4.4 昇華

 夕刻。じきに夜闇の凱旋が始まる時間帯であるが、しかし、光の町の方が闇を喰らっており、町全体は、橙色に塗りつぶされていた。トラキアの軍人達によって火が放たれて、しばらくが経っていたからである。伴って、光の町は、悲鳴のひしめく混沌と化してしまった。また、町のいたるところでは、見るからに体に悪そうな真っ黒い煙が、天へ向かって我先にと上騰している。当然住人達は逃げ惑うのだが、その多くはトラキアの軍人が携える分厚い剣に貫かれたり、刃や棘のついたメイスによって体を潰されたりした。だから、茶色の石で造られた町の明媚な在り方は、今や微塵も存在しない。血と肉が無秩序に打ち捨てられ、嗅覚に突き刺さる様々な臭気が混ざりあった上で漂い、そういった数々の陰鬱な要素が、穏やかな色や、緩やかな生活感を、不気味という一点に収束させてしまっている。この町はもう、戦場と表現しても何ら問題はないだろう。ともすれば、まだ生ぬるい。トラキアとぶつかる者など、今もって、誰も存在しないのだ、強大な軍事力で名を馳せる屈強な軍人達に手向かう者など、いなくて道理である。故にここは、戦の場などではなく、一方的な殺戮が跋扈する、正に地獄なのかも知れない。町民に恩恵を与え続けてきた光の塔はと言えば、この時ばかりは手助けなど、一切しなかった。変わりなく、町の隅にひっそりと、しかし聳えているだけなのだ。

 人は、神に乞う。そして恩恵を貰う。”その形はどうあれ”、だ。ところが神はどうだろうか。少なくともこの場合では、神が人々に与える具象は、確認できない。

 ある者は、現状にただ慄いた。またある者は、命を失う瞬間まで生にすがった。しかしこの町の住人は、その全てが、愚直にして敬虔だった。何しろ彼らは、誰一人として、”神”を疑わなかったのである。光る少女の存在は、紛れもなく、彼らの心の拠り所となっているのだから。




 マヴィは、地獄の只中で、胸を張って闊歩する。この町を焼き払ってから拠点を作り、光の塔の調査をじっくりと行うつもりなのである。町にとっての破滅的な現状は、彼からすれば、手土産に過ぎない。必要なのは、光の塔と、それに包含されている不可思議な物質のみである。他の事は不要だし、寧ろ邪魔にさえなる可能性がある。そう考えれば、手土産とするには不足かも知れないと、マヴィは思う。必須、というところか。

 前方を歩く部下が、何かを言いながら振り返った。マヴィにとって必要な報告は、住人の掃討が完了した事実だけであるから、それさえも不要だと、伝えようとした。

 が、それはならなかった。

 何が起こったのか、一瞬にしてマヴィの視界の中で、部下が”潰れた”。何の冗談でも比喩でもない。マヴィの部下は、地面に倒れ伏し、鎧の隙間という隙間から、ボコボコと、泡立つ血液を噴出させた。その際、ガコン! と、凄まじいとしか表現しようのない、正真の轟音が、マヴィの立つエリア全体に響き渡った。原因は、たった一人の反逆者だった。かの人物が携える巨大な槌は、マヴィの部下を覆っている鎧に、上から直撃したのである。なんと、その槌の先端は、流線型の鎧に沈むようにして、部下の体を丸ごとひき潰してしまった。部下は、悲鳴などを上げる余裕が、なかったらしい。

 鎧ごと兵隊の生を奪った槌は、黄金に輝いている。それの先端で一際堂々と輝く巨大な立方体は、槌自体を天に向かって直立させたときに、ひし形になるように取り付けられていた。立方体の頂点の一か所は、初めは尖っていた。それをマヴィは知っている。しかし現在は、無数の相対者をひねり潰す事によって、先端に丸みを帯びていた。そもそも、マヴィの前で輝く巨大な黄金の槌は、それを持つ女性の高さを一回り程超えている。また、先端の立方体の幅は、女性の肩幅をも超えている。槌を持つ女性は鎧一つ身にまとわずに、そしてその巨大な槌を部下の鎧に沈みこませたのだ。つまり、こんなにも扱いにくそうな槌が女性の武器であったならば、それを用いて易々と、しかも優秀な軍人を、防具を纏わずして一挙に殺害した女性は、相当なものだ。精神も、技量も。その様相は、トラキアの神話に出てくる類の、鬼人。いや、鬼神であろうか。

