第9話 ハルとナツ
青い光に目が眩む。この階層全体が青く光っているようだ。
ナツさん?
僕は小さく口の中で呟く。慌てて背を預けていた扉を開けると、ナツの姿が見つからない。バルコニーに飛び出す。
柵から身を乗り出すようにして、地上を覗く。ナツの残骸はそこにはなかった。ホッと息をつき、青く輝く部屋に視線を戻す。そこでナツさんの声がした。
「ココよ」
ナツさんはいた。シキが入っているガラスケースとは別のガラスケースに入っている。なんでそんなところにいるの?ナツさん。
「私はすこし嘘をついたわ」
「嘘ってなんですか?なにをしようとしているんですか?」
僕は焦りを隠せない。もしかして、三原則には抜け穴があるのではないか。アンドロイドはどうにかして自分を傷つけることができるのではないか。
「この塔が光るのは、ヒトがこの町に来たとき」
「はい、この前聞きました」
「それは嘘ではないけれど本当でもない」
「え?」
なんの話をしているのだ?ナツさんは自殺しようとしているのではないのか?
「この塔が光るのはね、ヒトがこの町に来て、この塔の最上階のガラスケースにヒトとアンドロイドを入れて装置を起動させた時よ」
「装置って……?」
「決まってるじゃない。ココはココロ分離機よ?ヒトのこころをアンドロイドに移植する場所」
その言葉で、僕はいま僕がいるこの部屋が青白く光っていることの意味を察する。
「ナツさん、あなたは……」
「私はこころを捨てる。シキにあげる。体を傷つけることなく私は死ぬ」
「そんな……。だってあなたはアンドロイドですよ?ここはヒトのこころをアンドロイドに移植する場所ですよね?」
「あなたはバカね。私たちのこころは元はヒトのこころよ?ヒトとアンドロイドのこころになんの違いがあると言うの?」
「アンドロイドはヒトより綺麗なこころを持ってます!全然違います!だからそんなことできないに決まってる!」
「アキやフユや私をみてもあなたは同じことが言えるの?アンドロイドはヒトと同じように表には出せない感情を隠している。それを隠すのがヒトよりもうまいだけ」
「ナツさん……。お願いです。やめてください」
僕の声が震える。どうすれば止められるのだ。
「あなたには止められないわ」
ナツさんはいつもの微笑みを浮かべて、続ける。
「あなたには感謝している。この4ヶ月私はあなたの、ヒトの優しさに救われてきた。でもその優しさゆえに私を殺せないことは簡単に予想できた。殺せたとしてもあなたが深く傷つくことも予想できた。だから私は考えたの。シキにこころをあげることを。
こころを失った私は私じゃない。あなたも気兼ねなく私に死を命じることができるでしょう?」
「ナツさんはナツさんです。殺せません」
僕の言葉に怒りを示すように、部屋の光がよりいっそう強くなる。眩しくて目を閉じたくなるけど、僕はそれでもナツから目をそらせない。ナツは変わらない微笑みを浮かべている。
「あなたにはきっとできるわ。ねぇ、もう最期よ?約束通りあなたの名前を教えて」
僕の名をナツにいま教えることは正しいのか。出会った頃に教えていれば今の状況とは違っていたのかもしれない。傷つけることにはなっていても、それでももっと早く教えていれば、いまもあの部屋で晩御飯の準備をしていたのかも。
それでも僕にはその勇気がなかった。ナツを傷つける勇気が。
これが最期のチャンスだ。
「僕の名前は……」
私が名前を聞くと彼は俯いてなにかに耐えるように拳を握る。部屋の光が強い。もう時間がない、はやく。
そう促そうと口を開きかけた私の耳に彼の声が響く。この4ヶ月ですっかり聞きなれたあの優しい声が。
「僕の名前は、波留です。波を留めるで、ハル」
「え?」
「僕がナツさんと出会ったのはきっと意味がある。だからお願い、止めてください」
「そう。ハルというのね」
だから彼はシキと名付けたとき、彼はあんなにも顔を赤くしていたのか。
シキ、季節の四季。ハルとナツに作られて、アキとフユに助けられて、生きていく。彼はそう言った。でもきっと四季の意味は四人だけじゃない。そこにはきっともう一人のハルが入っている。彼もシキを助けていくと言う意思を示したのだ。
それはとても恥ずかしくて、誇らしいことじゃないか。
私はいつものように微笑む。
微笑もうとする。
でも出来なかった。頬が強張って口許が歪む。涙を流す機能などないはずなのに、視界が歪む。
あぁ、ハル。あなたとてもいいヒトだわ。
「ハル、ありがとう。私がヒトならきっと私はあなたを二番目に好きになっていた」
そう言い終わるのと同時に、視界が光で埋め尽くされた。
私の死と同時に、シキは生まれる。
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