初恋 side“貴方様” (前編) ※一人称
「あのね、紹介したい友達がいるの! 彼、ノアっていうんだけど、笛を吹くのがとっても上手なのよっ」
「ちょっとソフィア――」
「大丈夫、彼女はとても信頼できる人だから」
彼と出逢ったとき、そこには既に彼女がいた。
光り輝くブロンドのさらさらの髪に綺麗な薄桃色の瞳を持つ、天使と謳われた少女――ソフィア。
表面上の友達ばかりのあたしにとって、唯一の、親友と呼べるほどに本当の意味で仲の良かった存在。
そんなソフィアとあたしの家で遊ぶ約束をしていたとき、仲睦まじげに彼女に手をひかれて現れたノアという少年は、緋色の髪に朱色の瞳をしていた。
やけに白い肌が印象的で顔も整っていたものだから、当時のあたしは彼を女みたいだと思った。
「ふーん、そう。よろしく」
そう愛想のない返事をしたのは、ソフィアを取られてしまうような気がしたから。
彼女にはたくさんの友達がいるけれど、一番仲良いのはあたしだと自負していた。
実際、ソフィアと過ごす時間は圧倒的に多く、それは彼女にとっても同じなのだと思っていた。
そしてソフィアと遊ぶときは、必ず二人だけで遊ぶという暗黙の了解があった。
それが、あたしとソフィアの親友の証拠。
それなのに、彼女は初めて他の人間を連れてきた。
あたしはそれが気に食わなかった、というのもある。
「……よろしく」
ノアも溜息をついてそう返してきたから、第一印象は最悪。
絶対に仲良くなれないと思っていた。
それなのに。
彼はあたしを助けてくれた。
初めてだった。あたしを助けた人は。
誰も助けてくれなかったのに、彼は――ノアだけは、あたしを助けて、守ってくれた。
騎士団長で国一番の権力者である親を持つあたしは、親に対する妬み嫉み、そして理不尽な怒りをぶつけられることが少なくなかった。
暴力を振るわれることだってあった。
親へのストレスを、何も手出しできない子どもにぶつける。……何て哀れな大人なのだろうと、そんなことを思いながら、その滑稽な姿に笑いすらこみ上げる。まぁ、それが余計にそんな奴らを煽っちゃうんだけど。
我ながら冷めた子どもだったと思う。当時は自分が子どもであることは表面上のものであって、あたし自身は自分を子どもだと思ったことはなかった。……“子どもらしくない子ども”、そう思っていた。
――今思えば、やっぱりあの時のあたしは
「お前も親と同じで随分でかい態度じゃねぇか」
「敬えよ、お前より俺らはずっと人生の先輩なんだぞ?」
「親も親だ。まるで王様みたいな振る舞いでよ。図々しいんだよ。この国を支えているのは俺ら国民だっつぅの」
殴られ、蹴られ、そして胸倉をつかまれ大人たちの唾を浴びる。
(あぁ、汚い……)
早く時間が過ぎるのをただ待っていた。
通りすがりにあたしのことを気づいた人がいたとしても、それが知り合いだったとしても、友達だったとしても、誰も助けてはくれない。
皆、見て見ぬふりをする。
なぜなら、やられているのが“騎士団長の娘”だから。
この国で一番の権力者――騎士団長は、その地位自体がその者の強さを表しているも同然。
それも、圧倒的な強さの象徴。
この国の騎士団は、五ヶ国の騎士の中から王に認められた精鋭な騎士のみで構成されている。
その中でもトップの強さを誇り、かつ能力としても申し分ない者――それが騎士団長だ。
そんな騎士団長の娘となれば、それはもう子ども扱いはほとんどされない。大人の都合のいいときに子どもにされ、都合が悪くなると“騎士団長様の娘だから”と言って大人同然の扱いをする。
素行も、強さも、関係も、それら全て“騎士団長の娘”として見られる。
――誰も、あたし自身を見てくれる人なんていなかった。……そう、フィリス以外はね。
こうしてあたしが大人に襲われ暴力を振るわれても、太刀打ちできると思われるのだ。
いや、それを見て見ぬふりをする言い訳としている。
まぁ、良くて騎士に報告するくらいだろう。それも、誰かがしている、してくれていると思い、されないこともしばしばあるのだが。
太刀打ちできる、もしくは騎士が助けるだろう、そして騎士団長様が助けに来てくれるだろう――“騎士団長様の娘”なのだから。
そうして、皆自分を守るために知らぬふりをする。
この世界は、そんな都合のいい汚い大人と、その大人に育てられた哀れな子どもしかいない。
(本当、哀れな人たち)
あたしだって最初は抵抗しようとした。
けれど、大人複数人に子ども一人が叶うはずなかった。
そして、汚い大人たちの考えに反して、父が助けに来てくれたことなんて、一度もなかった。
たった一度だって、助けてはくれなかった。
だって、父はあたしを愛してなどいなかったのだから――。
父とまともに話した記憶がないほどに、あたしは父を親として感じたことはなかった。
あたしの中でも彼は、他の人間たちと同じ“騎士団長”でしかなかったのだ。
(本当――哀れな、あたし)
そう、自嘲した――その時だ。
「大の大人が子供相手になにしてんの」
そんな声が聞こえたのは。
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