~純白、風になびく頃~ 1話

 あの日からルーミスはただ呆然と抜け殻のように日々を送っていた。後で騎士達が調べたところ、トランはこの辺りでは有名な盗賊団【クリムゾンバンド】の首領で、高額な賞金首になっているような男だった。そして、ラムジットもその昔クリムゾンバンドで【風切りのラムジット】と呼ばれ恐れられた人物だった、と聞かされた。

 しかし、今となってはもうどうでもいい事でしかなかったルーミスは、ほとんどそんな話も聞き流し、自分がしなかったことの後悔ばかりし、日に日にルーミスは衰えていった。

「またこんなにご飯残して……ちゃんと食べないと持たないよ!」

 食事係の騎士にそう言われても、ルーミスは何も話さず、固いベットの上で膝を抱いた腕に、顔を埋めたまま頭を振って返すだけだった。

 仕方なく、騎士はほとんど手の着けられていない食事を持ち、部屋から出ると、そこには隊長が立っており、中の様子を伺っていた。

「どうだ? お嬢さんは」

「いつもと変わりません」

 そう言って、トレイの上に置かれた食事を見せる。

「そうか……」

 そう言って隊長は自分の部屋に戻ると、机に向かいペンを取り、手紙を書き始める。そして手紙を書き終えると副官を呼び出し、その手紙を渡す。

「済まないがこれをセルロイ殿下に急ぎ届けて欲しい」

「わかりました。では、誰か走らせましょう」

「済まないが頼む」

 副官はそう言われると、手紙を持って部屋を出る。

「さて……来てくれるだろうか」

 隊長はそう呟きながら、机の上に片肘を着き、物思いに耽る。


 手紙を出してから数日、ますますルーミスは衰えていく、ついには食事も全く受け付けなくなってしまい、砦の中の医者に見せるが、身体には異常は無く、ラムジットの事が原因だという事は言うまでもなかった。

 そして、ようやくセルロイが砦に駆けつけて来た時には、もうルーミスはやつれきっていた。

「ルーミス! 大丈夫か? すまない、来るのが遅くなってしまって」

 虚ろな瞳でセルロイを見るルーミス。

「セルロイ……? なんで、こんな所に?」

「ルーミスが大変だって聞いて駆け付けたんだ。とにかく、ここを出て城に行こう。いいな?」

 ルーミスは返事もしないまま、ただ天井を眺めている。

 セルロイは、後ろに控えた砦の隊長を振り返る。

「すまない、トラスト隊長すぐにルーミスを連れて城に戻る。申し訳ないが準備をしてくれないか?」

「はっ!」トラストはそう言うと、副官を呼びつける。

「今すぐ馬車の用意を。 それから護衛の騎士の準備を」

「いや、護衛はいい、ザラームの部隊が来ている。今ここの騎士の人数を割く訳にはいかない」

 トラストはそう言われ、馬車の用意だけを副官に告げる。

「所で……」

 トラストはそう言って、セルロイに耳打ちするように話しかける。

「殿下、あの首飾りの事ですが……まさかこのお嬢さんを?」

 セルロイは黙ったまま、返事をしない。その態度を見て、トラストは確信を得たように身を少し引く。

「出過ぎた発言申し訳ありません」

「いや、構わない。それに、ルーミスがどう思っているか……」

 最後の方は殆ど聞き取れない程小さな声だった。

「隊長、準備整いました」

 副官の言葉に少し頷き、セルロイに準備完了の旨を告げる。

「殿下、準備整いました」

「すまない、トラスト隊長」

「殿下、せめて医者をお連れ下さい。城までは少し時間がかかります」

「しかし……」

「いえ、是非とも!」

「解った、感謝する」

 そう言われて、ルーミスを抱きかかえると、セルロイはひらりとマントを翻し、部屋を出る。

 そして、用意された馬車に乗り込み、ルーミスを椅子にそっと寝かせる。そして自らもその向かい側に座る。

「よし、出立!」

 セルロイのその言葉の後にトラストは大声で号令を出す。

「捧げー剣!」

 トラストの号令で騎士達は、剣を身体の中心で両手で持ち、剣を捧げる。

 その騎士達の間を馬車はゆっくりと動き出す。もう冬も近い、少し前までは赤く色づいていた木々も今はもうその姿をすっかりと変えてしまい、今はもう枯れ木のような姿に変わってしまっていた。

「雪か……」

 そして、今、冬の訪れを告げるかのように、空を覆い尽くす灰色の雲からゆっくりゆっくりと雪が舞い降り、少しずつ大地を白く染めていく。

 ラントルースは豊かな土地ではある。だが、決して温暖な土地ではなかった。ラントルースの国土が豊かなのは、大きな河に挟まれ、上流から流れてくる肥沃な土のおかげでもあった。そして、その河は天然の要害になり、外部からの侵入も容易ではなかった。おかげで今まで殆ど大きな戦争などは経験したことは無かった。しかし、今、内乱が起こりつつあるこの状況ではいつどうなるかもわかった物ではなかった。セルロイはコーラルとアインの間に立って和平交渉を進めていたが、一向に良い方向には向かわなかった。

「まったく……いったいどうすりゃいいんだろうな……」

馬車の中で一人呟くセルロイ。ルーミスは疲れ切っているのか眠っているようで、静かに寝息を立てている。

「とにかく、早く城に連れて行ってルーミスを元気にしてやらないと」

 まだ城への道は遠い、馬であれば半日の距離だが、馬車での移動は時間がかかる。恐らく着くのは早くて明日の朝だろう。

「雪が酷くならなければいいが……」

 馬車はガタガタと悪路を走りながら進み続ける。

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