~風、甘く薫る頃~2話
「まさか、本当にここまでついて来るなんて……」
セルロイと共に旅をしだして、もう半月位経つ。
「何か言ったか?」
「なにも。なんか聞こえた?」
独り言をごまかすルーミス。
二人は自転車で走る。ルーミスの自転車の少し前をセルロイがまだ新しい自転車で走っている。
最初は自転車がないから一緒に旅をするのは無理だ。と、言って引き離そうと思ったルーミスだったが、それを聞いたセルロイは山を降りたすぐの町で自転車屋に入ると、その店にある一番高い自転車を買った。
ほくほく顔の自転車屋の親父を前に、ルーミスに話しかける。
「これなら大丈夫だろ?」
セルロイにそう言われてしまってはルーミスも断る口実を失ってしまい、曖昧に「う、うん。そうだね……」と、返事をするのがやっとだった。
そして自転車で旅に出て二ヶ月。それなりに鍛えられた足腰で引き離そうともしてみたが……
「以外と漕ぐの速いな~、ルーミスは」と言って、全力で漕いで肩で呼吸をするルーミスを後目に、全く呼吸を乱すことなく着いて来るセルロイ。
さすがにもう今となっては、セルロイがいることには慣れてしまって、引き離そうとも考えないようになってしまった。
幾日か旅をするうちに、ルーミスもセルロイの事をいなくてはならない。と、まではいかないが、それなりに信用出来、頼りにもなる人間だと思うようになっていた。
最初に野宿をした夜は、リサに貰った小刀を抱きながら眠ったが、セルロイには全くそんな邪な気持ちなど無い事が解ってからはそれもしなくなった。
そしてある日の、旅の途中の町で久しぶりに宿で眠る事になった夜の事……
隣りのセルロイの部屋から、何か話し声と物音が聞こえる。
どうやら誰かがいるらしい。
「だから……俺は……そうだ…………もう来る……」
誰かがいるようだったが、昼間の疲れで寝ぼけた頭のルーミスは、特にその事を気にすることもなく、また眠りについた。
「おはよう」
ルーミスは部屋を出たところで、同じタイミングで部屋を出たセルロイに声を掛ける。
「ああ、おはよう。よく寝れたか?」
いつもと変わらない様子で話すセルロイ。
「久しぶりにベットで寝たからね。ぐっすり寝れたよ」
そう返すルーミス。
「そうか、それは良かった」
そのまま二人は宿を出て再び自転車にまたがり旅を続ける。
しばらく自転車で走り、日も高くなり、終わりかけた雨期の晴れ間はもう夏の香りが漂い、肌を射すような光りが二人の体力を容赦なく削り取る。
額に汗を浮かべながら、暑さにやられてしまったのかセルロイに話しかけるルーミス。
「セルロイ、そろそろ休憩にしない?」
セルロイも少し疲れたように答える。
「そうだな……じゃあ、あの丘を登った所で休憩にしよう」
セルロイの指差した丘はまだまだ先で、後十キロ位はありそうに見えた。
「えー! あの丘? ちょっとまってよ」
ルーミスが弱音を吐きそうになる前にセルロイは全力で走って行ってしまう。
そして、必死に追いかけ、なんとか追いつき、丘を登りきるルーミス。
丘の頂上に立つセルロイに近づき横に並ぶと、そこからの景色に言葉を失う。
紺碧の海が夏に近づき、強さと勢いを増す光に照らされ、光り輝く。遠く彼方に大きく帆を広げた帆船が、外洋をゆっくりと進んでいく。
少し強く吹く風は潮の香りを含み、どこかルーミスの生まれた村を想い出させ、まだ村を出てそれ程経っていないはずなのに、村の事を思い出したのか、ルーミスの瞳からは自然と涙が零れ落ちる。
「ど、どうしたんだルーミス!?」
ルーミスの零れ落ちる涙に気がついたセルロイがルーミスに話しかける。
「えっ? 何が?」
何を言われているのかが理解できずに聞き返すルーミス。
「いや、だってほら、泣いてるじゃないか?」
「えっ? あ、ほんとだ……」
ルーミスは涙を拭く。
「なんか、村の丘から見える景色と同じだったから……かな? 何でだろう。ホームシック……かな?」
まだ止まらない涙を拭きながらルーミスは答える。
「そうか、だったらいいけど……まあいいや。とにかく飯にしようぜ! 腹減ったし」
セルロイがそう言うと、ルーミスも頷き、鞄の中から街で買った食料を取り出す。
セルロイも同じように鞄の中から食料を取り出し、二人は座り込みご飯を食べ出す。
しばらくしてルーミスが思い出したかのようにセルロイに話しかける。
「あ、そう言えば……昨日の夜、誰か知り合いでも来てたの?」
セルロイはルーミスの言葉に一瞬表情が変わったように見えたが、すぐにいつものふざけたような口調で話し出す。
「昨日? いや、誰も来てないぜ。疲れてぐっすり寝てたな~。寝言でも言ってたんじゃないか?」
明らかに何かを隠しているような態度だったが、ルーミスはそれ以上深く聞く事もせずにその話は終わり食事を終え、再び自転車で走りだす二人。丘を一気に駆け下り、海沿いの道を走る。
陽射しは強いが風が心地よく、いくらでも走れそうに思えた。そして二人は海沿いの道を夕暮れまで走り続けた。
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