~巡り来る薄紅色の季節~ 1話
長い冬もようやく終わりを告げようとしている。まだ寒さは残るが、それでもどこか春の息吹を含んだような風に、ルーミスは足取りも軽く自転車を走らせる。
「それにしても……ちょっと城の暮らしも良かったかもね」
そんな独り言を呟きながら、城での事を思い出すルーミス。
「つまり、俺と結婚して欲しいってことだ!」
勇気を振り絞って言ったのだろう、その顔はいつものセルロイの、にやけたような顔ではなかった。ルーミスはその言葉を理解できなかった。いや、言葉の意味は解っていた、しかしそれに理解が追い付かないのだ。
頭の中でセルロイの言葉ぐるぐる回り、考えが纏らない。
「ルーミス? 駄目か?」
真剣な眼差しでルーミスを見つめるセルロイ。
「ちょ、ちょっと待って! 突然の事で何が何だか……」
更に混乱するルーミス。もう、何がどうなっているかを理解する事は、今の状況では不可能だ。
「解った、そうだよな。そんな事急に言われても、すぐには答えられないよな。今すぐじゃなくていい。落ち着いたら返事をくれ。それまで待ってるから」
今までの真剣な顔を少し緩め、硬い笑顔でセルロイは言う。
「う、うん……」
もはやそれしか答える事は出来ないルーミス。そのままその部屋を出て行く。扉を開け、薄暗い廊下に出る。廊下の所々にあるランプの光は、暗い廊下を照らすが、それがまた更に廊下の暗さを演出するようだ。
ルーミスは混乱した頭のまま、薄暗い廊下を歩く。そのまま、今来た廊下を戻り、まだ民衆の興奮冷めやらぬ街の中に出て行く。あまりにも考え込みすぎていたのか、いつの間にか前に白いコートを買った店の前まで来ていた。
そこで、店のおばさんが、ルーミスに気が付いたのだろう、声を掛けて来た。
「おや? あんた、この前そのコート買った子じゃないか? 旅に出たんじゃなかったのかい?」
声のする方に顔を向けるルーミス。
「あ、おばさん」
「どうしたんだい? なんか浮かない顔してるね」
「え? ああ、うんそうかも……」
おばさんはそんなルーミスの顔を見て、自分の店に招き入れる。
「まあ、ちょうど暇な所だし、ちょっと家によっていきなよ。お茶でも淹れるからさ」
こくりと頷き、ルーミスは店の中に入って行く。店の奥は住居になっており、扉を開け奥に入って行くおばさん。
その扉の前で立ち止まっているルーミスに、奥からおばさんが声を掛ける。
「どうしたんだい? 入っといで」
そう言われルーミスは扉を潜り、店の奥に入って行く。
「散らかってるけど、その辺に座ってておくれ」
そう言っておばさんは、台所でお茶を入れながら、またルーミスに話しかける。
「そう言えばあんた、名前なんて言うんだい?」
「私? えーと、ルーミス。ルーミスって言います」
「ルーミス? いい名前じゃないか」
今入れたばかりのお茶を持って、一つをルーミスの前に差し出す。紅茶の香りが部屋中に広がる。
「おばさんはの名前は?」
「あたしかい? あたしはオルタンシアって言うんだ。まあこの辺りではオルタって呼ばれてるけどね」
オルタは今入れたばかりの紅茶をすする。ルーミスもそれに倣うかのように、紅茶を一口含む。その香りが口の中から鼻孔に抜ける。その香りはどこか、花のような甘い香りがし、気持ちを落ち着けてくれた。そして、さっきのセルロイの言葉を、ようやく冷静に考えられるほど心に余裕が出来た。
そして、ふとラムジットの最後の言葉が頭によぎった。
「ねえ、オルタさん」
「なんだい?」
「私、行くね!」
「なんだい、もう行くのかい? もっとゆっくりしていけばいいじゃないか」
「うん、ありがとう! でも、もう大丈夫だから」
「そうかい。ならいいけど……」
笑顔でオルタに礼を言う。
「紅茶、とっても美味しかった! ありがとう」
そう言って部屋を出ようとするルーミス。それを呼び止めるオルタ。
「ルーミス。ちょっと待ちな」
振り返るルーミス。
「またこれから旅に出るんだろ? だったらそんな穴の開いたコートじゃ寒いだろ? 新しいの、出してやるから待ってな」
オルタはそう言って、同じ物をルーミスに手渡す。
「え、でも……」
「いいんだよ」
素直にオルタの気持ちを受け取る。
「うん、ありがとう!」
受け取った新しいコートを羽織り、笑顔でまた礼を言い駆け出していく。そして城に向かう鞭の途中、ラムジットの言葉を頭の中で繰り返す。
『私は……私の信じる道を進むよ、ラムジットさん!』
急いで城までの道を駆けて行き、セルロイの下に行く。
そしてセルロイの執務室の扉の前で呼吸を落ち着け、その扉を開ける。開けられた扉の奥で窓の外を向いて、椅子に座っているセルロイ。
「セルロイ」
振り向くセルロイ。
「ルーミス」
緊張した顔のセルロイ。
「セルロイ、私ね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が出来てない!」
そう言って、立ち上がりまたルーミスに背を向け、深く深呼吸をする。そして気持ちを落ち着けたのか、セルロイはルーミスの方に向き直る。そしてその真剣な眼でルーミスに話の続きを促す。
「私ね、セルロイの事本当にいい人だと思う。もしタリスの事が無かったら、このままセルロイと結婚してずっとこの国にいてもいいな、とも思う。でも……やっぱり私にはタリスしかいない」
少しの間を置いて、セルロイは答える。
「そうか……うん、そうだよな! すまんこんな事言って」
笑顔で答えるセルロイ。
「ありがとうセルロイ。私そろそろ行くね」
「そうか……もう行くのか……」
「うん、本当に今までありがとう」
「こっちこそ本当にありがとう。ルーミスといれた時間、本当に楽しかったよ」
そう言って手を差出すセルロイ。その手を笑顔で握るルーミス。
「じゃあ、またどこかで」
「おう、またな! 元気で」
ルーミスはセルロイに背を向け、扉を開ける。
「あ、そうだ。これ、返すよ。大事なものなんでしょ?」
そう言ってネックレスをセルロイに渡す。
「いや、いいんだ。それはルーミスが持っていてくれ」
「でも……」
「いいから、それはラントルースに来た記念に持っておいてくれ」
「うん、解った。じゃあ、またね」
そう言って扉を開け、執務室を出て行くルーミス。その背中を見守るセルロイ。扉が静かに締まる。
「またいつかな……」
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