~瞳、紅くもゆる頃~ 8話


暗い森の中をわずかな月明かりのみを頼りに、ラムジットに言われた森を抜けてすぐの砦を目指すルーミス。そして、暫く走り続け、ようやく明かりが見えだす。暗い森の中を走ったせいで、細かい傷を体中に作りながらようやく砦に辿り着き、砦に立つ見張りの騎士に倒れ込む。

「お、おい。お嬢ちゃん。いったいどうした? 傷だらけじゃないか。何かあったのかい?」

 驚く騎士にルーミスは肩を揺らしながら、息も絶え絶えに話す。

「お願い……助けて! ラムジットさんが……ラムジットさんが襲われて……と、とにかく一緒に来て!」

「ラムジットって言うと、確か森の中で一人で住んでる鍛冶屋のじーさんだったよな……」

「そんなのんきな事言ってないで、とにかく早く来て!」

「待て待て、とにかくちょっと隊長に相談しないと。とにかく、お嬢ちゃん一回中に入って話を聞かしてくれ」

 そう言って騎士に隊長の下に連れて行かれ、そこで今と同じ話をする。

「隊長さん! お願い、早くラムジットさんを助けて!」

 顎髭を弄ぶように触りながら少し考え込む騎士の隊長。

「お嬢さん。すまない、助けたいのはやまやまなんだが……我々はこの辺りの治安維持に来ているわけでは無いんですよ。お嬢さんは知っているかどうかわからないが、今この国は内戦に入りかけていてね。それで、この森の向こう側の反対勢力の砦に睨みを聞かしていなければならない。だから下手に兵を動かす事は出来ないんだ。すまないが、力にはなれない」

「ちょ、ちょっと待って、そんなのおかしい! 自分の国の人が襲われているっていうのに助けにも行かないの?」

「何と言われても、今は兵を動かす訳にはいかない。さあ、もうわかったら帰りなさい」

 そう言って隊長はルーミスを外に出そうとした時、ルーミスが何かを思い出したように話し出す。

「ちょっと待って……ねえ、隊長さん。あなたもしかして、ラントルース王国の騎士さん?」

 不審な顔をする隊長。

「いかにもそうだが? この誇り高い白銀の鎧を見て今まで気が付かなかったのかな?」

「じゃあ、セルロイ王子の事も知ってるの?」

「知ってるも何も、我々はセルロイ殿下直属の騎士団だよ。しかし、お嬢さん、それがどうかしたのかい?」

「じゃあ、私今度セルロイにあったら、隊長さんの事ウンと酷く言うけどそれでもいい?」

「何をふざけた事を。お嬢さん、言っていい事と悪い事が……」

 ルーミスはセルロイに貰ったネックレスを隊長に見せる。

「……そ、それは! お、お嬢さん、いったいそれをどこで?」

「前にセルロイと一緒に旅をしてた時に貰ったの、御守り代わりにって」

「ちょ、ちょっと待て! 何で殿下が旅に出てた事を!?」

「だから言ってるでしょ! セルロイと一緒に旅をしてたんだから! ザラームって人が迎えに来て連れて帰えちゃったけど……」

 ザラームの名を聞いて呆然とする隊長。なぜならザラームという名前は、ラントルースの騎士団でもかなり上位の物でないと名前を知らされていないほどの諜報戦略を司る部隊の長の名前だからだ。

「お嬢さん……どうやら、セルロイ殿下と知り合いだっていうのは本当のようだね……」

「わかったでしょ? だから、今助けてくれないと、本当にセルロイに会った時に隊長さんのある事ない事全部言ってやるんだから! だからお願い、ラムジットさんを助けて!」

