戦慄のペロペロ
「ふ……ふ……。ウチの尾行を見破るなんて、なかなかやるやんか、君ら」
電柱の陰からズっこけた少女が、動揺を押し隠すように不敵に笑いながら、シュンとメイのもとに歩いてきた。
「あたりめーだろ! そんな怪しいカッコで電柱にくっついてたら、誰だって気が付くわ!」
シュンが少女のマスクとグラサンを指差して、あきれ顔でそう突っ込むと、
「しゃーないやろ! ウチは美少女で目立つから隠密行動にはコレが欠かせないんや!」
少女が変な逆切れをしながら、二人の方にやってくる。
「じ、自分で美少女とか言ってるし……」
メイもあきれ顔でそう呟いた。
「はー。イザという時まで、顔バレしたくなかったんやけどなぁ……」
シュンとメイの前に立った少女が、渋々といった様子で顔からマスクとグラサンを取った。
「うっ!」
シュンは小さく息を飲んだ。
確かに隠密行動には向かないかもしれない。
無造作に束ね上げられた少女のセミロングは、燃え立つ炎のような紅色。
体躯は小柄だが、スラリと伸びた四肢はいかにもすばしっこそう。
貌立ちのほうも、自分で美少女と言うだけあって、なかなかに整った目鼻立ちなのだが、クリクリ良く動く大きな金色の瞳と、太くてギザギザのこれまた真っ赤な炎のようなの眉毛のせいで、美人というよりは、どこか子猫を思わせる愛嬌がある。
「ねえ。あなたなの? どうして? この前から家の前や道端から、私をずっとつけまわしたりして……?」
メイが不審な顔で、目の前の少女にそう問いただすと、
「この前?」
少女もまた不思議そうに首を傾げた。
「人違いやろ? この前もなにも、ウチがこっちに越して来たんは昨日やで? 人に変な濡れ衣きせて、ストーカー扱いすんのやめてくれん?」
腕組みをしながら、そう抗議する彼女だったが、
「おい待て」
シュンが冷静に突っ込む。
「ストーカー扱いもなにも、さっき自分でハッキリ『尾行』って言ってたじゃねーか! シラ切るのかよ!」
声を荒げて問いただすシュンに、
「ああ。それは『今日から』の話や」
少女があっさりそう答えた。
「『今日から』って一体……」
呆れかえるシュンとメイ。
「そうや。『警護対象』の家、通学路、行動パターンはしっかり把握しとかなあかんからな……この学校にも、『敵』が潜んでないとは限らんし……」
少女が、訳の解らない事を言いながら、シュンの方を向いた。
「君も、まさかとは思うけどな……」
少女はそう言いながら、シュンの顔に自分の鼻先を寄せる。
「うっ!」
シュンは面食らった。少女の貌が、シュンの目と鼻の先まで近づいたのだ。
くんか くんか くんか……
そして少女が、まるで犬か何かのように、シュンの周りを嗅ぎまわりながら、
「うーん、おかしいなぁ、さっき少し『匂った』ような気がしたんやけど……?」
不審そうに何度も首を傾げながら、シュンの顔に更に自分の貌をよせて、
ペロン。
おもむろに舌を出すと、シュンの頬をペロリと一舐めした!
「おわあああああああああ!」
少女の突如の奇行に、シュンが悲鳴を上げて道端に尻もちをついた。
「ちょちょちょちょ! 何やってんのよ! あんた!」
メイもまた愕然として悲鳴を上げる。
「無味無臭。やっぱりウチの勘違いかな」
少女が少しガッカリしたように息をつくと、
「ごめんごめん、君は無関係の一般ピーポーやね」
シュンを見下ろして、そう言って詫びると、
「問題は、やっぱり『警護対象』。君の方やね」
メイの方を向くと、またもや訳の解らない事を呟いた。
「何言ってるのよ! 変態! 痴漢……じゃなくて痴女! もー早くあっち行きなよ!」
目の前でシュンを「味見」されたメイが、憤懣の声を上げて少女にそう言うも、
「本当に不思議や。どう見ても人間なのに、匂いはどう考えても『向こう側』……」
くんか くんか くんか……
メイの言葉を全く意に介さず、今度はメイに貌を寄せて彼女の身体を嗅ぎ始めた。
「ひっ!」
少女の不気味な行動に固まるメイ。
「おそらく、味も……」
男女は関係ないらしかった、メイの頬に貌を寄せて、その舌先でメイを「味見」しようとする少女だったが……だがその時。
ゴチン!
