隠された現実
「――なーんてね」
そうおどけて見せ、シリルの肩に手をぽんと置き、そのまま通り過ぎて行った――その瞬間である。
――シリルがアルフォンスの術中にはまったのは。
シリルの肩に手を置いた瞬間、アルフォンスは自身の魔力を少量流し込んだのだ。
そうすることで幻覚を見せ、事前に分身を使うことで準備しておいた場所にシリルを誘導したのである。
他人の魔力が体内に入ると、シリルほどの技量を持つ者であれば気づくだろう。
例え少量であろうと多少なりとも違和感を持つはずだ。
しかし、それは“いつもなら”。――そう、今回は例外だ。
人は安堵した瞬間、必ず隙ができる。
それを油断と呼ぶわけだが、では、死という恐怖から解放された瞬間、その油断はどれほどのものになるだろうか?
騎士という立場かつ、部隊長を務めるシリルだ、一般的にいう死というものはそれほど怖くはないだろう。
しかし、自身の命と同等かそれ以上の価値があるものがある。――それが自身に与えられた任務、さらに言うならば使命というやつだ。
つまり、その使命を果たすことができないということは“死”を示すといっても過言ではない。
――彼もまた、本当の意味では“死”を恐れているのである。
そうしてアルフォンスは、シリルに気づかれることなく魔力を流し込むことに成功した。
邪神竜の魔力は少量であろうと通常の何倍もの効力に匹敵する。
そのため、例え少量であろうと通常より気づかれやすいのだが、それも今回のように大きな隙が生じれば問題はさほど大きなものではない。
そして、通常の魔力の場合との大きな違いは、神の魔力は時間の経過と関係なく、いつ魔力が失われるかは術者の意志に依存するということだ。
通常、他人の体内に流し込んだ魔力というのは、魔法を使用していることに変わりはない。
つまり、時間の経過と共に徐々に失われていくのだ。
しかし神の魔力を他人の体内に流し込むというのは、魔法を使用しているということではなく、神の魔力を“与えている”。
そのため、時間がいくら経過しようとも失われることはなく、術者の意志によって与えた魔力を奪う――正しくは取り戻すことで、他人の体内に流し込まれた魔力を失わせることができる。
即ち、アルフォンスが取り戻そうとしない限り、シリルの体内には邪神竜の魔力は残り続ける。
アルフォンスは、“シリル”という駒を手に入れたのだ――。
そうしてシリルから手に入れた手紙には、アルフォンスという人物についてが事細かに書かれていた。
容姿に関してや魔法が使えないという特徴だけではない。
その性格や口調、雰囲気、そして行動。――そして最後には、彼の第六感で感じ取ったのだろう危険性がつづられていた。
手紙という名の報告書である。そしてこれが誰にあてられたものなのかは書かれていない。
文中にさえ名前は書かれておらず、その代わりに“貴方様”という言葉が使われていた。
しかし、アルフォンスには、その“貴方様”というのが誰なのかがわかっていた。
そして“シリル”の正体も、“貴方様”とシリルの関係性も。
それは操られていた死体を見たときにはすでにある程度予想できていた。
だからこそ、シリルの幻覚を見せることができたのである。
そして手紙を読んだ今、確証を掴んだ――。
「……やっぱお前とは、関わらざるを得ないんだな」
少年はそう小さく呟いた。どこか寂し気に、苦し気に、そして――憎悪を込めながら。
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