5.3 Observer System - 10011001

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――後の世界。ノーヴに伝わった時間的な感覚は、その後の出来事という、定義がはっきりしない概念である。


 災厄の元凶たる少女が、どこへ流れて行ったのかを、ノヴァの記憶中枢は捉えていない。しかし、それはノヴァに関係のない事だ。

 ノヴァは、地上から人類が失われる直前から、世界の管理者たる存在を生み出す作業を継続していた。イリオスが失われた世界には、災厄の元凶と女王の争いによって大気中に散布された力の根本や、遺構としての科学の残滓があった為、オブザーバーの生成過程で、材料が不足する事はなかった。ノヴァはそれらを用いて、女王の託した使命を履行し続けたのだ。女王が守護せんとした唯一無二の文明が、失われたにも関わらず。

 即ちノヴァは、人類にとっての楽園など、端から些末な事だと考えていたのである。そもそも、人類の楽園足り得る要素までは、学習していないのだ。ノヴァにとっての楽園とは、世界という概念さえあれば成立してしまう程に、曖昧で希薄なものの上に成り立っている。使命を果たすにあたっての判断基準は、有か、無だ。人類のイリオスは、確かに失われた。だが、ノヴァの世界は、崩壊しつつあるものの、終わってなどいない。だからこそ、世界が未だに”有る”と判断したノヴァは、託された使命を果たす事に尽力したのである。最も重要な要素が残ってさえすれば、例え人類にとって腐敗し切った形でも、問題はないし、関係もない。それこそ、ノヴァにとっては、欠片も興味がわかない話である。


 やがてノヴァは、今まで女王によって統一されていた世界を、幾つかの地域に分別した。そして、初めて世界の管理者も作った。複数の体を持った、しかし単一のオブザーバーである。つまり、一つのシステムに、複数の実体がある、という事だ。それは、”Observer System - 00000000”と、名付けられた。

 ノヴァは最初のオブザーバーに、

「私はやがて消えます。あなたは永遠に在り続け、世界の理から逸脱した存在を、ロックして下さい。世界が崩壊の危機に瀕した際には、世界をリセットして下さい。あなたは世界の管理者なのです」

 と、命を下し、眠った。


 ”Nationwide Observational System”。世界を管理する仕組みの完成である。女王から受け継がれた意志を、ノヴァが結晶化させたのだ。尤も、女王が望んだ純粋な形であるかは、ノヴァではわからぬが。


 それから、長い時間が経った。ノヴァは単位の定義をしていないから、具体的には不明である。一二二回目の世界において人類が作った、宗教という概念から生まれた単位に基づいて言うならば、”A.D.五〇億六千万年”前後の月日である。ノヴァはそこで、再び起動した。

 ノヴァが目を覚ますと、世界は白に染まっていた。それを前にしたノヴァは、世界が崩壊に差し掛かった為、オブザーバーがリセットを行ったのだと理解した。ところが、もう一つ把握できる事が、ノヴァにはあった。それは、異質を作り出す装置として作られたノヴァに、自身でも”把握し切れていなかった異質”が宿っていた、という事である。既知の異質は、”ほぼ永久”である事と、”異質を生み出せる”事である。女王の手がかかった特別な存在の証とも言える訳だが、やはり、世界を管理する能力は持っていない。従ってノヴァは、相変わらずオブザーバーを生み出す事しか出来なかった。

 そんなノヴァの前に、世界のリセットを行ったであろうオブザーバーが現れた。”O.S. - 00000000”である。見るも貧弱で、余りにもボロボロで、今にも消えそうな光を放っていた。もう、明らかに仕事を遂行できるような状態でなかった。そこでノヴァは、最後に宿った、”未知であった異質の力”を行使して、再びオブザーバーの製作に取り掛かる事とした。

 最後に宿った異質。目覚めるまで未知であった、ノヴァらしい力。それは、”自分の生み出したオブザーバーを、消滅させる事が出来る”という力だ。

 ノヴァは力を行使する事で、初めてのオブザーバーを消去し、残った力を取り込んだ。解体し、今一度組み上げるのである。この力が宿っていたからこそ、膨大な時が必要であるオブザーバーの生成作業が、短縮される事となった。至極合理的で、異質を作り出すノヴァらしい力と言えよう。