少女の頭上に、拳固が命中した。
「あたたたたーーーー!」
堪らずメイから離れて、自分の頭を押さえつける少女。
「なにしてくれやがんだよ! この変態! 痴漢……じゃなくて痴女!」
拳固の主は道端から立ちあがったシュンだった。
「ちょ……違うんや! これには色々、深ーい理由があってな。ウチはな、違いが判る女なんや! ダバダーダバダーなんや!」
少女が慌ててシュンとメイに訳の解らない言い訳を始めるものの、
「おまわりさーん。こっちでーす!」
「痴女がいまーす。変態で-す!」
シュンとメイは聞く耳持たず。
周囲であわただしく働いている警官たちに呼びかけて、少女を突き出そうとしているところだった。
「ななななな……! 公権力に頼ろうってか!? 卑怯やでぇ!」
少女は頭をおさえながら、狼狽して辺りを見回すと、
「ちくしょー! 覚えときー!」
燃え立つ炎のようなセミロングを振り乱しながら、シュンとメイの元から駆け去って行ってしまった。
「な……何だったんだ、あいつ?」
「さあ……?」
シュンとメイはしばし呆然、通学路の真ん中に立ち尽くしていた。
キンコンカンコーン。
道の向こうから、始業を告げる鐘が聞こえてきた。
「やば! 遅刻だ!」
シュンとメイが、走り出した。
二人は、聖ヶ丘中学の厳めしい校門を駆け足でくぐりぬけた。
#
どうにかこうにか、2年C組の教室に駆けこんだシュンとメイ。
「あら~二人とも、今日もなかよく、遅刻ギリギリなんだから~~」
前の席に座るクラス委員長の
西安達ヶ原の大地主、藤枝家のお嬢様だが、本人は微塵もそんなことを感じさせない真面目な佇まい。
ルーズな事が我慢できない性分なのだ。
「うっさいなー委員長! 今日は、仕方なかったんだよ!」
言い訳がましく着席するシュン。その時。
「やっべー! 間に合った! セーーフ!」
学ランを肩に羽織ったツンツン頭、
シュンの親友だが、これまたシュンに輪をかけたボンクラ。
万年遅刻大王の名をシュンと争う、学年の『双璧』だった。
「こ……コウくん……!」
ルナが困った顔で彼から目をそらした。
「こらっ! お前はセーフじゃねーだろ!」
教卓からコウの襟首をひっ捕まえたのは、担任の
飄々とした物腰の美術教師だが、生徒のサボり、遅刻には鉄拳も辞さない『武闘派』だ。
「で~~! す、すんませーん!」
ナナセに締めあげられて涙目のコウ。
「コウくん……どうしていつもあと5分早く……」
ルナは、いたましそうな顔で、伏し目がちにコウを見ていた。
#
「そんなことより、今日はみんなに新しい仲間を紹介する。転入生だ、比良坂。入ってこい」
緋川が教室の外で待つ誰かに合図した。
「はーい」
そいつが、教室に入って来た。
「「あ!」」
シュンとメイが、同時に驚きの声を上げた。
入って来たのは、燃え立つ炎のような紅髪を靡かせた、朝方二人が出会った少女だったのだ。
「どうも! 滋賀県から転校してきた
シーナがそう挨拶して、ニヘッと笑った。
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