 マヴィは、倒れ伏した部下から一〇ヤード程離れた位置で、恐らく民家の窓から落下して来たであろう襲撃者へ、まなざしを注ぐ。そして即座に、「お前達は仕事を遂行しろ」と、女性から目を離さずに、部下達に対して命令した。受けた部下は、警戒した様子で槍や剣を女性へと向けていたが、その内に、マヴィの指示通り、その場から散った。正解である。束になってかかっても、部下が女性に勝てない事を、マヴィは知っている。

 結果、たった二人が残された。マヴィと、女性。

 マヴィの視線の先にいたのは、余りにも重厚で巨大な黄金の槌をもった、氷のようなパーゴスだ。金の槌が、彼女の瞳が、町を呑む炎を反射させて、橙色に瞬く。

「言った筈です。”町の住人に手出しするような事があれば、あなたを殺す”と」

 軍人時代の口調よりも、遥かに冷たいそれで、パーゴスは言った。それに対して、マヴィは応じなかった。応じたとするならば、彼は静かに、分厚くて長い剣を構えた事か。切っ先が向く先に立つ、猛者。マヴィはパーゴスの実力を、ある程度は把握している。またパーゴスも、恐らくマヴィの実力を知っている筈である。

 場の空気は、そこだけが切り離されたように冷たく、熱く、そして濃密になった。そんな複雑で緻密な空気が取り巻く空間で、たった二人は、向き合い続ける。

 そして、その時が来る。

 マヴィは、持てる瞬発力の全てを己の脚に注ぎ込んで、鎧に悲鳴を上げさせながら、パーゴスに突進して行く。対するパーゴスは、突き進むマヴィを真正面から捉え、兵隊の体に埋まった黄金の槌の先端を、天に向かって振り上げる。彼女はそれを左の肩に担ぐと、マヴィに勝るとも劣らない速度でもって、加えてマヴィと同じように、二本の脚に力を滾らせる具合で、迅速な突進を繰り出す。

 果てに生まれたのが、相対的に高い速度。お互いは、お互いの接近する速度を飛躍的に向上させて、尚且つ、お互いの生を奪わんとして、とうとう衝突した。

 マヴィは、自身の持つ分厚い剣の先などで、パーゴスの大質量を包含した黄金の槌を直に受け止められないと、理解している。だから、向かって左、真横から迫って来た巨大な槌の先端を避けるために、余力を瞬発的に脚へと流し込んで、己の身を殊更に加速させつつ、前に出た。その勢いを利用し、分厚い剣の先端を彼女の首に突き立てんとする。

 しかし、彼女は伊達ではない。

 パーゴスは、扱う者の体重を凌駕していると思しい、正に重厚な致死の槌を豪快に振り回し、そして、振り回されている。つまり、マヴィを砕かんとして振った槌の重さに、自分の体を引っ張らせた。だからマヴィの剣先は彼女に刺さらない。そのまま、直進的に進んだマヴィを迂回するようにして、彼の後ろに、吹き飛ぶという表現が正しい位の勢いで回り込んだ。

 刺し貫こうとしたマヴィは間断を設けずに、自分の体を背後のパーゴスに向ける勢いで、遠心力を余すことなく利用して、剣を横に薙ぐ。今度は、背に立つ彼女の頭を、横から跳ね落とす算段である。

 音は停止した。

 その剣先は、パーゴスの首に迫る。

 もう幾らかの余裕もない程、剣先はパーゴスの魂を喰らわんとして彼女の首元に迫っていたのだが、パーゴスは何かに引っ張られるようにして、更にマヴィから離れて行ってしまった。だから剣先は、ギリギリの所で、彼女に食い込み損ねた。

