シーン3 美少女忍者の秘術伝授「まがって・はやく」

 気を取り直して。

きょくそくじゅう……『ざん』!」

 右へ、左へ、素早く力いっぱい踏み込む。

 その先で瑞希が身をかわすので、まるで刀で斬りこんでいるかに見える。

 最初はぎこちなかった冬彦の動きも、慣れてくるに従って滑らかになる。

 その歩みもリズムに乗ってきて、最初は険しかった瑞希の顔つきも次第に緩んできた。

 顔を突き出して、「ほい、ほい」と誘ったりもする。

 すると冬彦があさっての方向を向くので、瑞希は「よそ見すんな!」と一喝する。

 怒鳴られた兄の足が止まった。

 何よ、と下から挑戦的に見上げると、兄は真っ赤になって天井を仰いでいる。

 その指がくるくると輪を描く先は、妹の胸元である。

Tシャツの襟をぎゅっとつかんだ瑞希の足刀が低く飛んだ。

 それに耐えかねて、冬彦の長身が横倒しになる。 

 数秒の沈黙のあと、何が起こったのか分からないという風に辺りを見回す兄から、瑞希は視線をそらした。


 今度は、踏み込み方を変える。

きょくそくけい……『だん』!」

 左右へ踏み込むたびに止まる。

 瑞希はその都度、弾き飛ばされているかのように跳びすさる。

 それを追う冬彦の歩調も、次第に勢いを増す。

 それに合わせて退くことそのものは何でもないことだが、そこはやはり狭い和室。

 壁際まで下がる前に、瑞希は片足を軸にくるりと方向転換したが、冬彦はそんなに要領よくはない。

勢い余って激突しそうになるところを、その背中から瑞希が腕を回して抱き止めた。

「おおっとお?」

 そこで叫んだのは、兄か妹か。

 仰向けに倒れかかる冬彦を支える瑞希。

それは、いわゆるジャーマンスープレックスの体勢だった。

 決まれば、冬彦の脳天は畳に叩きつけられる。

 だが、そこで兄は頑張った。

 何とか横倒しに転がって、妹を押しつぶすのは避けた。

 代わりに自分は畳に身体を強かに打ち付けた上、小柄とはいえ13歳になった妹の体重を背中にのせる羽目になった。

「ぎゅう」

「お兄ちゃん?」

 密着させた身体を起こしても、腰の辺りで馬乗りになっていれば同じことである。

 数秒後、瑞希は、自分の脚の間にある兄の身体をようやく見下ろした。

その傍らに何事もなかったかのように正座して、兄の身体をつんつん、とつつく。

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