~瞳、紅くもゆる頃~ 6話


 家に着き、荷物を降ろすともう昼を廻って、太陽はかなり傾いてきていた。

「わしは自転車の修理をする、ルーミスは晩飯の支度をしておいてくれ。今日中に自転車を直すから、晩飯は何か簡単に食べれるようなものにしてくれ」

「ラムジットさん、そんなに急いで修理しなくてもいいよ」

 どうして今になって、そんなに修理を急ぎだしたのか? ルーミスはラムジットの行動にどこか違和感を覚えたが、ラムジットはルーミスの言葉を聞く前に炉に火を入れ、曲がったフレームの代わりの部分を作り出す。

 仕方なくルーミスは部屋に戻り、夕食の準備を始める。夕食の準備をしながらリズムよくハンマーを叩く音を聞く。

 食事の用意が出来た時にはもう辺りは暗くなっていた。ルーミスは言われた通り、簡単に食べれるように、サンドイッチとスープを作る。

「ラムジットさん、ご飯出来たよ」

「おお、今行く」

 ちょうど切りが良い所だったのか、炉の前から立ち上がり、声のする方に向かう。

 食卓に並べられたサンドイッチとスープをラムジットはあっという間に、ほとんど噛みもせずに飲み込むように食べると、また仕事に戻って行く。

「ラムジットさん、本当にそんなに急がなくてもいいから、もっとゆっくり食べてよ」

 ルーミスにそう言われて少し振り返り、どこか寂しそうに笑ってまた仕事に戻って行く。

 その後また炉の前に座ったラムジットは一心不乱に自転車の修理を行い、カンカンと鉄を叩く音は夜中まで響いていた。

 いつの間にかうとうとしていたルーミスは、工房から音が聞こえないことに気が付き、そっと扉を開け工房の様子を伺うと、継接ぎだらけだが、元の通りに修理された自転車が工房の中に置かれていた。さすがに塗装までは出来なかったのだろうが、それでも前よりもフレームは丈夫に出来上がっているように見えた。

「本当に一日で直してくれたんだ……でも、なんでそんなに急いで」

 炉の横で力尽きたように鼾をかいて眠るラムジットに、ルーミスは部屋から毛布を取ってきてそっと掛ける。

「ありがと、ラムジットさん」

 そして自分も部屋に戻り、ベッドに入る。修理された自転車を見て、またこれで旅ができるという気持ちと、もうここから去って行かなければならないという気持ちがないまぜになり、なかなか眠りに付くことが出来なかった。

 しかし、それよりもどうしてこんなに急いで修理を行ったか、その事がどうしても気になって仕方なかった。今思えばあの男が来た次の日からだった。もしかするとあの男が何か関わりが有るのかも知れない。そうとも思ったがルーミスはそれ聞いても恐らくラムジットは答えてはくれないだろう。とにかく自転車の修理は終わった。明日か明後日には、ルーミスはまた旅に出る事になるだろう。もしかしたらもうラムジットに会う事は二度とないかもしれない、そう思うとルーミスはどうしてもまた旅を続けることが出来そうになかった。

「とにかく、今日はもう寝よう。また明日、ラムジットさんに聞いてみよう」

 ようやくルーミスは考える事を止め、眠りに付くことにした。


 朝、目が覚めるとラムジットはいつもの通り、炉の前で赤くなった鉄にハンマーを振り下ろしている。

「おはよう、ラムジットさん」

「ああ、おはようルーミス。よく眠れたか?」

「うん。ラムジットさんもちゃんと寝れた?」

「ああ、ぐっすりとな」

 汗を拭いながら、ラムジットはルーミスの方を見る事も無く答える。

「ああ、そうじゃルーミス。自転車の修理は終わったぞ」

「うん、昨日の夜に見たよ。ありがとラムジットさん」

 どこか寂しげに笑って答えるルーミス。

「そうか、ではもうここに用もないな。早くタリスを探しに行けばいい」

 ぶっきらぼうに、そして冷たく答えるラムジット。

 その言い方が妙に寂しさを含んでいて、それに答える事が出来ないままルーミスは黙ったままでいる事しかできず、鉄を打ち続けるラムジットの背中を見守る。

「どうしたんじゃそんな所に突っ立って? 旅の支度をせんでいいのか?」

「う、うん。でもその前にご飯作るね」

 そう言いルーミスは部屋に戻り朝食の準備を始めようとした時、ラムジットはルーミスを止めるように声を掛ける。

「いや、もう飯の準備はいい。それよりもすぐに準備をしてこの家から出て行くんじゃ」

 ラムジットの言葉にルーミスは胸からこみあげてくる感情を抑えられない。

「どうして……どうしてそんな言い方するの? 私、私そんなに迷惑だった?」

 ラムジットは眼も合わさずに淡々と答える。

「ああ、そうじゃな。もうお前もわしに用は無いじゃろう?」

「そんなこ……」

 ルーミスの言葉を遮るラムジット。

「とにかく、すぐにでもここを出て行くんじゃ。一刻も早くな!」

 ルーミスは堪えきれず涙を流す。そして、その涙を拭く事もせずに部屋に戻り、旅支度を整える。どうしてこんなことになったのか? 自分は何かラムジットの気に障る事をしてしまったのか? そんな事を考えながら鞄の中に荷物を詰め込んでいく。

 荷造りを終え、部屋を出る。そこにはいつものように赤く熱せられた鉄を叩くラムジット。しかしいつもと違う事は、今からルーミスはこの家を出て行き、もうこの家には戻らないだろうという事だった。カンカンと鉄を叩き続けるラムジットの背中に、ルーミスは最後の言葉を掛ける。

「ラムジットさん……今までありがとう」

 変わらずラムジットは鉄を打ち続ける。

「私、ラムジットさんの事、本当のお爺ちゃんみたいに思ってた。だから、このままここにずっといてもいいかなって、少し思ってた……でも、迷惑だったんだね。ほんとうにごめんね。今までありがとう」

 黙ったままのラムジットにルーミスは背を向け、玄関の扉に手を掛ける。最後にもう一度振り返る。変わらず鉄を打ち続けるラムジットにルーミスは話し掛ける。

「ラムジットさん。調味料置いていくね。ちゃんとご飯食べてね……」

 ルーミスは最後にそう言うと、扉を一気に開け、外に置いて有る自転車に荷物を縛り付け、自転車にまたがると一気にこぎ始める。涙で濡れた瞳は視界をぼやけさせたが、それを気にする事も無くただ、ひたすら振り返る事もせずペダルをこぐ。

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