 それから、長い間が、空間全体を掌握した。マヴィはまるで、時間が止まってしまったのかと思うくらいに、それが長く感じられた。何しろ相手は旧友でもあり、共に武の鋭さを研ぎ合った仲なのだ。そんな彼女が余りにも強力な相対者である事を、マヴィはそれこそとっくの昔から理解している。故に、身を絞る緊張感は、生半可でない。時間が間延びして当然なのだ。

 やがて、マヴィは口を開く。この沈黙に耐えられなくなった訳では決してない。絶対的な勝利の確信から、彼女と最後に話をしたいという欲求が芽生えたのだ。それは、至極些末な欲求の欠片である。

「お前は、このつまらない町を護る為に、私の前に立ちはだかるのだな。酔狂な事だ」

 パーゴスは、聞いているのだろうか。余りにも長い事喋らず、ひたすら冷たい眼差しを刺し込んでくるのみであるから、マヴィは口を噤んで、彼女の応答を大人しく待った。

 が、今もって、パーゴスは喋らない。放たれた火によって生ぬるく変質した大気が、所かまわず暴れ狂う。その一部が、マヴィの鎧の隙間から侵入してきて、どっと汗を噴出させた。

 パーゴスはようやく、黄金の槌をゆっくりと振り上げる。しかし、マヴィの言葉に応じる事は、なかった。彼女の応答は、言葉ではないという事だ。軍人上がりと言えども、未だに軍人らしさを払拭し切れていないらしい。そんなパーゴスは、金色の殺傷兵器を、自分自身の体軸の位置を器用に移動させる事で、さも容易く振り回し始める。立方体は彼女の上方や側方を、文字通り縦横無尽に飛び交う。その時の、空気を押し出し、そしてすり潰す音も圧巻であるが、何よりも、彼女の細身の体がそれを行っている事実が、彼女の底知れないバランス感覚や力の使い方、ひいては武才を主張している。威力は、鎧の中身を容易く粉砕するものであり、速度も尋常でない。マヴィが剣を到達させるには、彼女の周囲で残像を残して暴れる金の暴力を掻い潜らなければならない。

 無言で武器を振り回すパーゴスの表情を見つめて、マヴィは、もはや彼女が言葉を忘れてしまったのではないかという旨の皮肉を、心の中で呟いた。同時に、素直に感嘆した。

 やがてパーゴスは、煌めく黄金の立方体の軌跡を焼付かせながら、おもむろに、一歩、二歩、三歩と踏み出してくる。そして、明確にマヴィを砕く為に、駆けた。

 槌は、明らかにマヴィの持つ盾の無意味を立証している。つまり、鎧や盾といった類は、意味がない。マヴィは、下辺が長いひし形の盾を、駆けてくるパーゴスに力一杯に投げつけた。その盾は、一定ペースを維持して接近してくる黄金の立方体の残像に触れた瞬間、銅鑼を叩いたような音を響かせて、地面に叩きつけられた。後に、盾の重さからは到底考えられない速度で跳ね上がったかと思えば、民家の石の壁にぶつかり、ゴミのように転がった。

 文字通り、盾はぐしゃぐしゃになって、無益と化している。

 この調子では、最後まで会話が交わされる事はないだろうと、マヴィは口惜しく思う。そして彼は、静かに、長くて分厚い剣を構えなおした。残念であるが、これ以上パーゴスとの戦闘を長引かせる訳にはいかない。早急にこの町を制圧して拠点を作り、光の塔を手中に収めねばならないのだ。

 死を作り出す残像に向かって、マヴィはその体を突っ込ませる。自分の動体視力も、伊達でない筈だ。今までの訓練や実戦の経験を信じているからこそ、一瞬間違えれば自身の死に直結する行為であっても、それを違えず、相手に死を与える行為に転換する自信がある。マヴィは、黄金の立方体のわずかな隙間に体を滑り込ませ、彼女の体を貫くと、決意した。