 また考え込む隊長。そして意を決し、部下に命令を出す。

「今動ける騎士は何人いる?」

「夜警の者を除けば二〇人ほどならば」

「よし。では、二〇人お嬢さんに預けます。好きに使ってください」

「ありがとう隊長さん!」

 そう言って、ルーミスは二〇人の騎士を引き連れて、ラムジットの下に急いで戻る。

「騎士さん、もっと急げないのこの馬!」

「お嬢ちゃん無理言わないでくれ! ただでさえ走りにくい森の中なんだ、それに加えて夜間行軍なんだからそんなにはスピードは出せないよ」

 それでも、ルーミスが走るより遥かに速いスピードで、ラムジットの家のある方に向かうルーミスと騎士たち。

「あ、あそこ!」

 ようやく燃え盛る炎が見え始める。

「よし、このまま駆歩にて突撃! 抜刀! 蹴散らせ!」

 そう言うと騎士たちは一斉に剣を抜き、疾走する馬に跨りながらラムジットが一人戦う中に乱入する。

 しかし、予想に反し、そこにはもうほとんど男たちの姿は見えず、ラムジットとあの薄ら笑いを浮かべた男、トランだけが向かい合ってお互いに切っ先を向けて立っているだけだった。

 しかし、明らかにラムジットは傷つき、今にも倒れそうなほど血を流している。立っているのがやっとの怪我をしているのは傍から見ても明らかだった。

「ラムジットさん! 騎士さん連れて来たよ! だからもうやめて!」

 ルーミスのその声も聞こえていないのか、ラムジットは目の前の男を睨み付け、そして今構えた剣をその男に振り下ろす。しかし、男もそれを剣で受け流し、その返す剣でラムジットの腹部に深く剣を突き刺す。ラムジットは口から血を吐き、倒れかけるが、最後の力を振り絞って手に持った剣を男の喉元に突き刺す。男はぐったりと力が抜け、膝を着き倒れ込む。それとほぼ同時にラムジットも倒れる。

「ラムジットさん! 大丈夫!? もう騎士さん達来たから大丈夫だよ!」

 ラムジットの傍らに駆け寄るルーミス。

「ルーミス……そうか、戻ってきてくれたのか……」

「ラムジットさん喋らないで! 今騎士さんに手当してもらうから!」

 ラムジットの傍を離れようとするルーミスをラムジットはルーミスの手を握って止める。

「もういい……どうせわしはもう助からん……」

「そんな……そんな事言わないでよ! また朝になったら私がご飯作ってあげるから! だから、そんな事言わないで!」

 穏やかに微笑み、大きな少し血で汚れた手で、ルーミスの頭をクシャクシャと、しかし力なく撫でるラムジット。

「お前と過ごした日々……本当に楽しかったよ……できれば……このままお前と過ごしていたかったが……これも因果だろうな……」

 両方の眼から涙が止めどなく溢れるルーミス。辺りは燃え盛る炎でゆらゆらと赤く揺らめき、ラムジットのだんだんと色を失っていく顔を照らし出す。言葉にならない言葉がルーミスの口から洩れるが、もはや何を言っていいかも解らないルーミスはただ嗚咽をもらすことしかできず、ただただラムジットの前で泣き崩れていた。

「ルーミス……もう泣くな。お前は……強い娘だろう……だから……だから笑って、わしの最後を……看取っておくれ……」

 ラムジットの大きな手はルーミスの涙を拭う。その手にルーミスは自分の手を当て、少しずつ奪われていく体温を感じる。辺りにはラムジットの生命を支えていた液体が流れだし、その液体を土がラムジットをまた新しい物へと生まれ変わらせていくかのように吸取っていく。

「ルーミス……お前は、自分の信じる……道を行くんじゃ……」

 ラムジットは今までの苦しそうな顔を笑顔に変え、最後の力でルーミスに話しかける。

「もうそろそろ眠らせておくれ……わしはもう疲れ……」

 ラムジットの眼は光を無くし、力を無くずり落ちる手。それをしっかりと握るルーミス。

「ラムジットさん? ねえ、ラムジットさん? 返事してよ、ラムジットさん……ラムジットさーん!!」

 ルーミスの瞳は紅くゆらゆらと揺らめき、ラムジットの身体を包み込むように覆いかぶさり涙は枯れることを知らず流され続ける……

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