第11話 灯台下暗し

”死が人を殺すというが、死は人を殺さない。退屈と無関心こそが人を殺すのだ”


 あるロックシンガー(もちろんヒトだ)の言葉らしい。オレはこの言葉を聞いたとき、とても腑に落ちた。


 この町はとても退屈だ。

 アンドロイドは変化しない。成長しないし、性格が変わることもない。おまけにずっと同じ相手を好きになる。なんて退屈なんだ。

 この町も変化しない。最初の頃は木が薙ぎ倒され、続々と家が出来て、めまぐるしい変化があったがそれも5年ほどだ。娯楽も読書ぐらいだ。しかもあたらしい本は書かれないから同じ本を何度も読む。60年も立てばページを開かなくても詳細な表現もソラで言える。

 退屈はヒトだけでなくアンドロイドも殺せるらしいぞ。

 ロックシンガーに向けて心の中でつぶやく。

 これで60年だ。まだ400年近く生きるのだ。そろそろ死んでみるのも手ではないかと思った。




 そこで気づいた。死ねないのだ。ナイフで体を傷つけようとする。途中で手が止まる。ヒトの町に行けば撃たれて死ねると考え、塀にいき、手を掛けようとする。手が止まる。

 料理をしているときに指を誤って切ることや、安全を確認した上で塀を越えることはできても、そこに自分を傷つけようという意志が現れると、出来なくなるようだ。

 オレらをこの町に追いやったヒトどもは、自由に生きる権利どころか自由に死ぬ権利も奪ったらしい。まったくもって腹立たしいことだ。





 どうやって死ぬか、それだけを考えながらこの町で過ごすこと数ヶ月。アンドロイドの町である噂が広まった。


『この町には死にたいアンドロイドのための自殺させ屋がある』

『楽に死なせてくれる』

『塔の近くにあるらしい』



『その名前は"シキの家"』


 オレは”シキの家”とやらを探すことにした。死期の家なんて最高にロックじゃないか。ヒトで言う終末病棟みたいなもんか?


 とりあえず塔に行ってみた。ココロ分離機は忌々しいのと同時にオレらの親でもある。コイツがなきゃ俺らアンドロイドは生まれることはなかったからな。悪いのはヒトであって機械じゃない。

 塔の周りにはまだ木が残っている。塔の近くとは言ってもさすがにテント暮らしや、ツリーハウスということはないだろう。オレは念のため林を見回しながら、塔に最も近い住宅地に移動する。住宅地までの林にはやはりそれらしいものはなかった。


「ここらへんには初めて来たな」


 初めて来たが他の場所とそう変わりはない。等間隔に木造の家が立ち並ぶだけ。

 やはり、退屈な町だ。クソつまらない。

 もう探さなくていいか、どうせ暇つぶしだし。どうせ俺と同じでこの町に退屈したアンドロイドが適当な噂を流したのだろう。



 そう踵を返そうとした俺の耳にキコ、キコ、という音とそれを追いかける足音が右斜め前の家から出てきた。

 子供型のアンドロイドと少年型のアンドロイドだ。子供型のアンドロイドは三輪車に乗っていて、それを気の弱そうな少年型のアンドロイドが追いかけている。思わず声を掛けた。


「珍しいな」


 その言葉に少しあせったように少年が振り返る。


「え?」

「体型の小さなアンドロイドは珍しいだろ?ヒトの役に立つように作られたアンドロイドは大人型のばかりだし、愛玩用に作られた子供型のはほとんど狩りで死んだ。だからアンタらみてえなのは割りと珍しい」

「ああ。そういうことですか。この子はこの町で生まれたので」

「おいおいそうなるともっと珍しいじゃねえか。ソイツこころ持ってんだろ?」


 三輪車に乗るソイツは楽しそうな表情で必死にペダルをこいでいる。健気な姿に、可愛いと思ってしまう。


「はい。生まれたてです。二ヶ月前にこころを移植されました」


 それは拐ってきたヒトのこころを移植したと言うことだろうか?


「お前少年型の癖に悪いことやってんな」

「はい、僕は悪いことをやっています」


 そういって二ィーッと笑う少年に、オレも釣られて笑う。なんだよ、この町にも面白い奴もいるじゃねーか。


「あなたも珍しいですよ」

「あ?」

「この町の人はあまり出歩かないですから」

「あー、確かにそうだな。ちょっと探し物してんだよ」

「探し物?」

「そう探し物」


 俺は言葉を濁す。"シキの家"を探しているなんていったら、噂に振り回されているみたいで恥ずかしいし、死にたがってるって知られるなんてスゲーダセえ。


 不意に俺の脚にドンッという衝撃が走る。子供型がオレの脚に抱きついてきた。


「ボクも探す!」

「チビには見つけられねー」


 オレが即答するとすぐに泣きそうな顔になる。


「僕も探しますよ。どんなものですか?」


 少年が声を掛けてきた。爽やかな笑顔だがその裏に何かあるのじゃないかと疑ってしまう。


「あんたもチビだろ」

「僕とこの子合わせればお兄さんよりデカイですよ。それに暇なんです。新しい遊び探していたところで」

「身長は足し算じゃねーだろ……。しかも遊びって……」


 少し呆れたが、同時に好感を覚えた。暇だという共通点と、お兄さんなんて呼ばれることが初めてだったからだ。こそばゆいがなんだか嬉しい。


「まあ、じゃあ頼むわ」

「任せてください」

「がんばる!」

 少年と子供がそう言って笑う。


「俺の名前はイギーだ。お前らは?」

「僕はハルです」

「ハルな。で、チビは?」


 オレが子供に声を掛けるとソイツは満面の輝く笑みで、大きな声を出す。


「シキですっ!そこがボクの家ですっ!」


 ”シキの家”はぜんぜんロックじゃない。

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