~薄紅色の風吹く頃~4話


 儀式当日。

 正直ルーミスにはこの儀式の意味は全く解らなかった。昔から延々と語り継がれ、実際に実行されてきた祭りだが、それでもその意味をちゃんと把握する事は出来ていなかった。

 しかし、それでもこの儀式が終わればようやく旅に出れる、そう思うとルーミスは興奮を隠しきれなかった。

 自転車を押しながら、村の中央の広場に向かう。荷物をたっぷりと積まれた自転車は重く、ふらふらとした足取りだ。広場に到着するともうそこには、ルーミスと同じ、今年十五歳になる二人が村の広場には待っていた。

「おはようサルート、ミダス。いよいよね」

 先に来ていたサルートとミダスに声を掛けるルーミス。

「ああ、いよいよだな」

「そうだな!」

 二人ともルーミスに言葉を返す。

「そろそろ、行きましょう。みんなが待ってるから」

 ルーミスがそう言うと二人は頷き、それぞれの荷物を一旦広場に置き、三人は一緒に村の教会に向かう。

 教会は村の外れにあり、普段は週に一回のミサの時にしか行く事は無かった。その教会の大きな扉は重く閉ざされている。その扉を三人は開ける。するとそこにはもうすでに村人全員が集まっており、ルーミス達の到着を待ちかまえていた。

 扉を開け、祭壇に立つ神父が三人に向かって語りかける。

「ルーミスにサルート、それにミダスこちらに」

 祭壇に立つ神父は三人を招き入れるように話しかける。

 ルーミス達は横一列に並び神父の前に立ち、そして片膝を付いて神父の前にしゃがみ込む。

「それでは、これから旅立ちの儀式を始める」

 その言葉で村人達は各々、教会に設けられたら椅子に腰掛け、儀式を見守る。

 神父の後ろにあるステンドグラスからは春の訪れを知らせるような柔らかな光が、それぞれのガラスの色を通して三人に降り注ぐ。その光に照らされた祭壇は神々しくも感じられた。

「お前たちもよくわかってはいるだろが、この儀式が終われば、お前達はもう大人として扱われる。心するように」

 そして儀式は始まる。

 神父は村に古くから伝わる教典を読み上げ、それに続いてルーミス達三人は、声を揃えて神父の言葉をなぞるように繰り返す。

 それは繰り返し聞かされてきたもので、村の者なら知らない者はいない言葉達。

 だからルーミス達三人もそれを暗記しており、何も見なくても神父と同じ事を言い切る事が出来た。

 そして、一通り教典を読み終わると、三人は立ち上がり、最後の儀式に挑む事になる。

「この三人の若者の旅が幸多き旅にならんことを」

 神父の言葉を最後に教会での儀式は終わりを告げる。そして三人は最後の儀式、そう旅立つ時がきたのだ。

 教会の外向かってに三人は歩く。その後に神父、そして村人達が続く。村人たちは教会の外に出て、扉の前で立ち止まり、三人を見送る。その中には心配そうに見守るリサとトレスの姿もある。それをルーミスは見つけると、少し笑顔を向けるが、直ぐに前を向き、真っ直ぐに歩き続ける。ただ前だけを見て。

 ルーミス達三人は、振り返ることもせずに村の中央の広場まで歩き、そこで三人はそれぞれの荷物を背負う。これから三人は別の方向に向かって進み出すことになる。

 広場で三人は一度立ち止まり、ミダスは二人に話しかける。

「ルーミスは自転車で行くんだよな。サルートは歩きか?」

 ミダスは二人を見る。

「そうだな、俺は行ける所まで歩いて行ってみるよ。自分の限界を見て見たいんだ。ミダスはどうするんだ?」

 サルートはそう言うと、ミダスに話しかける。

「そうだな……とりあえず近くの村か町まで行ってそこからはまた考える」

「ルーミス」

 サルートに声をかけられた時には、ルーミスはもう自転車にまたがり出発しようとしていた。急に呼ばれたルーミスは早く旅立ちたい気持ちを抑え返事する。

「なに?」

「お前タリスを探しに行くんだろ?」

「な、なんでそんなこと知ってるの!?」

 サルートとミダスは顔を見合わせる。

「そんな事、村中みんな解ってるぜ?」

 サルートの言葉にルーミスは顔を赤らめる。

「まっ、あいつを連れて帰ってこれるのはルーミスくらいだろうしな~」

 ミダスは言うとサルートも「そうそう」と、それに続ける。

「まあ、あいつはかなりの方向音痴だから、いまだに村への帰り道が解らなくてさまよってるんだろ」

「やっぱりそう思う?」

 二人とも同意見のようだ。

『ハァ~』

 三人は同時に溜め息をつく。

「まあいい、俺はそろそろ行くよ。二人とも気をつけてな。また一年後にここで!」

 そう言ってミダスは西に向かって歩き出す。

「じゃあ、そろそろ俺も行くかな。じゃあルーミス、気をつけてな!」

 サルートもルーミスに別れを告げ東に向かって歩き出す。

「サルートもミダスも元気で!」

 ルーミスはそう声をかけ手を振って少し見送るが、自分も自転車にまたがり、ペダルを強く踏み込む。

 荷物が重く、最初はふらふらとしながら走って行くが、スピードに乗るにつれ次第に安定しだし、南へ、タリスが旅をしているだろう場所を目指し、ペダルを漕ぎ進める。

 ルーミスが力一杯踏み込んだ分自転車は風を切り、その風に流されるように薄紅色の風はルーミスの後ろに流れ去る。一週間前よりもかなり暖かくなった風は、ルーミスの髪を揺らし、頬をくすぐる。今から始まる旅路を祝福するかのように、優しく力強くルーミスを包み込んでいる。

 そして、いつも登っていた通いなれた丘の上に登り、ふと村の方を振り返り、そこから見える村の景色を心に刻み、これから始まる旅に、どこかを旅しているであろうタリスに想いを馳せる。

 そして、ルーミスの旅は始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る