5.2 "No.V-Assembly"
001
――ノーヴに入り込んできた映像が、様々な場面を映し出す。それは、ノヴァの中に記録された、始めの世界だった。
そこでも人類は生まれ、社会を形成し、そして、栄えていた。文明の名前は、イリオス。かの文明の人々は、文字通り、世界の全てを掌握していた。彼らは、圧倒的な科学力や、それに相反する力を器用に運用する事で、安寧たる日々を謳歌していた。不穏など、
だが、女王だけは違った。自らの庭たる世界を維持する為に、来る日も手を動かし続けていた。その果てに、自らの命が朽ちる時こそ、世界の終焉だと確信した。女王はそれを皮切りとして、自らの庭を脅かす要因について常に思考し続け、また、永遠に世界を存続させるには、
女王は、答えを導き出す。
必要であったのは、進歩を止め、安寧に身を浸し、堕落し切った民ではない。世界を存続させうる力を持った女王こそが、永遠に庭を守り続けるという命題に、必要不可欠だったのである。つまり女王は、永遠の命を欲した。手に入れる事が出来れば、イリオスも永遠として存在し続ける事が可能であり、人類は栄え続ける。
常に手を動かし、必ず求める結果を出し続けてきた女王にとってそれは、決して荒唐無稽な題目などではなかった。解を得た女王は、頂点としての仕事を、全うしようとしたのである。
その矢先であった。女王は、世界を打ち壊す様々な要因の内から、最も危機的な存在を発見する事となる。それは、”世界の理から逸脱した存在”であり、いとも容易く女王の庭を壊してしまう、厭わしい存在でもあった。即ち、世界の内にあるべきでない、”異質”である。異質は、具体や概念など、有相無相を問わずに発生した。女王は無尽蔵たる御しがたい存在の数々に、人では抗う事の出来ない強力な力が包含されているとも知った。
人を喰らう力とは、奔流である。人為的なファクターで奔流を打ち消そうとするならば、相応の理体や概念を用いなければならない。具合的には、道具と仕組みだ。幸い女王は聡く、また、利用するべき道具も、自らの庭に持っていた。要するに、世界各地で観測される異質そのものを利用し、世界の存続をさせようと考えたのだ。全てを手中に収める女王だからこそ、毒をもって毒を制する発想となるのである。
永遠の命。そして、異質の存在。
女王にとって、それら二つの要素は、偶然転がって出た、正に救いだった。女王は膨大な時間を費やし、あらゆる異質を集めて、研究に明け暮れた。そして、一つの結論を見出す。しかし、酷な境地だった。女王にとっても、統べられる人々にとっても、儚い話なのである。女王は、物事に終わりがある事を知った。つまり、生を持つ多くに課せられた制約たるを、垣間見た。
命を持つ者は、永遠を獲得できない。そしてそれは、異質でもない限り、絶対である。即ち、世界の理の範疇にある人間では、到底超越できない事柄であったのだ。
だがそれは、世界の理に包含される女王の身では、永遠を手にする事が出来ない、という事実に過ぎない。即ち、世界の理から外れた者であれば、当然話は別である。
女王は、人の殻を被った異質の存在を、見出した。それは、五人の姉妹だった。
ここで、女王は新しい仕組みを考案する。世界の理から外れるだけの力を秘めた、姉妹達の核たる部位を取り出し、新しい性質を持った異質を作り出そうと考えたのだ。要するに、女王のように世界を治める力と、永遠の命を持った異質を、人為的に生み出そうとしたのである。
かくして姉妹達の内、四人が柱となった。彼女らから取り出された核たる欠片は、女王の手によって、画策の為のパーツとなったのである。
女王にとっては幸いな事であるが、パーツの総量には、余裕があった。全てが一度で成功するなどという楽観の持ち合わせが、女王にはない。故に女王は先ず、各パーツへ力に由来した名前を与え、試験的にそれらを組み上げた。
一の部品は、中心軸。女王はそのパーツに”No.I-Axis”と名付けた。
二の部品は、計算機。女王はそのパーツに”No.II-Calculator”と名付けた。
三の部品は、記録装置。女王はそのパーツに”No.III-Record”と名付けた。
四の部品は、動力源。女王はそのパーツに”No.IV-Power”と名付けた。
四人の姉妹達の欠片から作られた四つのパーツは、女王によって組み合わされた。そして、彼女が試験的に作り上げた”それ”は、遂に完成した。
女王は、組み上げた”それ”に、”No.V-Assembly”と名付けた。
