第10話 シキの家
僕がナツの家に戻ると、アキとフユがいた。
「ナツ!」
アキがナツ"だった"ものに飛び付く。僕の左手を握りしめるシキの手が震える。大声を出すアキに驚いているのかもしれない。
「思い止まってくれたんだね!よかった!ナツが死んだらやっぱり寂しいもん!フユもきっと寂しがるしぃ、元気なくなるしぃ、そしたらアタシも元気なくなるからさ!……ナツ?」
無感情で自分を見つめるナツを、アキは不振に思ったようだ。アキは僕の方を振り返って説明を求める。
「ナツさんは、こころを捨てました。シキにこころを渡しました」
「え?」
アキは何をいっているのか理解できていないように首をかしげる。徐々に理解して、ナツを見て、そしてシキを見る。
アキは困ったような笑顔で、ただナツの体を抱き締めた。
対して、フユはすべてをわかっているかのようにただうつむいている。フユは僕とシキとナツが部屋に入ったときもとくに反応しなかった。
「フユさんは、すべて知っていたんですね」
「ああ。塔の管理を任されたときすべて聞いた。さっき塔が光って、もう覚悟はしていた」
「そうですか」
「お前は、こころを失ったナツも殺せなかったんだな」
「はい。僕はヒトなので。こころを好きになるアンドロイドと違って、どうしても外見に縛られてしまいます。そこにナツさんのこころはなくても、ナツさんの姿をしているアンドロイドを殺すことはできませんでした」
「ナツはきっとお前を恨む」
「恨んでくれるなら、こころが戻ってくれるなら、僕はうれしいですよ」
ナツのようなこころを失ったアンドロイドを、これ以上作ってはいけない。そんなの、死ぬことよりも悲しい。
僕があの時躊躇わず、死を命じることができていれば、ナツさんはこんな姿にならなかったし、アキさんは困った笑顔をしなかったし、フユさんはうつむかずに済んだかもしれない。シキはこの悲しい世界に生まれてこないで済んだかも。
僕は溢れそうになる涙を、懸命に堪える。謝罪の言葉を飲み込む。
僕は泣いてはいけない。僕はこの町で僕にしかできないことをする。それがナツさんへの贖罪だ。それが60年前、僕らヒトが背負った罪への贖罪だ。
その年の秋、アンドロイドの町には、ある噂が広がった。
『この町には死にたいアンドロイドのための自殺させ屋がある』
『楽に死なせてくれる』
『塔の近くにあるらしい』
『その名前は"シキの家"』
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