 やがて、新しいオブザーバーが生成された。ノヴァはそれに”Observer System - 00000001”と名付ける。ノヴァは再び、

「あなたは、世界の理から逸脱した者を見つけて、ロックして下さい。世界の崩壊に際した場合は、世界をリセットして下さい。あなたは世界の管理者なのです」

 と告げてから、自らの機能を中断した。


 ある時は異質によって、ある時は人類の発展させた科学によって、ある時は人類の信仰の結晶たる奇跡によって、世界は消滅しかかった。幾度も崩壊に差し掛かる世界は、その都度、オブザーバーによってリセットされた。ゼロへの回帰を防ぐ為に、使命を帯びた者達が、一から再生させていたのである。決まりきった事の、繰り返しだ。


 九二回目の、世界。

 膨大な時間を消費して、三桁に迫る回数の世界を渡り歩いたノヴァは、オブザーバーの欠陥に頭を悩ませる事となる。この世界のオブザーバーは、寿命に関連する深刻な問題を抱えていたのである。世界の監視及び管理を担う、ノヴァの使命を根底から覆す出来事が、オブザーバーの寿命に起因して、起こってしまったのだ。

 それは、文明が栄え始めた矢先の出来事だった。ノヴァが各地に配置したオブザーバーの全てが、突然寿命を迎えた結果、内部にため込んだ膨大な力を漏出させ、強制的に世界をリセットしてしまったのである。その際、リセットに必要な力以上の異質が、世界へと流し込まれた。危うく、守るべきが崩壊する寸前に至り、世界の性質が大きく変わってしまった。

 ノヴァは、早急に世界の変質を停止するべく、各地に霧散した力を吸収したが、爪痕は、深々と刻まれた。そして新たに、寿命という問題を解決する必要性も出てきたのである。


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 何回目かの目覚め。この時ノヴァは、幾つかに気付いた。

 先ず、オブザーバーは、力を使う度に、老朽化してしまう。言い換えるならば、力の使用回数に、限りがあったのである。完膚なきまでに朽ち果て、使命を果たせなくなる時こそが、最後の力の行使となる。

 次に、そもそもオブザーバーは、ノヴァように、殆ど永久的な活動が出来ない。つまり、力の使用の有無に関わらず、時間的概念が有限であった。

 最後に、永遠とは、苦痛が伴う。

 不思議な事に、女王の道具であるノヴァは、永遠の苦痛から逃れる為に、自身の任を放棄したくなった。だが、実際に投げ出す訳にはいかない。繰り返して、積み上げてきたものは、自我を持てばこそ、安易に捨て去れないのである。だからノヴァは、自身の任を誰かに担わせ、永遠から解放される方法を考えた。そして、オブザーバーが無制限に力を行使でき、かつ、永遠に活動する構造であれば、自分は永遠の任から解き放たれるのではないかという仮説を立てた。

 ノヴァは、新しいオブザーバーを設計し始める事となる。二つの条件を満たした、完璧なオブザーバーの設計を。


 それは、難航した。ノヴァは幾度も失敗を折り重ねた。しかし、ノヴァにはほぼ永遠というバックグラウンドがある。人である女王よりも遥かに有利な状態だという事は、敷衍するまでもない。奇しくもノヴァは、自分を終了させる為という最終目標へ比重を置いた事で、今まで以上に熱を入れて稼働し続けたのである。

 やがて、一縷の突破口を見出した。

 ノヴァは今まで、複数の体を持った単体のオブザーバーを、区切った世界の各地に配置していた。だが、単一的な本体に、全てのシステムと力を埋め込む事で、寿命を延ばす上での合理性が認められたのである。要は、一つの体に一つの中身を持たせる、という事だ。

 仮定から、現実へと移行する。その結果ノヴァは、自身と比較し、相対的に永遠と言える概念を持ったオブザーバーの生成に成功した。つまり、ノヴァよりも寿命が長い管理者が、出来上がったのだ。

 こうして、ノヴァが寿命を迎えても世界を保ち続けてくれる、既存の概念を覆すオブザーバーが完成した。これは、大きな一歩だった。ただ、力を使用すると老朽化してしまうという問題は、解決していなかった。だからノヴァは、改良を続けた。力の行使に際する劣化が起こらなければ、人間の一般的な感覚から見る、文字通りの永遠を成し遂げる事が出来る。


――老いるとは、寿命に直結する事柄であるが、しかし、それは一般的な理体にしか有効な考え方ではない。即ち、老いと永遠は、別の概念だ。こと異質に関してであるから、ノヴァが比重を置く永遠とは、乖離しているだろう。老いと死は、この場合において、切り離せる。


 ノヴァは、世界の内側に存在するロジックの殆どを網羅し、異質の故郷である世界の外側、その法則すらにも手を出した。内と外、二種の膨大な資源を組み合わせ、論理的な構造――オブザーバーの基礎的な設計概念を組み上げた。その中途頃に、オブザーバーが老朽化する原因を発見する事となる。今まではオブザーバーを放任していたが、既出の情報確度を高める為、力を行使する前後の状態を調べたのである。