尤も”No.V-A”は、女王の望み通りにはならなかった。ほぼ永遠と言える寿命を持ってはいるものの、女王のように世界を収める力を有していなかったのである。そもそも異質とは、宿る対象によって、異なる力の性質が見いだされる。No.V-Aの場合は、”異質足り得る力を持った存在を生み出す能力”しか、発現しなかった。とは言え、異質を生み出す事が出来るのは、紛れもなく、世界の理から逸脱した者の証である。少なくとも、壮大な重責をたった一人で背負った女王にとって、成功例としてのNo.V-Aは、あくまで、その誕生自体が喜ばしい事であった。故に女王は、サンプルとして保存するに留める事として、No.V-Aの記憶中枢に、これまで経緯を、一応は”学習させた”。もし、今後の製作に行き詰っても、女王に変わって、異質を半永久的に生み出せるNo.V-Aは、人類にとって有用だと言える。女王は、そう考えたのだ。
起立する、円筒形の装置。液体に満たされた只中にて、No.V-Aは、長い事揺蕩った。そうしている内、No.V-Aは、強制的な学習によらず、確たる自我を持った。そして、自身の事を”NOVA”、即ちノヴァと呼んだ。一方女王は、自らが手がけた、彼女自身によく似たノヴァへ、こう告げる。
『この尊い世界を、永久のユートピアとして保存し続ける為に、私に代わって世界の監視者――オブザーバーを、生み出し続けなさい』
その言葉は、ノヴァの記憶中枢に、今もって焼き付いている。
010
使命の履行に愚直な女王は、道具に無駄な機能を組み込もうとは考えない。作られた道具には、その目的を達成する為に必要な機構のみが備わっていれば、それで良いからである。道具とは、人が利便を追及する過程で用いるものの総称だ。故に女王の考え方を”学習させられた”ノヴァにも、徹底した取捨選択の考が、継承された。結果として導き出されたのは、迷いなき、目的達成への意思である。女王もノヴァも、方向性は同じだ。ノヴァに限って言えば、女王の与えた使命を引き受けた事こそが、その意思だと言い換えられよう。
011
――ノーヴが、見て、触れて、聞いて、嗅ぐ事の出来る映像が、目まぐるしく変わる。ノヴァに記録された、”始め”の”終わり”が、流れ始めた。
ノヴァは、女王から強制的な学習を受けていた故、自分があくまでサンプルだという事を、把握していた。しかし女王は、確かにノヴァへと使命を言い渡したのだ。自我が芽生えていなければ、恐らくは役目を果たす事など、なかっただろう。だがノヴァは、自我を持ち、自発的な行動をとる動作体系を、内部に組み上げていた。だからこそ、使命を全うする為に動き出すべきだという結論に至ったのである。
ところが、ノヴァが動き出そうとした時には、既に世界には、崩壊が近づいていた。
女王のこれまでの活動は、イリオスの人々に知られる事となった。つまり、姉妹達を殺し道徳を侵した女王に、反対した者達がいたのである。加えて悪い事に、平穏という生ぬるさに身を沈み込ませていたイリオスでは、内部対立を解決する手段が確立されていなかった。何しろ、犯罪や戦争といった不穏とイリオスは、無縁であったのだから。
やがて、”災厄の元凶”と呼ばれた、異質を宿した少女が、女王に反旗を翻す事となる。災厄の元凶は、卓越というには過ぎた力でもって、人類の枠組みを文字通り超越した暴力を、女王へと向けた。対する女王も、人類の頂点として君臨するに相応しい力で応じ、災厄の元凶と戦った。こうして、女王と少女を中心に、世界には破壊がまき散らされる事となる。
戦争である。
大勢が、死んだ。争いは伝播し、各地で増殖して行く。その中で、災厄の元凶に加担する者も死に、女王に力添えをした者も、死んだ。世界の至る所には、屍の山が築かれる事となった。それでも殺し合いは、収まらなかった。結果、世界は破壊し尽くされた。イリオスの痕跡など、何一つとして残らなかったのである。最後に立っていたのは、女王と災厄の元凶だけであった。
災厄の元凶は、全体の為に個を打ち捨てる女王を、否定した。柱となった姉妹達は、彼女と血が繋がっていたのである。しかし女王は、個を想う余り庭の崩壊を進めた少女の思考や行為を、容認しなかった。
両者の拮抗は、激を極めた。ノヴァの記憶中枢には、他に類を見ない程に絶大かつ無益な力で衝突した、災厄の元凶と女王の姿が、克明に記されている。
だが、物事には、終わりがある。女王が知ったように。従って、争いも収束する。
人類の域から出る事が出来なかった女王は、端から人類の域を脱していた災厄の元凶に敗れた。女王が地に伏した事実を以て、遂にイリオスという文明は、失われたのだ。
こうして、女王の悲願は、彼女の命と共に埋没した。残ったのは、ノヴァという成功例としてのサンプルと、その中に眠る、”使命を果たすべきだ”という、結論だけである。
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