2.2 因縁

 落ちる太陽が眠る間際に放つ、真っ赤な色。そんな色は、既に数刻前、過ぎ去った。

 籠いっぱいに柔らかそうな白銀の何かを入れて、それを抱えたトラキアの調査団達は持ち場へと帰る。白銀の何かは紫色の淡い光を放っていた。誰かが「妖艶な……」とつぶやいたが、だったらどうしたとマヴィは思う。例え、神聖な場所を穢しただとか、信仰のない者の略奪だとか、そんな考え方を向けて来る者がいれば、マヴィは迷わず切り伏せる。無論、敵味方なども関係がない。

 終始一言も発する事なく、ただ黙々とこの不可思議の元を収集する事に明け暮れていたマヴィは、肩におろした籠を地面に置いてから、流線型の鎧の頭部も脱いで、一緒くたに置いた。そこでようやく「ふぅ」と短いため息交じりの声を出してから、背後に聳える光の塔を見上げる形で振り返る。今日の調査は、終わったのだ。


 マヴィは、彼が軍団の長として君臨するまでに禁忌とされていた塔へ、遂に立ち入った。禁忌、といっても、当時軍団の長を務めていた者が、そうしていたというだけの話だ。

 当時軍団の長を務めていた者は、光の町を資源として捉えており、信仰を集める光の塔を横取りすれば、町を上手く篭絡できないと恐れていたらしい。だが、マヴィにしてみれば、当時の長の心配は、極めて無駄なものである。

 光の町が価値を持つのは、他ならぬ、光の塔の存在によってである。であるならば、資源の使い方を考えて、こまねいているよりも、資源を丸ごと横取りしてしまえば良いだけの話なのだ。トラキアは狡猾であるが、力を持っているのならば、それに頼らない理由など、存在しない。

 軍団の長に就くまで、そのように考えてきたからこそ、この瞬間は、マヴィの心を満たすものとなった。

 この達成感は、他の者には絶対に味わえない。


 やがて到来する夜に飲まれる前に、マヴィは光の塔を見上げる。しばらくそうしてからマヴィは、脱いだ流線形の鎧の頭部を掴もうと、手を伸ばす。

 が、彼の手は、鎧の頭部に触れる前に止まった。

「トラキア軍団長マヴィ。今日の調査は終わった筈です。何をグズグズしているのですか」

 マヴィは、聞き覚えのある女の声を耳にした。

 至極業務的な口調を崩さないスタンス。

 溶けもしない、崩れもしない、冷気を纏ったつららが突き刺さってくるような声。

 その声の主は、いつからそこに居たのだろうか。マヴィの部下が塔から遠ざかって行った道で、仁王立ちしていた。


「どうした、パーゴス。今日は逃げないのか?」

 マヴィは、瞬時に脳裏に浮かんだ皮肉たっぷりのセリフを、パーゴスと呼んだ女にぶつけた。それを聞いても表情は愚か、ピクリとも動かないこの女は、非常に癇に障る。

「私は初めから最後まで、逃げも隠れもしていません。町長は立派な方です。民を守る為にあなた方の立ち入りを許したのですから。しかし、私は許さない。歪曲しきったトラキアのやり方も含めて」

 パーゴスは相変わらずである。最後にマヴィが彼女と会話した時も、彼女はこのような調子であった。だからマヴィは慣れっこであったが、言われっぱなしは彼の性格にそぐわない。


「トラキアの実力主義に沿わなかった貴様は、尻尾を巻いてこの町に逃げてきたのであろうが。今更、貴様と話す事などない。旧知の仲と言えども、邪魔をするなら切り捨てるぞ」

 パーゴスは、トラキアの軍人であった。マヴィは彼女と若きを共にし、互いに切磋琢磨してきたのだ。しかし彼女は変わってしまった。トラキアの実力至上主義の思想を否定して、武才がありながらも軍を脱退したのだ。去り際の彼女の背中を見て、マヴィは裏切られたと思った。だからこそマヴィは、彼女との因縁の為に、強い口調で当たったのだ。とは言え、強い口調で当たったところで、この女の意志は山の如しであるから、動じないのであろうが。

「私は町長の側近です。ですから今は、町長の意志に沿います。しかし、仮にあなたがこの町に手出しするような事があれば、その時は迷いなくあなたを殺します。あなた達トラキアのやり方に従って」

 パーゴスの態度は、考えるべくもないが、相変わらずだった。

 マヴィは「フッ」と笑ってから、白銀の塊の詰まった籠を肩に背負い直す。そして流線型の鎧の頭部を拾ってかぶり直すと、それから一言も口にする事なくパーゴスの横をすり抜けて行った。

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