~瞳、紅くもゆる頃~ 5話
次の朝、いつもの通りカンカンと鉄を叩く音で目が覚めるルーミス。そして、部屋を出てラムジットに声を掛ける。
「おはよう」
「ああ、おはよう。昨日はすまなかったな」
いつもと変わらない様子のラムジット。しかし、今日はいつもと違う仕事をしているようだった。
「ラムジットさん? 今日は何かいつもと違う物作ってるの?」
「ああ、お前の自転車を直しておる。もうすぐ仕上がるから待っておれ」
「え!? ほんとに?」
ルーミスは眼を輝かせる。
「ああ、だからお前は早く朝飯の用意をするんじゃ」
はーい! ウキウキと朝食の準備をし始めるルーミス。
「ラムジットさん、ご飯出来たよ!」
今行く。そう言うと切の良い所で仕事を止め、ラムジットはいつもの席に座ると二人で朝食を食べる。
「所でルーミス。お前はなんで旅をしておるんじゃ?」
いつもは食事の時には殆ど会話をした事が無かったラムジットだったが、今日は珍しくルーミスに話しかけた。
「え? ああ、えーと人を探してるの」
「ほう、いったい誰を探しておるんじゃ?」
「同じ村のね、タリスっていう奴」
「ふむ、それはあれか? ルーミスの恋人か?」
「うーん……たぶん、ううん。そうだよ」
ルーミスはいつものように否定する事は無く、なぜかラムジットには素直に話す事が出来た。
「いいのう若いもんは。しかし、なんでまたタリスとかいうのは旅をし続けてるんじゃ? ルーミスみたいな恋人がおって」
「旅に出るのは村の仕来りなの。村の人間はみんな一五になったら一年間旅に出るんだけど、タリスが未だに旅から帰らないのはただの方向音痴だから。もう村を出て二年半くらい経つかな?」
はははっ、いかにも楽しそうに笑うラムジット。ルーミスはこの家に来て、初めてラムジットが笑う所を見た。
「おかしいでしょ? ほんと、村の近くでも迷子になっちゃうからいつも大変だったんだよ! その度に私が探しに行ってたんだけど、今回も私が探しに行かないと帰って来れないんじゃないかな」
ラムジットはその話を聞くとすまなさそうに話し出す。
「そうか、それはすまんかったのう。しかし明日には自転車も直る。そしたらまたタリスを探しに行けるじゃろう」
「え? もう明日には自転車直るの?」
「ああ、明日になればすっかり元通りじゃ」
ルーミスはその言葉に瞳を輝かせた。が、しかし、短い間だったが、この家でラムジットと過ごした日々を考えると少し寂しくも有った。
ルーミスの気持ちがその場の雰囲気を少し暗くしたのか、少しの沈黙が食卓を漂う。
その雰囲気を取り繕うかのようにルーミスは昨日の事を想いだし、ラムジットに話し出す。
「あ、ああ。そういえばラムジットさん。昨日の人は誰だったの?」
食事をする動きが一瞬止まるラムジット。聞いてはいけない事を聞いてしまったか? と、一瞬ルーミスは戸惑ったが、ラムジットはまたすぐに皿に盛られた料理を食べだす。
「古い知り合いじゃよ。ルーミスが気にするような事ではない」
ぴしゃりとその会話を打ち切るように言い切るラムジット。
それ以上は深く聞く事も出来ず、ルーミスはまた黙って皿の物を口に運ぶ。
「さあ、飯を済ませたらまた仕事じゃ。昨日取れんかった鉄鉱石と石炭を取りに行く。さあルーミス早く飯を終わらせんか」
ラムジットはそう言うと急いで工房に戻り、ルーミスも食事を終えて片付け、工房に行くとラムジットはもう準備を終えていた。
「では、行こうかの」
ラムジットはそう言うと外に通じるドアを開け、その後ろにルーミスも続く。昨日と同じように紅く染まった森の中を二人は歩く。もうすぐこの真っ赤に染まった景色を見ることも出来なくなるのか、と言う気持ちがルーミスに周りの景色を鮮明に覚えておこうという気持ちにさせ、周りの景色に眼を凝らした。その周りに満ち溢れる赤や黄色、その一つ一つの色。森に流れる少しひんやりとしながらも、どこか温かさを感じさせる様な空気。そして何よりも今、ルーミスの少し前を歩く傷だらけのお爺さん、ラムジットと一緒に過ごした時間を大切に心の中に刻み込むかのように、今、この場所、この時間のすべてをルーミスの記憶の中に留めた。
「ルーミス、着いたぞ」
ラムジットはルーミスにそう声を掛ける。そこは切り立った崖で、高さは六、七メートル位あるだろうか、それほど高いようには見えないが、落ちたらただでは済まないだろう高さだ。そして目線を崖の下に映す。そこには、あちこちに崖を削り取ったような場所がいたるところに見受けられる。
ルーミスはまた崖の上を見上げ、ふと、どこかで見たことがあるような、前に一度来たことがあるような不思議な気持ちになった。
「私……、なんだかここ、前にも一度来た事があるような気がする……」
ラムジットその言葉を聞いて笑う。
「ははは、そうか。なんとなく覚えておるんじゃろな」
「何が? 私、ここに来たの初めてだと思うんだけど……」
ラムジットは少し崖の上を見上げて、その時の事をルーミスに話した。その話し方はどこか昔懐かしい思い出を語るような、そんな口調だった。
「ちょうど今立っておる所じゃったよ。ルーミスが空から降って来たのはな」
そう言われルーミスは自分の足元に眼をやる。足元は少し凸凹して、確かに人型のような形に見えなくもなかった。
「えーーーー! うそ! あの高さから落ちて来たの!?」
ルーミスはその事実に驚き、良く自分が殆ど怪我らしい怪我をする事もなく無事でいられたことに感謝した。
「ちょうどその時も、今日みたいに鉄鉱石を掘りに来ていた時じゃった。しかし、わしももう六十数年生きておるが、さすがに空から人が降って来たのを見たのは初めてじゃったよ」
ラムジットはまた少し笑う。
「そうか……それで私ラムジットさんに拾われたって訳ね。ほんとにありがとラムジットさん」
「さあ、早く鉄鉱石を拾って家に帰るぞ」
ラムジットはそう言うとつるはしを振りおろし、崖を少しずつ削っていく。そして、その削られた物を選別してかごの中に入れていくルーミス。
それを一時間程繰り返し、ルーミスとラムジットのかごの中身がある程度たまったところでその場所を離れ、家路につく。
途中ラムジットはいつもよりも多くの事を語り、ルーミスもそれに答えるように話、そして笑った。
そう、ラムジットもルーミスも解っていた。自転車の修理が終わればまたルーミスは旅立ち、ラムジットはそれを見送り、また一人での生活が始まる。
しかし、今は少しでもこの時間を楽しみたい。笑いあう二人は本当のお爺ちゃんと孫のように見えた。
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