 決まれば、実行するのみである。

 黄金の立方体は、よく見れば一定の軌道に沿って稼働している。であるから先ず、マヴィはそのルートの一つ一つを、全て記憶した。そして、突っ込む速度の加減を調節しながら、一気に距離を縮める。

 しかし、敵はやはり、並みでは到底語れない。マヴィが黄金の残像にいよいよ滑り込む瞬間、軌道に僅かな変化が起こったのだ。加えて、残像を作る立方体の速度は、向上したり低下したりする。即ち、パーゴスもタイミングを合わせている。この戦いは、タイミング合わせの凌ぎ合いであろう。焦っては負けるのだ。

 マヴィは、行動や心理の読み合いの境地で、額に汗を滲ませた。直後、再び時間が間延びする。

 一瞬で、全てが決してしまう。マヴィは、自身の体をほんの幾瞬ばかり停止させて、更なるタイミングの調整を計った。対するパーゴスは、それを即座に理解したのだろう。黄金の槌の持ち手に加える力が若干ばかり弱まったと思えば、立方体がマヴィをすり潰すタイミングを、更に調整してきた。

 金色が、マヴィの視界のど真ん中で、大きくなる。衝突すれば、即死は免れない。

 マヴィは、敵の懐に飛び込む為に。そしてパーゴスは、それを阻止してマヴィの命を奪う為に。武力を掲げて国を拡大してきた、その武力の、正に頂点。この凌ぎ合いは、そういった類のものである。マヴィにとって、後にも先にも、これが最後かも知れない。

 金の立方体が迫る中、唐突に時間が加速した。マヴィの視界が向上する。同時に彼は、喉が焼き付く絶叫を吐き出して、立方体の衝突まで残された瞬間を使って、全力を絞り出した。




 一瞬だった。それは、何の抵抗もなくして、滑り込んだ。マヴィは、この感覚を幾度も生み出してきた為、視覚に頼らずとも、結果を理解した。

 パーゴスの振るう黄金の槌は、彼女の手から離れる事で、巨大な本体をいずこへと吹き飛ばした。その両手から、軍人時代の彼女の象徴であった黄金が滑り落ちた所と、遠くで金属が落ちる音を、マヴィは見聞きした。どこに行ってしまったのかまでは、不明である。兎角、敵の武器は、失われた。

 マヴィの握った分厚くて長い剣を伝い、彼の手に、一筋の赤が流れ着く。剣は中ほどまで、旧友の胴に沈み込んで、致死の穴を穿っていた。パーゴスは一言も発する事なく、突然動力を断たれた木車の如く、惰性でマヴィの鎧へと雪崩かかる。

 まだ、呼吸はある。

 しかしマヴィは、理解していた。また、残念ながらパーゴスも、死が音を立てて近づいてくると、わかっているのだろう。故にマヴィは、共に死地を巡り命を紡いできた果てに、全力で削り合いをする事となってしまったパーゴスへ、最後に聞いておくべきだと思い、静かに、丁寧に、問う。

「何故、町を出なかった」

 もたれ掛かるパーゴスの体は、思いの外華奢であり、柔かった。自立する力を失った彼女は、しかし、確かに応じる。

「私は、トラキアの、軍は……嫌いでした」

 表情は変わらない。が、明らかに、呼吸が不自由だとわかる。ここまでゆっくり喋る人間ではないと、マヴィは知っているのだ。言葉を詰まらせるなど、彼女をして、あり得ない。

 マヴィは、旧友の身から、剣を抜き取る。氷の様な彼女から、暖かい血液が湧いて、鎧に染み込んだ。彼は彼女の力が抜けた体躯を、静かに地へと横たえる。頭を支えていると、目を一等見開いた彼女が、口を動かした。

「あなたの事……苦手でした。愛していたあなたから、背を――」

 パーゴスの言葉は、語尾に到達する前に、止まった。乾いた瞳へと、いずこから流れてきた微細な塵が乗っかる。しかし彼女の反応は、一切が途切れている。僅かに残っていた呼吸も、やがて完全に消失した。そこにあったのは、決して氷などではない、人体の温さだった。

