~薄紅色の風吹く頃~3話

 儀式までの一週間、ルーミスは旅の準備に駆けまわり、ようやく一通りの事が出来るようになった。そして今思う事やはり……

「確かにあのまま旅に出てたら、私すぐにどこかで野垂れ死んでたわね……」

 であった。

 自転車で旅に出るつもりだったルーミスは、自転車の修理方法や工具の使い方などもほぼ完璧に覚え、苦手だった料理もなんとかできるようになり、ようやくまともな物が出来るようになった。そして、キャンプ道具、食料品などを鞄に詰め込んだり、旅の準備にはやはり一週間は掛かってしまったが、それでも時間は足りないと思えたほどだった。

 そして、儀式の前日。

 ルーミスは両親とささやかだが、心のこもった食卓を三人で囲んだ。その食卓に上がっていたものは見た目はそれ程良くはないが、ルーミスが両親の為に初めて最初から最後まで自分で作った料理が並んでいた。

 その料理をルーミスの父親トレスは少し涙ぐみながら見ていた。

「これを全部ルーミスが作ったのか? そうか……」

 トレスの涙は色々な感情が入り混じった複雑な物だったのだろう。

「い、いよいよ明日だな……ルーミス、準備は大丈夫なのかい?」

 父親のトレスが寂しそうな顔でルーミスに話しかける。

「そんな葬式みたいな顔しないでよ父さん。準備ならお母さんに手伝ってもらったから大丈夫だよ」

 元気に言葉を返すルーミス。

「そ、そうか? ならいいんだ……その、気をつけて行くんだぞ。何かあったらすぐに連絡してくるんだよ?」

「もう、お父さん。どうやって連絡するの? 手紙じゃ届いたときにはもう遅いよ。そうならない為の準備はちゃんとしたから大丈夫だよ!」

 ルーミスは子供扱いされたことに少し腹をたてたが、親の心配が解らないほど子供でもなかったのでそれ以上言うことはなく、当分の間三人で食べる事のできない夕食をその後は楽しんだ。トレスは酒をいつもより飲み、しまいには涙を隠す事も無くルーミスが旅に出る事を悲しむような嬉しく思うようなそんな言葉をずっと言いながら、終いには酔っぱらって眠ってしまった。

「もう、あなた? こんな所で寝たら風邪ひきますよ! ご自分のベッドに行って下さいな」

 リサはそう言うとトレスを起こし、トレスを抱えながらベットに運んだ。そしてベットに寝かしつけるとまた戻って来る。

「もう本当に……でも、あなたの事が本当に心配なのよ? 解ってあげてねルーミス」

 リサの言葉に頷くルーミス。

「うん、大丈夫、解ってるお母さん。それに、ちゃんと無事に帰って来るから心配しないで!」

 ルーミスの言葉に笑顔で返すリサ。

「さあ、明日は早いんだからもう寝なさい」

 その言葉に頷くルーミス。

「うん、最後にもう一度荷物を見てから寝るね」

 ルーミスはそう言うと部屋を出ようとするが、そこでリサに呼び止められる。

「ああ、ルーミス。ちょっと待ちなさい」

「どうかしたの?」

 呼び止められて振り向いたルーミスにリサは袋を渡す。

「これを持って行きなさい」

 袋を受け取るルーミス。そこには調味料やスパイス等が詰め込まれていた。恐らく、一人で使う分には十分な量だろう。それに、レシピが書かれた紙も袋の中に一緒に入れられている。それを見たルーミスは袋をギュッと抱きしめたまま答える。

「ありがとうお母さん!」

 それに微笑みながらも少し厳しく言うリサ。

「もし、体調が悪くなったりした時の為にも私の知っているレシピを総て書いておいたから、めんどくさがらずにちゃんと自分で料理するのよ?」

「わかったお母さん。帰ってきたら、私がまたお母さんとお父さんに料理を作るね。それまでにはもっと料理の腕を上げておくからね!」

「そう、楽しみにしてるわね」

 リサはルーミスの言葉に微笑む。

「さあ、もう自分の部屋に戻りなさ。明日は早いんですから」

「うん、ありがとうお母さん」

そう言ってルーミスは自分の部屋に戻る。机の上に貰った調味料達を置き、少し窓を開ける。そこから見える夜の景色を眺める。風はまた少し暖かくなり、目の前の桜はもう五分咲きと言ったところだろうか。海からの風に少し花びらを散らしている。

少し窓の景色を眺める。するとルーミスの部屋をノックしてリサが入ってくる。

「ルーミス、ちょっといいかしら?」

 リサの方を振り向くルーミス。

「どうしたのお母さん?」

 リサは手に持った綺麗な装飾の施された細長い布袋にくるまれた物をルーミスに差し出す。

「お母さん、これって……」

 差し出された物が何かを理解したルーミスは、それを見た後、リサに顔を向ける。

「そうよ、これはお母さんの宝物の小刀。御守り代わりに持って行きなさい」

 リサは優しく微笑みながら、しかしどこか悲しげにルーミスに話す。

「ありがとうお母さん。大事にする! 帰ってきたら必ず返すね!」

 首を振り答えるリサ。

「それはお母さんが旅に出る時、私のお母さんに貰った物なの、私のお母さんも、そのまたお母さんも……それをずっと受け継いで来たの……それを今度はルーミスに」

 先程までの笑顔がだんだんと曇っていき、今にも泣き出してしまいそうになるのをこらえるリサ。

「そして、今度はそれをあなたの子供に渡しなさい。そしてそれをまた子供に……そうやってどんどん受け継いでいくように……あなたはこの小刀にあなたの旅の記憶を刻んでいくの。わかった?」

 リサに貰った小刀を胸元に抱きしめ、今にも泣き出してしまいそうなルーミス。何とか笑顔を取り戻し、コクリと頷く。

「さあ、もう寝なさい。明日は早いんだから」

「うん、わかった」

 今、リサから貰った小刀と調味料をルーミスは鞄の中に大事にしまい込む。リサはそれを見届ける。

「おやすみなさい、ルーミス」

「おやすみなさい。ありがとうお母さん」

 静かに微笑み、そっとドアを閉める。ルーミスはリサが部屋を出るとすぐにベットに潜り込む。

「このベットで寝る事も当分ないな……」

 少し寂しくもあるが、それ以上に旅が始まることへの期待感、興奮が上回り、なかなか寝付けそうになかった。だが、なんとかその気持ちを静める。

「タリス、すぐに追いつくから……」

 ルーミスはそう呟き眠りに落ちる。

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