 

 原因。それは、オブザーバーを異質足らしめている力が宿る、根本にあった。力が宿る根が腐る事で、オブザーバーも劣化するのである。加えて、老朽化の問題と、”絶対的な永遠”を獲得できないという両者が、密接に関連している事にも気付く。

 つまり、オブザーバーの老朽化問題を解決する事が出来れば、ノヴァの役割は、”達成し終える”。無欠な形での到達点だ。

 ノヴァは、老朽化する原因に、直接的にアプローチする方法を考案する。そして、一五二回目のリセットに伴って、考案した”機構”を導入した。


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――この世界こそが、一五三回目であり、ノーヴの世界。ノヴァの示す、”機構”とやらが導入された、O.S. - 10011001の世界である。ノーヴの視覚に、塔が飛び込んでくる。それは、生まれてからというもの、片時も離れる事なく、共に時間を共有し続けた、石の遺跡。そして、彼女を閉じ込める、檻のような存在でもある。


 オブザーバーの力。異質としての力が宿る、根本。

 それは、血液だ。

 オブザーバーは、異質の力を血液によって生成し、行使する。力の根本を成す血液の方が、劣化に耐えられなかったのである。力を使用する度に、血液が”濁り”、”消失”したのだ。


 一五二回目の世界の終わりに考案した機構とは、即ち、血液の循環濾過装置である。ノヴァはそれを、巨大な塔として、製作した。命という概念からかけ離れてゆく程に、理体の寿命は飛躍的に伸ばせる。だから、塔の形と意味を、ほぼ永遠にまで引き伸ばす事は、オブザーバーと比較して、容易かった。

 そんな塔は、大変重要な機構と言える。なぜなら、世界の管理者として君臨するべきオブザーバーは、機構に頼らなければ、永遠でも不老でもないからだ。そんな重大な機構を外界に設置する事は本来有り得てはいけない。

 しかしそれは、実用段階で、での話である。

 つまりノヴァは、あくまで研究の過程として、この機構を試験的に運用する事を決定した。目的が欠落なき形で成就されるまでにも、世界の管理を怠る訳にはいかない。故に、オブザーバーの体内に塔の機構を埋め込む技術を確立するまでの、緊急的な措置でもある。

 ”Nationwide Observational. from -Urgency Ventilation Tower-”。ノヴァは、計画の一段階目として運用を開始したシステム全体を、略して”N.O.U.V.T”と名付けた。ほぼ永遠の寿命を持ったノヴァでさえ、途方もないと感じられる程の時間の果てに、ようやく一歩、踏み出したのである。過去のシステムの名前を継承したくなる気持ちこそが、人である女王に作られ、そして目覚めた自我の正体だったのだろうか。


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 準備が整った。ノヴァは、血液の濾過機構と共に一五三回目のオブザーバーの作成を完了し、そのオブザーバーに、”Observer System - 10011001”という名を与え、毎回そうして来たように、仕事を言い渡した。更にノヴァは、一五三の数字を冠するオブザーバーに、

「N.O.U.V.Tシステムを導入したプロジェクトにおいて、塔は極めて重要な要素となります。塔は、あなたの活動を維持する上で欠かせません。あなたは、塔の保全を行いつつ、仕事を全うして下さい」

 とも、付け加えた。

 ノヴァは、実験的に稼働させたN.O.U.V.Tプロジェクトにおいて、一五三の数字を冠するオブザーバーの活動や経過を観察し続けた。そして時には、オブザーバーと接触をしてきた。全ての集大成へ向けて、殊更に念を入れ込んだ珠玉の種に、想いを乗せたのである。

 しかし、それは問題だった。

 ノヴァが接触を繰り返す内に、オブザーバーには自我が宿った。そして、システム、あるいはプロジェクト名から、自身を”ノーヴ”と名乗り、あろうことか彼女は、長い時間を経る事で、自身の仕事を忘却してしまったのだ。だからノヴァは、一五三回目の世界のリセット時には、このような現象の発生を回避しなければならないと、思いなす。同時に、血液の濾過機構を、塔という理体としてでなく、概念的に包含させる必要があるとも考えた。


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 整っている。既に条件は、満たされているのだ。一五三回目の世界は、形を失い始め、白に染まりあがった。ノヴァの記憶中枢に深く染み込んでいる、繰り返してきた白は、一五四回目の出発点である。

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