1.4 ある一室にて
光の町にある割合大きな建物の、大きな部屋。そこに女性は立っていた。室内は、小さな窓から入り込んでくる僅かな太陽光と、机上にいくつか置かれたろうそくの明かりのみで照らされて、一年中薄暗い。ただ、壁に置かれた無数のトロフィーやメダルに光が反射するから、賑やかではあった。
女性の横では丁度、大きな椅子に腰かけた老人がパイプに火をつけ、白く濃い煙を吐き出すところだ。そんな、彼女にとって日常的な光景は決して、焦燥する心を慰めてはくれない。だから女性は、座る老人の横で硬直しつつ、真正面にある大きな扉が開かれる瞬間はいつの事になるのだろうと考えて、気が気でなかった。
それでも女性は努めて、いつもと変りなくしている。
何をどうしたところで、乱暴なトラキアの国の軍人は、扉を開け放つのだ。老人も、それを知っているからこそ、静かにその時を待っているのだろう。
大きな扉は外から乱暴に叩かれて、情けなく巨体を揺らし、ガタガタと悲鳴を上げる。予定調和だった。
「パーゴス。良い」
戸を開けようと体を動かす前に、老人の落ち着き払った声で、パーゴスは制止される。歯がゆい思いをしたが、彼の知性に任せていればある程度は安心であると知っているから、パーゴスは、動く必要がないと結論付けた。
「なんだね。入りたまえ」
老人の言葉を受けてから、いくらも待たずに、ドアは遂に開かれた。ノックもそうであるが、トラキアの軍人はいちいち乱暴である。
開いたドアからずかずかと慌ただしく踏み込んできたのは、全身に鎧を纏った軍人達だ。鎧を纏った彼らの姿は、見るもたくましい。彼らの動作に合わせて騒々しい音を上げる鎧は、まるで彼らの動作について行くのが精一杯に見える。
「貴殿がこの町の長だと聞いている。端的に話そう。光の塔の不可思議な力を調査したい。協力してくれ」
鎧を纏った一人が、大きく一歩前に踏み込んで、そう言った。
「光の塔は、我々にとっては非常に大切な存在だ。無暗に乱暴に扱ったりしないでくれ」
光の町を治める老人の声を受けて、前に出た男はイライラを隠し切れない調子で、返す。
「乱暴に扱うつもりは、ない。もう一度言うが、我々はあの塔の不可思議な力を調査したいだけなのだ。悪い事では無かろう」
パーゴスは、全てを理解した。悪名高いトラキアの国の兵隊達は、光の町の住人が受ける恩恵を根こそぎ持ってゆくつもりに違いないと。否定すれば確実に、血が流れる。
そういう国の兵隊なのだ、町長もそれをわかっているのだろう、横から嘆息が聞こえてきたから、パーゴスはあえてそちらを見なかった。
信頼できる人物が苦悩する姿など、見られたものではない。
「私が拒否しても、屍の山を築いてでも、君達はあの塔に立ち入るつもりなのだろう? だから私は否定しない。だが、くれぐれも忘れるな。我々は、塔の恩恵を受けて生きている。そんな神聖な塔に乱暴な事をされては困るぞ。あの塔は、我々にとって神にも等しい」
町長の強い口調で放たれた真心からの言葉を受けて、鎧の男達は一斉に出口へ向かって振り向いた。
「善処しよう」
一歩前に出た男が遅ればせながらに言うと、鎧のすべては忌々しい音を上げて、規律正しく、部屋からみるみると掃けていった。
トラキアの軍人が全員外へと出た事を確認して、パーゴスは誰にもわからないように唇を噛みしめる。
「町長、彼らを塔に侵入させるのですか」
パーゴスは、町長を糾弾しようとは思っていない。だが、煮え立ってから久しい怒りを抑えることが難しくて、つい強い口調で言い放ってしまった。本当は、すぐにでも武器庫に駆け込んで、一人残らず軍人達を叩きのめしてやりたい。それは町長も同じ筈なのだ。
「そう責めんでくれ。致し方なかったのだ。拒めばこの町は火に包まれる。彼らにとって辺境の町など、あってないようなものなのだからな。……君にもわかるだろう?」
「町長……」
珍しく弱弱しい町長の言葉は、実に的を射ていた。パーゴスは、何も返すことが出来ずに、煮え立った怒りが鎮まるまで大人しくしているしかないのだと諦める。
町長だって同じ気持ちなのだ。そう考えればこそ、彼に対して否定的な意見を提示するなど、パーゴスには出来なかった。
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