~薄紅色の風吹く頃~2話

 次の日からルーミスは旅の支度をする為に村のあちこちの家を廻った。確かに、今旅に出ればルーミスは何かが有った時に対処は出来ないだろう。

 先ず、その最たるものが自転車だった。ルーミスは、もともと自転車で旅をするつもりでいた。しかし、まともに自転車の修理はした事が無く、いつも村で一番器用なお爺さんの家に行って直してもらっていた。

 そこでルーミスはまず自転車の修理に必要な道具や知識を得るために今まで自転車の修理をしてくれていたお爺さんの家を訪れる。

「お爺さん。元気?」

 そうお爺さんに声を掛けるルーミス。

「おお、ルーミスか? どうしたんじゃ? また自転車が壊れてしまったか?」

 その言葉に頭を横に振り答えるルーミス。

「ううん。違うの。私後一週間したら旅に出るんだけど、今までお爺さんに自転車を直してもらってばかりだったから自分で修理の仕方が解らなくて……だから、お爺さんに修理のやりかたを教えてもらおうと思って」

 ルーミスの言葉に少し眼を細めて答えるお爺さん。

「ほう、もうルーミスも一五になるのか……早いもんじゃのぅ……どうりでわしも年を取るはずじゃ」

 お爺さんはそう言うと、まるで昔の事を想いだすかのように、少し眼を閉じる。

「お爺さん? 大丈夫?」

 ルーミスにそう声を掛けられ、お爺さんは眼を開けると目の前のルーミスを見つめる。

「よし、解った。では、教えてやろう。まずは何から教わりたいんじゃ?」

「まずはパンク修理! その後はブレーキ、後は、えーと……とにかく自分で全部修理できるようになりたい! 何せ一年も旅に出るんだから、できる事は全部自分でやらないと!」

 ルーミスの言葉に微笑むお爺さん。

「ハハハ! ルーミス、それを全部かの? さすがに一週間では覚えきれんじゃろう。よしわかった。とにかく、まずはパンク修理からかのぅ」

 お爺さんはそう言うと、タイヤチューブを取り出し、それをルーミスに見せながら話をしだす。そして、それをルーミスは熱心に聞きく。そんな事を旅に出るまでの間、午前中毎日繰り返した。そして、午後からは別の旅の準備をする。

 そう、旅に出るには自転車の修理だけではない。テントの張り方、食糧の確保、それに村の家々を回りそこの家の手伝いをするのだ。そして、手伝いをして、そこで手伝いをした分のお金をもらう。そう、この手伝いとは村人にとっては餞別代りで、実際は手伝いなどしなくてもほとんどの場合は旅立つ者達にはみんなが毎年行っている事だった。

 そして、それで得たお金で旅の途中の必要なものを賄うのだ。

 中には、手伝いの最中に旅で必要な知識や、旅で得た経験を話してもらう。そうやって村の人々は旅立つ若者にお金以上の物を与える。それは延々と今まで続けられてきたのだ。ある意味ではもう儀式は始まっているのだろう。そうする事で、若者たちが無事に旅から帰って来る事を願い、村の人達は自分の経験した事総てを若い旅人達に繋いでいくのだ。

 そうして今までこの村はこの儀式を過去から今まで繋いできた。そして、今度はこの若い旅人達が更に若い者たちに繋いで行く。それはこれからも未来永劫繋がれていくようにも感じられた。

「ふー……みんな色々話してくれるのは良いんだけど……さすがに全部は覚えていられないわね……」

 一通りの家を周り、そこで旅の知識と、お金を貰う。そして、家に帰ってくれば今度はリサがルーミスに料理の仕方を教える。

 今までリサに頼りっきりでほとんど料理などした事も無く、包丁もまともに握った事も無かったルーミスは、毎日のように手のどこかに傷を負いながら料理をしていた。

 ある意味ルーミスにとってこれが一番難しい事だった。

「もう、本当にルーミスは料理が駄目ね……お爺さんからは自転車の修理は殆どすべて教えてもらって、もうどこが壊れても大丈夫と言われてるのに……」

 リサのその言葉にルーミスは頬を膨らませながら答える。

「だって、自転車の修理は楽しくて、直ぐに覚えれたんだもん! もうフレームが歪んだりしなければ直せるくらいまでは出来るようになったんだからね!」

 誇らしげに答えるルーミス。そのルーミスに「はぁー」と小さくため息を吐くリサ。

「ルーミス? 自転車の修理も良いけど、旅に出て自分で料理も出来なかったらあなた飢えて死んでしまうわよ? 毎日どこか食べれる所があるとは限らないし、第一そんな事毎日してたらお金なんて直ぐに無くなってしまうわよ? そうなったら旅も続けられなくなるのよ?」

 リサの言葉をルーミスは想像してゾッとしてしまう。

『確かに私このままじゃ直ぐに飢え死にね……』

 そう心の中で思い、目の前の食材を包丁で切って行く。

「そうよ、ちゃんと料理も覚えて、あなたの一番食べさせてあげたい人に食べさせてあげるのよ? これは、旅の準備の為だけにやってる訳じゃないんですからね?」

 リサはいつもよりも厳しくルーミスに言う。そして、その気持ちがルーミスにも解るのだろう。表情を変え、目の前の料理に取り掛かる。

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