夕闇の追跡

「あれは、やっぱり『犬』!?」

 シュンは呻いた。

 連続殺人。野犬。メイをつける謎の影。

 シュンの頭の中で、何か・・が繋がった気がした

 歩道の生垣の陰から突如飛び出した毛むくじゃらの四足の獣。

 夕日を背にして道に長く黒い影を落とした大型犬ほどの体躯。正体の知れないそいつ・・・が、一歩、二歩とシュンとメイの方に近寄って来た。


「何か……やばい!」

 得体の知れない危険を感じたシュンが獣に背を向けると、


「ちょっと、シュンくん!」

 咄嗟にメイの手を取って、


「メイ、離れるぞ!」

 全力でその場から駆け出した。

 シュンに手を引かれて、メイもまた駆ける。


 二人は謎の影を振り切るため、夕刻の通学路を全力で走り出した。


 ザッ ザッ ザッ


 二人の背後から、そいつの足音が迫ってきた。


  #


 ハッ ハッ ハッ

 

 夕刻、買い物をする人でにぎわう聖ヶ丘商店街の真ん中で、シュンとメイがようやく一息ついた。

 二人を追ってきた気配は、二人が繁華街に近づき往来の数が増えるに従い、いつの間にか消えていた。


「どうだっ! これだけ人が居る場所なら、妙な真似できないだろ!」

 肩で息をしながらそう呻くシュンに、


「シュンくん、でもこれから、どうするの?」

 メイも息を切らせながら、心細げにシュンに尋ねる。


「警察だよ! 変な犬に追われてるって、警護してもらわないと!」

 シュンは必死に考えを巡らせてそう答える。

 メイの気のせいではなかったのだ。


 彼女は、本当に何かに狙われている。

 メイの身を守らないと、安全策をとらないと!


「でも、信じてくれるかな? 変な動物に追いかけられた、なんて話……」

 メイの緑の瞳が、不安に曇っている。


「信じるさ! 今だって街中で殺人が起きてて、野犬の仕業って噂で、警察だって捜査に必死なはずだよ!」

 声を荒げてそうまくし立てるシュンだったが、話している内に自分でもだんだん自信がなくなって来た。


 そいつ・・・の正体をはっきり確認したわけでは無いし、姿を見たのは人通りのない通学路。メイとシュンの二人だけ。

 警察に話してもこんな話、とりあってくれるだろうか?


