、もうすぐにでも旅に出る事が出来そうだな」

「うん、そうだね……」

 ルーミスは少し寂しそうに言葉を返す。

「どうかしたか?」

「ううん。でも……なんかちょっと寂しいなって……ラムジットさんにもそう言われたの……だから……」

 ルーミスは表情を曇らせる。

「すまない、嫌な事を思い出させちまったか」

「いいよ、気にしないで。それにセルロイもいろいろ忙しいんだよね。私いつまでもここにいる訳にはいかないし、もうちょっと体力が戻ったらここから出て行くね」

 セルロイは慌てた。しかし、それを顔には出さなかった。本当ならルーミスにここにずっといてほしい、それがセルロイの願いだった。でも、それは叶えられない願いだという事も解っていた。

「気にしなくてもいい、ゆっくり休んで春が来たら、また旅を続ければいいんだ。今は雪が積もっていて旅なんかできる状態じゃないぞ」

 セルロイはそう言うが、窓の外の景色は雪など積もっていなかった。

「何処に雪が?」

「山を越えるには、かなり雪の積もった峠を、いくつか越えなくてはいけないからな。それに何日もかかる。その間まともな村なんか無いから、山を越える頃には凍死するぞ」

「でも、山を迂回していけばいいんでしょ? それなら凍死しないだろうし」

 ルーミスの言葉に、セルロイは言葉を詰まらせる。確かに山を迂回して進めば雪の山道を超える事は無い。かなり遠回りになるが、時間をルーミスはそれほど気にしないだろう。だから、セルロイには、それ以上ルーミスに何も言う事は出来なかった。

「私、来週くらいにはもう旅に出ても大丈夫だろうって、お医者様にも言われたから、来週には旅に出る事にするね」

「……ああ、解った。じゃあ、砦に置いてきた自転車を運ぶように言っておくよ」

「ありがとう」

 ルーミスはそう言ってセルロイにはにかむ。

「じゃあ、そろそろ戻る。とにかく、まだ無理はせずにゆっくりしてるんだぞ」

 ルーミスを子ども扱いして部屋を出て行くセルロイ。

「全く! 私とそれ程年も変わらないくせに!」

 少し怒って見せるが、それでもセルロイが、ルーミスの事を思っていてくれる事は解り、ルーミスはすぐに機嫌を直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る