 マヴィの手中で、パーゴスは死んだ。幾度も死を紡ぎ、そして見てきたマヴィは、特別な人間が失われた事を確信する。彼は、旧友の最後の言葉を、噛みしめた。


――パーゴスは、トラキアの国から去った日、マヴィに背を向けた。そんな彼女の背を見て、マヴィは裏切られたと思った。だが、そうではなかったらしい。

 彼女は去る前日、トラキアの軍人として仕える事を止めるという意思表示を、腕の立つマヴィへ、わざわざ伝えたのである。当時の軍団長でなく、武に傾倒する一兵士だったマヴィへ、だ。武から離れる宣言をした理由等、明白であろう。

 要するにパーゴスは、最後の言葉通り、嘘偽りなく、マヴィを愛していたのだ。だから彼女は、愛する者と共に過ごす為、武を振るい他者を下す集団から、共に抜け出そうと誘ったのではないか。その証左に、パーゴスは、マヴィ以外の他の人物へ、脱退の表明を最後までしなかった。最後の最後までだ。そして彼女は、たった一人の愛する男性にのみ、その事実を伝えたのである。

 長い年月を経て、たった今、パーゴスは想いをマヴィへ伝えた。当時伝えられなかった事を、彼女は言えただろうか。

 そんな彼女は、死んだ。マヴィは神を信じている訳ではないが、かの存在が運命を決定づけられるならば、呪うべくは神ではないのかと、思う――。


 恐らくパーゴスの真意だろう。彼女にとって長大な時を経て、それをマヴィは知った。しかし、彼女は抜け殻と化した。皮肉だ、彼女が愛する人物の手で、骸となったのだから。

 マヴィは、眼前で永遠に黙ってしまった旧友を見て、その細い体躯を優しく抱いた。彼を愛する人物は、後にも先にも彼女だけだろう。故に彼は、この世界で唯一の人物を失ってしまった。

 重厚長大な喪失感が、マヴィの中でダラダラと間延びする。それはしばらくマヴィの四肢を操って、彼に何もさせまいと、全ての行動を阻害した。従って、仕事に対して高尚な姿勢を維持し続けてきた彼にとって、この座標に滞り続ける事はかなり無駄である筈だが、動けなかったのだ。

 気が付けばマヴィは、パーゴスの目を閉じさせ、口づけをしていた。

 トラキアの軍人である彼の行動を見た民は、邪推を張り巡らせるだろう。しかし、彼にとっては、心底些末な事である。そう思いたければその通りにすれば良いのだ。今生の別れとは、往々にして当事者にしか意味を見いだせない事柄だ。果たして涙する者があれば、それでも良いだろう。が、事の真髄とは、やはり、マヴィにしか見えない筈だ。

 マヴィは、この瞬間に、人が人たる部分を失った。彼自身、それを自覚している。パーゴスとの別れに伴い、自分の心とも決別をしたのだ。よもや、彼を愛する人物などこの世界には存在しないのだから、人の心を持ち合わせる必要などないと考えたのである。また、彼自身も、他人を愛する事を、永遠にしないと誓った。

 彼の呪った神へ、だ。

「軍団長。制圧は順調です。このまま行けば、日が変わるまでには済むでしょう。何人かが光の塔へと逃げましたが、いかがしますか」

 部下の一人が、マヴィの背から問う。それを受けて、マヴィはパーゴスの頭を静かに地へ置いた。これにて正真、別れが成立しただろう。

 マヴィは立ち上がり、姿勢良く直立する部下へ、言い放つ。

「殺せ。一匹も逃がすな」

 了承の言葉で応じた部下の、銀の鎧の表面に、火の揺らめきが反射する。マヴィが長い剣を再び手に取ると、部下は素早く立ち去った。




 こうして、神を憎んだ人外は、かつて人間であった彼を愛した者の骸を、乗り越える。歩みを進める先は、光の塔である。町の信仰を集める塔へ向かい、逃げ込んだ人間の全てを、その信仰ごと伏せるのだ。

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