第2話 町に来た理由 助けた理由

 ナツと暮らすようになって一週間、ナツは極力僕を家から出さないようにする。傷が開かないように、ヒトだとばれないように、とか色々理由をつけているが、なんとなくなにかを隠していると感じた。


 二階の僕が使っているベッドのある部屋の窓からは、アンドロイドの町が少し見える。アンドロイドの建物はどうやら木造のものが多いようで、町は温かみのある茶色に包まれている。寒さや暑さに強いアンドロイドたちは保温に優れた鉄筋コンクリートの家よりも、目で見たときに温かみのある木造の家を選ぶのかもしれない。頑丈さや、住み心地の良さからコンクリートの家が多いヒトの町とは対照的な風景が広がっている。ヒトがコンクリートの家に住み、アンドロイドが木の家に住むのはなんだかちぐはぐな気がして少し面白い。


 ベッドで外の風景を見ている僕に、ナツは椅子に座って趣味のアンドロイド製作をしながら話しかけてくる。


「あなたはこれからどうするの?」

「今日もここから外を見ている予定です」


 そう言った僕をナツは少し呆れた風に見る。


「そんな短期的な話じゃなくて。あなたはこの町でなにをするために来たの?」

「あぁ。ホントにただアンドロイドに憧れてきただけなんです」

「……アンドロイドになりたいの?」

「あ、そういう意味ではなく。アンドロイドはものごとに対して純粋に感じることが出来るじゃないですか。それがうらやましくて」

「ヒトにだってできるわ」

「僕らには難しいです。たとえば、今ここで見ているアンドロイドの町に対して僕は感慨はあります。木でできた家は新鮮ですし、温かみがあっていいなーっ て」

「私たちもそう思う」

「はい。でも僕が感じている気持ちはそれだけじゃありません。うまく言えないけど、技術はヒトがアンドロイドより優っているんだっていう気持ちとか」

「この町には車もないしね」

「そうですね。車がない町は静かなんですね」


 そこで僕は少し息をつく。ヒトの町にいたときに感じていた頭の中のもやもやを言葉に変換する作業は、ひどく疲れる。


「僕はヒトです。暖かい感情を抱くのと同時にこころの底には冷たい感情が横たわっています。周りのヒトたちもそうだと考えると少し怖かったんです。笑顔の裏にある暗い感情が見えるのが。その少しが積み重なっていって、だんだん大きくなって、気づいたら目を背けられないくらい大きな恐怖になっていました。それで僕はあの塀を越えたんです」


 足がズキンと痛んだ。デニムのパンツを強く握り締めていたことに気づく。硬い布を握る手の爪が少し痛い。


「だから、何かをしたくてここに来たんじゃないんです。あそこにいたくなくてここに来ました」

「そう」


 少しそっけないその返答は、それでもどこか暖かい。


「したいことはゆっくり探せばいいわ。それまでここにいればいい」

「……ありがとうございます」

「あなたはつらかったのね」

「……はい」

 ナツは寂しげな表情で席を立つと、階段に向かう。手すりを掴み、顔を伏せながら、彼女は言った。


「それでも私はあなたの、ヒトのこころがうらやましい」


 それは独り言のようだった。少なくとも僕に向けた言葉ではなかった。だから僕はナツに向けて声を発することが出来ない。

 ナツは階段を降りていった。

 アンドロイドの町が夕日に赤く染まる。






 その日の夜、ナツは2人分の夕食をトレーに乗せて二階に来た。湯気の立つスープと、ふわふわのパンの香りがする。

 ナツの顔にさっきの寂しそうな表情は、もうない。いつものように微笑んでいる。僕はそのことに安堵する。しかし、僕にはこの気持ちがナツが寂しそうな表情をしてないことへの安堵なのか、僕に対して負の感情を抱いていない様子であることへの安堵なのかわからない。

僕は不純物の多いこの感情から目を背けるために、パンをちぎって口に運んだ。


「美味しいです」

「よかったわ」

「ナツさんはパン派ですか?ご飯派ですか?」

「パンかな。この町でにお米があまりないし」

そう言ってナツさんもパンの欠片を口に運ぶ。

「この町では米の栽培はしていないんですか?」

「してないと思う。ヒトの町との物々交換でたまに手に入る程度よ」


その言葉に僕は少し驚く。


「ヒトの町とアンドロイドの町に交流があるんですか?」

「あぁ、表向きはないわ。アンドロイドの町にあるパーツがヒトには作れないものだからそれを目当てにヒトの町から来る人がたまにいるだけ」

「知らなかったです。塀に囲まれてるし、警備も厳重なのにアンドロイドの町にどうやってはいるんでしょうか」

「あなたも入った一人でしょう」

「僕は運が良かっただけです。撃たれたのが足じゃなかったら、塀から落ちたとき打ち所が悪かったら、ナツさんに助けてもらってなかったら、きっと僕は死んでいました」

「そうかもしれないわね」

「その節はどうもありがとうございました」

「いまもでしょ」


そう言ってナツさんはクスリと笑う。


「それに、私もあなたを親切心から助けた訳じゃないわ」

「なんで助けてくれたんですか?」

「あなたは、ロボット工学の三原則って知ってる?」

「はい、一応学校で習いました」


そこで僕は気がつく。


「あぁ、一条ですか」

「そう。"ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない"。あのときのあなたは、危険な状態だったから」

「こころがあっても従わなくてはならないんですか?」

「ヒトが熱いものに触ったときにいくら触りたくても手を引いてしまうでしょ。それと同じ」

「反射ですか」

「そう」


この事はあまり知りたくなかったかも。少し残念だ。


「まぁ、反射がすべてではなくて、打算もあったわ」

「打算?」

「そう、打算。あなたにお願いがあって」

「なんですか?」


僕は軽く聞き返す。しかし、次の瞬間ナツの口から出た言葉はとても重いものだった。


「わたしに自殺をするよう命じてほしいの」

「え?」

「死にたいの、わたし」

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