不安の影
「滋賀県から転校してきた
通学路でシュンとメイを舐めまわそうとした変態。転校生のシーナが紅髪を揺らしながらニヘッと笑った。
「あいつは……!」
「あの子は……!」
シュンも、メイも、呆れて言葉が出てこなかった。
「席はそうだな、如月の隣が空いているから、とりあえずそこだ」
担任の緋川が無情にそう告げると、
「どーもどーも、よろしくですー」
シーナが周囲の生徒に調子よく挨拶しながら、シュンの隣の机までやってきた。
「おい、お前!」
隣の机で、カバンからテキストを引っぱり出しているシーナに、シュンは小声でそう話しかけた。
「学校にまでストーキングかよ? それに、朝のアレは一体どーゆうつもりだよ?」
眉をひそめながら紅髪の少女にそう問い正すシュンだが、
「ふっふ。『学校までストーキング』ね。ま、当たらずとも遠からず、やね」
シーナは、涼しい顔をしてそう答える。
「ウチはあの
得意気な顔をして、訳のわからない事を喋り続けるシーナに、
「こいつ、本物の電波……!?」
シュンは本気で怖くなってきたが、
「『任された』って……誰に? 『周りの連中』って……何?」
具体性のグの字も出てこないシーナの返答に、そう突っ込んだ。
「ふっふ。知りたいかね? 彼氏くん?」
シーナが下世話なおばちゃん顔になって、シュンをつっつく。
「か、彼氏って……別にそんなんじゃねーし……って、いや、違う違う! 知りたい、教えろ!」
一瞬動転しておかしなことを口走るシュンだったが、気を取り直して再びシーナに返答を迫ると、
「秘密や、教えられん!」
シーナはあっさりそう答えた。
「……ぐっ! こいつぅ……!」
シュンは再びシーナを殴りたい衝動に駆られた。
#
昼休み。教室でシュンは親友のコウとだべっていた。
「まったく、本当に変な奴でさ、あいつ」
シーナの奇行にブツクサ文句を言うシュン。
「うーん。確かに何だかおかしな気もするけどな……」
ツンツン頭のコウも、腕組みしながらそう答えるが、
「ま、気にし過ぎじゃねーの? ただの虚言癖の電波女だろ。嘘が周りに飽きられたらまた、『幽霊を見た』とか『UFOを見た』とか別の嘘を騒ぎ立てるさ」
なんとも辛辣な口調で、シーナの奇行を一蹴した。
「うーん……」
親友のコウの物言いに、妙な苛立ちを覚えたシュンだったが、そこは何も言わずに唸っていると、
「ところでさシュン。例の『事件』、また新しい遺体が見つかったらしいぜ!」
コウが目を輝かせて、シュンに顔を寄せて来た。
「例の事件……」
シュンは更に苛立たしい気分になって来た。
最初の事件が発生してからもう一ヶ月。
周辺地域を恐怖に陥れている連日の通り魔殺人事件のことだ。
「なにしろさ、検死しようにも『遺体』は、ほんのチョッピリしか残ってないんだってさ!」
コウが焼きそばパンを食べながら、嬉しそうに話を続ける。
「衣服や持ち物もズタズタにされてて、被害者の身元を確かめるのにも苦労してるんだって! 警察は『野犬』の仕業だと思ってるらしいけど、今の日本にいるか~? そんな犬?」
親友の話を聞きながら、シュンは嫌そーな顔でほうじ茶をすすっていた。
「コウ、もうわかったからその話はやめろって!」
シュンがコウを制した。
この手の猟奇話はコウに負けず劣らず大好きなシュンだったが、近所で実際にこんなことが起これば、暗い気持にもなる。
「それよりさ、知ってるか?例の『お化け屋敷』に誰か引っ越して来たんだってさ!」
『お化け屋敷』?
シュンは眉をひそめた。
聖ヶ丘の中腹に構えられた大邸宅だ。
もう何十年も誰も住んでいない、荒れ放題の通称『お化け屋敷』。
長野の大富豪が東京に構えた別邸だと、まことしやかに言う者もいるが、本当のところはよくわからない。
あそこに人が……シュンはうなじの産毛がかすかに逆立つのを感じた。
『見えないモノ』の数が、急に増えて来たと訴えるメイ。
おかしな転校生。
連続通り魔殺人。野犬のしわざ?
『お化け屋敷』に住み着いた者。
それぞれは全く無関係なようにも思えるが、これだけ色々なことが、一度に起こるなんて……
何かが、気になった。
#
キンコンカンコーン……
放課を告げる鐘が鳴った。
「うー寒みー!」
聖ヶ丘中学の校門を出たシュンは、ブレザーの襟を押さえながら、一人家に向かって歩きだした。
満開を迎えた街路の桜も、どうどうと吹き抜く花冷えの風に早くも薄桃の花びらを散らしつつある。
いつもならコウや他の友達と、公民館に寄ってモンハンやトレカで遊ぶのだが、今日はなんだかそんな気分ではなかった。
シュンは携帯をチェックする。
またもや近所で殺人事件が起きたというコウの話は本当だったようだ。
うなじがチリチリする。
何か、おかしな事が起き始めてる。
そんな予感に、彼は恐ろしいような浮き立つような、妙な高揚を覚えていた。
ぼふっ! 突然、シュンの背中を何かが叩いた。
「メイ!」
シュンが驚いて振り向くと、そこにいたのはスクールバッグを両手で持ったメイだった。
「シュン君、ごめん! 先に帰ろうとしたんだけど、実は、その……」
ショートレイヤーの黒髪を不安そうに揺らしせながら、メイはおずおずとシュンに切り出した。
「家まで、一緒に歩いて! やっぱり何かいる。何か、つけてくる……!」
通学路を小走りに進みながら、切羽詰まった様子でそう言うメイに、
「まてよメイ、何かって、何……!?」
シュンも小走りになってメイを追いかける。
「何か、大きな、黒い、毛が生えた、犬みたいな……!」
メイがそう言いかけた時、
ガサリ。
二人の背後の緑道の生け垣から何かの動く音がした。
「あっ!」
メイが思わず声を上げた。
「犬……『野犬』!?」
シュンは呻いた。
夕日に赤黒く染まった生け垣から飛び出し、落日を背中にして二人の前に飛び出してきたのは、逆光に黒く染められてその正体はわからないが、毛むくじゃらで四足の、確かに大きなケモノのような姿だった。
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