「ううう……」

 シュンが途方に暮れていると、突然、


「これはこれはお二人さん! 奇遇でんなぁ。道の真ん中、手ぇつないでハアハア駆けまわって、青春ですか? キャッキャウフフですか? あーウラヤマシー!」

 聞き覚えのある声。イラッとくる変な関西弁で、二人にそう話しかけて来る者がいた。


「おまえは……!」

「あなたは……!」

 シュンとメイが息を飲んだ。


 いつの間にか二人の前に立っているのは、燃え立つ炎のような紅髪を無造作に束ね上げた金色の瞳の少女。

 いったん家に帰って着替えて来たのだろうかか。

 出で立ちはこれまた真っ赤なジャージ姿。右脇に抱えているのはヒョウ柄の肩かけカバンという凄まじいファッション。

 背中には、ボロ布でグルグル巻きにされた、何か、長い棒のようなものを背負っている。

 転校生の変態。比良坂シーナだった。


  #


「ングング……。どや、二人とも、これでウチの言う事、信じる気になったやろ?」

 パティ六枚重ねのスペシャルバーガー『ギガモッグ』を頬張りながら、シーナがシュンとメイにそう言った。

 三人は駅前のハンバーガーショップ『モグモグバーガー』の店内で一息ついていたのだ。


「おい待て。信じるって……お前まだ、何にも話してないだろ!」

 百円コーヒーを飲みながら不機嫌そうに尋ねるシュンに、


「ング? そうやったっけ?」

 すっとぼけるシーナだったが、


「ま、特に彼氏くんは見るまで信じないやろ思ってな、どや、おったやろ?」

 シュンとメイを順繰りに見回してそう言ってきた。


「「か、彼氏って……別にそんなんじゃないし……って、いや、違う違う!」」

 動転して声を揃えるシュンとメイだったが、慌てて、


「「おったって、何が?」」

 二人してシーナにそう尋ねた。


「妖怪や。お化けや。モノノケや!」

 シーナは紅髪を揺らして、もどかしそうに首を振ると、


「さっき二人して、妙なのに追い回されたやろ! アイツや! アイツがそのを、メイくんを狙っとるんや!」

 メイを指差して声を張り上げた。


「妖怪? まさか……!」

 あまりに馬鹿げたシーナの言葉に、顔をしかめるシュンだったが……


 「みえるヤツら」……メイだけに、「みえるヤツら」……


 シュンの頭をメイの言葉が、そしてシュンの幼少の頃の記憶が掠めて、シュンは継ぐ言葉を失った。


「メイくんは、もう解っとるやろ?」

 シーナがメイにそう言った。


「ウチと同じように、メイくんにもモノノケたちの姿が見えとるはずや! そして、その数がここ最近、特に増えて……勢いが増しとることも!」

 シーナはメイに顔を寄せて、


 くんか くんか くんか……


 またもやメイの身体をクンクン嗅ぎ出した。


「この『案件』、何か裏がある。『仲間』が次々殺されたんも、ウチが此処に遣わされたんも、『アレ』の封印が解かれたんも……そしてこのの匂いも……」

 シーナはブツブツと訳の解らない事を呟きながら、


 ペローン……


 濡れた舌先を出して、メイに迫って来た!


「ひっ!」

 メイが固まる。


 次の瞬間、ゴチン!

 シュンの拳固がシーナの頭頂部に命中した。


「やめんか! 変態!」

 シュンが再び拳を振り上げ怒号を上げる。


「アタター! 何してくれるんや!」

 シーナが頭を押えて涙目でシュンを睨んだ。


「しゃーないやろ! 警護対象の人となりや行動パターンや身体的特徴をよりよく理解せなゆうウチの親心や! ウチはな、違いが判る女なんや。その者がモノノケか、この世のものか、ヒトに化けたモノノケか、モノノケに憑かれたヒトかが、大体判るんや。判別が微妙なケースでも近くで匂い嗅げば八割がた判るし、ひと舐めすれば百発百中やね! この素早い舌でさぁ~!」

 ペロペロ舌を回転させながら得意げにそう言うシーナに、


「知るかそんなの! とにかくその舌をひっこめろ!」

 しかめっ面のシュン。


「ひ、人を悪くなった牛乳みたいに言わないでよ~!」

 メイも貌を真っ赤にしながらシーナに抗議する。


「ま、それはそうと……」

 シーナは椅子にふんぞり返って、


「二人とも、これからどないするん?」

 メイとシュンを見回してそう尋ねてきた。


「この案件、警察に駆け込んだって無駄やで。連中は自由に姿消せるし、種類によっては壁を抜けたり、空を飛んだりするモンもおる。普通の人間が捕まえるのはまず不可能や」

 ジャージの懐からとりだした真っ赤な羽扇子パタパタ自分を扇ぎながらそう言うシーナに、


「まてよ。じゃあお前なら、その、なんとか出来るのかよ」

 訝しげにシュンが尋ねると、


「アタボーや。ウチはそのためにコッチに来たんやで。モチはモチ屋。妖怪退治は妖怪ハンターに、やで!」

 シーナは自分を指差して得意げにそう答える。

 

「妖怪ハンター……!」

 またもやシーナの口から飛び出してきた怪しいワードに、シュンが愕然としていると、


「ちょっと待って。その前に、なんで私が、そんなのに追い回されないといけないの?」

 メイがおずおずとシーナにそう尋ねる。


「詳しい事情は知らんけどな。とっ捕まえて、口割らせるのが一番手っ取り早いやろ。ま、その為には……」

 シーナがメイの方を向いた。


「このの、メイくんの協力が必要やけどな」

「「協力??」」

 シーナの言葉にメイとシュンは首を傾げた。


  #


「め、メイをおとりにして、化け物をおびき寄せて捕まえる!?」

 シーナの披露した「作戦」の内容に、シュンは愕然として声を張り上げた。


「そや。囮捜査や!」

 シーナが、あっさりとそう答える。


「絶対に駄目だ! メイに何かあったら、どうするんだよ!」

 椅子から跳ね上がってテーブルを叩いてそう抗議するシュンに、


「大丈夫、ウチがついとるから。絶対安全。顧客満足度200%保障やで!」

 涼しい顔をしてそう受け流すシーナ。


「またくぅおのぉ適当な事を、根拠の無いデタラメを~~~!」

 羽扇子でパタパタ自分を扇ぐシーナの貌を、ワナワナ戦慄きながら睨みつけるシュンだったが、


「シュンくん、私、やる!」

 メイもまた椅子から立ち上がって、シュンを制した。


「メイ……だってそんな……!?」

 驚いてメイの方を向くシュン。


「ここ最近、やっぱりおかしい。普通じゃない。私、知りたいの。周りにも、自分にも何が起きているのか……」

 そう言ってシュンを見るメイの緑の瞳の奥には、固い決意の光があった。

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