がいるのは、六畳ほどの広さの簡素な部屋の中。灯りはついておらず、カーテンから零れ出る陽の光が部屋を仄かに照らす。


机に付属された椅子に座っていた男が、ハッと目を開き息をのんだ。


「……感覚が、途切れた」


そう小さく呟く。

――恐らく、目と耳をやられたのだろう。


最後に目と耳から得た“彼”の姿は、まるで悪魔のようで――。


男は込み上がる恐怖の感情を落ち着かせようと、目を閉じフッと息を吐いた。

しかし、それは無駄に終わる。



――「待ってて? すぐ、を殺しにいくよ」――



ゾッとした。彼の狂気じみたあの目に、笑みに。

最悪の未来を想像せざるを得ないほどに。


(まさか、な……)


しかしそれは普通ならできないはずのこと。――そう、普通なら。


彼女の言っていたことが本当ならば――、自身が知る“彼”が真実ならば――、有り得ないこと。


そうして自分に言い聞かせるものの、心臓が生にしがみつくようにその鼓動を早め、男の実力と経験からくる第六感と共にその音を警鐘の如く頭に大きく打ち鳴らす。


迫りくるモノへの恐怖と残された時間への焦燥に脳が蝕まれていった。

その感情に駆られるように、男は引き出しから紙を取り出し、自身が得た“情報”を書き記していく。


(早く、伝えなければ……、早く――!!)


震える手を必死に抑え、感情を押し殺すように歯を食いしばる。


――男には、課せられた使命があった。己の誇りにかけて、その使命を果たす。


(頼む、間に合ってくれ――!!)








――追跡者の体は崩れ落ちるようにして地面に倒れた。


アルフォンスはただの死体と化したその体に歩み寄る。死体を挟んで向かいに立つは、もう一人のアルフォンス――つまりは、彼の分身。


死体の切り裂かれた両目と両耳の刺し傷はその分身の仕業である。


死体を操るということは、視覚と聴覚がほぼ全てだ。

というのも、生きている体と違って死体は本来五感がない。意志や感情というものがない分操りやすいものの、生きている体に比べ術者の負担が大きい。そのため、必然的に情報を最も得やすい、かつ操る上で必要性の高い視覚と聴覚が重要視される、というのが理由となる。


「さーて。誰が犯人かなー」


アルフォンスは分身を消すと、横たわる死体のそばにしゃがみ込みその頭を鷲掴んだ。


僅かに残る術者の痕跡を感じ取り、その居場所を辿る。


『いやぁ、便利だね。こんなことができるってのも』


『俺様に感謝するんだな。術中でさえ逆探知は難しいってのに、術後にそれができるんだ』


『はいはい、ありがとありがと』


感情のこもっていないアルフォンスの言葉に邪神竜は呆れるように小さく溜息をついた。


「――よし、じゃあ行こうか」


僅かな間の後にそう口にするとアルフォンスは立ち上がる。


「ボクの邪魔になるヤツは、早いうちにその芽を摘んでおかないとね」






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