第12話 奇想天外
"シキの家"はアンドロイドの町ならどこにでもある至って普通の家だった。木造の二階建てで、地下室がある。テーブルも椅子もすべて木製で、窓からの明かりが穏やかな空気を作り出す。
自殺させ屋から連想できるような首吊り縄や、大量の薬物、ギロチンなどといったおどろおどろしい道具はない。
ただ人口密度が高い。ハルとシキ以外にも、男女のアンドロイドがいた。にこにこ笑ってるちっちゃい女と無表情のでかい男だ。
そして、こころを持ってない女のアンドロイドもいる。コイツもデカイ男もどちらも無表情だが、デカイ男にある目の光がコイツにはない。ってか左目がない。
「普通よぉ、先に綺麗な女のアンドロイドにこころ持たせんじゃねえの?壊れてるからシキにしたのか?」
俺がハルに言うと、ハルは答える。
「複雑な事情があるんですよ」
「事情ってのはいつも複雑なんだよ」
「とくに複雑なんです」
「まぁ、いいけどよ」
いつも笑顔を浮かべていたハルの顔が曇っていた。オレは慌てて好奇心を引っ込ませる。ここで機嫌を損ねて自殺させないとか言われたら、態々面倒な探し物をした苦労が水泡に帰す。
「ねえねえ!ハル!誰この人!」
ちっちゃいにこにこ女が騒がしくハルに尋ねる。
「こちらはイギーさん、お客さんです。イギーさん、この女の子がアキさんです。向こうの背の高い男性がフユさんで、アンドロイドの彼女がナツさんです」
「よろしく!」
「おう」
フユは無言で会釈する。
「それでは、仕事の話をするんでアキさんとフユさんは2階へ」
「あぁ」
「はーい!」
元気一杯のその笑顔が煩わしい。同じアンドロイドなのになぜそんなにも楽しそうなのか、オレには理解できない。こんなクソ退屈な町の何がそんなに楽しいってんだ。
「こころを持ってないアンドロイドにも名前をつけてんのか。ハル、ナツ、アキ、フユ、それにシキで、"シキの家"か。死期の家じゃなくて四季の家なんだな」
「そうです」
「それで?誰がオレを殺してくれんだ」
「イギーさんですよ」
「は?知らねえの?アンドロイドは自殺できねえの」
「知ってますよ。イギーさんは知ってます?僕らは殺し屋じゃなくて、自殺させ屋です」
なんだ?クイズか?頭が重くなるからその類いの遊びは好きじゃない。
「だから無理だっての」
「無理じゃありません。僕が命令すれば」
「アンタどこのお偉いさんだよ。特別なヤツにはみえねえけど」
「全然偉くないですよ。この町では特別ですけど」
「そういう言葉遊びみたいなの好きじゃねぇんだけどなぁ」
「すいません」
そう言って笑うハルにオレは無言で圧力をかける。
さっさと言えよ。
その視線にすこし戸惑いながらハルは口を開く。
「僕はヒトです」
「はぁ?言葉遊び嫌いだって言ってるだろ」
さすがに苛立ってくる。苛立ちを込めてハルを睨むが、今度はハルは戸惑わない。オレの視線をしっかり受け止める。その目の奥にはナツと呼ばれるアンドロイドにはない、強い光が宿っている。
「アンタ本当にヒトなのか?」
「はい」
オレは拳を握り腕を振り上げる。60年前の恨みを晴らそうと殺す気で、渾身の力で振り抜く。
しかし、オレの拳がハルに当たることはなかった。見えない壁に阻まれているように、ハルの顔の近くで止まっている。
「三原則の一条です」
「は?」
「あなたたちアンドロイドは、僕らヒトに危害を加えることはできません」
「本当に忌々しいなお前ら人間は」
「はい。僕もヒトは嫌いです」
「お前もそうなんだろ?」
「僕は僕も嫌いです」
「退屈なヒトだな、お前」
ハルはそれでも笑う。自分のことを嫌いといいながら、オレに退屈なヒトと言われながら、笑う。
「退屈なヒトですけど、僕はアナタをしっかり自殺させますよ」
不適で自信満々のその顔にオレは興味を持つ。
「どうやって?」
「二条です。ヒトが命じればアンドロイドは死にます」
オレはハルから話を聞いた。アンドロイドに組み込まれた三原則のことと、それを利用してハルが行っている自殺させ屋の取り組みのこと。対価は要らないらしい。
「それで、イギーさんはなんで死にたいんですか?」
今度はそちらの番とばかりにハルが尋ねる。
「退屈なんだよ」
「え?」
「なにもかも退屈なんだ。代わり映えないこの町も、成長も衰えもしないアンドロイドも」
「退屈、ですか?そんな理由で?」
「お前らヒトの一生と同じにすんなよ。オレらはまだまだ死なないんだぜ?すでに飽きてんのに、これ以上生きてられるかよ」
「はぁ」
そう呟くとハルは腕を組んで何事か考え始めた。
「なんか問題でもあんのか?」
「いや、問題はないんですけど。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「僕がこの仕事を初めてから冷やかしも多いんです。イギーさんの死にたい理由が理由なので、冷やかしなんじゃないかと」
「はぁ?!そんな理由でこんな面倒くさいことするかよ!」
「そうですよね」
それでも、納得いかない様子で何事かを考えている。そして何事かを思い付いたように不意に顔をあげた。
「じゃあこうしましょう!イギーさんにはこれから一ヶ月程アキさんと過ごしてもらいます!」
「お前の頭のなかどうなってんだよ!!」
オレは思わず叫んでしまった。
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