闇の少年VS【破壊者】火ノ国王女
「戦闘――――開始っ!!」
火王の声が響き渡った――――が、アルフォンスもアシュレイも、何の行動も起こさない。
訓練所は静けさに包まれた。
(やっぱ読めない、か……)
アシュレイは戦闘を行う際、自身が得意とする心を読む能力を活かして闘っていたのだが、アルフォンスにはそれが通じない。
しかし、それがアシュレイには新鮮で喜びさえ感じていた。
(漸く、楽しい闘いができそうね)
思わず口元が緩む。
「ねー、アシュレイさん。……本気、見せてよね?」
アルフォンスの言葉に、アシュレイの笑みがより一層深まった。
「言われずとも、そのつもりです」
そう返すと、アシュレイは暗唱を始める。
「――――我と契約する炎を司りし者よ。今ここに紅蓮の華を咲かせ、その花びらを舞い散らせ――――」
そう、それは“最高位”の魔法。
「――――
瞬間、彼女を炎が包み込んだ。
その炎が消えたとき、現れた彼女の姿は、過去で【紅蓮月華の妖狐】と呼ばれたそれであった。
しかし当時と違うのは、長い髪が後頭部で一つに結われているということと、狐の仮面が無くなりその端麗な顔が顕になっているということ。
閉じられていた瞼が開けられ、現れた緋色の瞳はアルフォンスを挑戦的に見据える。
その姿を目にした誰もが息を呑んだ。
そして、その美しさに魅了される。
「これは……」
「なんと美しい……」
呟かれた言葉は全て、アシュレイの美しさを讃えたものだった。
その中に【紅蓮月華の妖狐】を連想したもの、それ故に恐怖や敵意を抱いたものは、一つとしてない。
それが物語るのは、【紅蓮月華の妖狐】はもう過去のものであり、忘れ去られた存在であるということ。
それもそのはず。――【紅蓮月華の妖狐】は死んだことになっているのだから。
そして、まさか王女が人殺しだなんて思うはずもない。
アシュレイもそれを知っての行動である。
「いきます――!!」
そう言うと同時に駆け出すアシュレイ。
そして彼女がアルフォンスの目前まであと数歩というところまで来ているというのに、アルフォンスが動く気配は一切ない。
(どうしてそこまで余裕でいられるの……)
そう思いながらも扇を振るい、炎の華【紅蓮】を咲かせアルフォンスに攻撃し、それと同時に地面を蹴り空中からさらに攻撃を追加する。
そのまま宙を舞いながら扇を振るい続け、アルフォンスの背後に着地した。
その後、すぐに距離をとる――が。
「こっち」
そんな声が聞こえたときにはもう、アシュレイは前かがみになりながらしゃがみ込み、その頭上数センチもないほどの距離を剣が横切っていた。
それと同時にアシュレイは伸ばした片足をしゃがみ込んだまま回し、アルフォンスの足元をすくうが、アルフォンスはそれを予知していたかのように飛び上がり身軽にかわす。
あいた距離によってできた僅かな時間の余裕の間に、アルフォンスと向き合うよう体の向きを変え、さらに後ろに下がり距離をとるアシュレイ。
しかし、その距離をアルフォンスは一瞬で詰めた。
アシュレイの紅華乱舞は扇から紅蓮の炎を放つという遠距離魔法。そのためアルフォンスは距離を詰め得意の近距離で攻めることで、アシュレイに魔法を使う余地を与えない。
――つもりだったのだが。
「っ――!!」
アルフォンスがアシュレイの目前に迫った瞬間、アシュレイが微笑を浮かべ扇を横に払った。
アルフォンスはすんでのところで咄嗟に後ろにのけぞりかわしたが、彼の前髪がわずかに斬られる。斬られた髪はやがて炎と化し、そして灰となって散っていった。
それは
そして
この遠距離魔法の紅華乱舞に加え近距離魔法の炎華舞刀の組み合わせに死角はない。
このあまりに高度な魔法を使えた者は世界で五人しかいない。さすがは火王の娘というべきか。
しかしそれは予想できていた。問題は――いつ、アシュレイは
(いつの間に……)
アルフォンスは予想外の展開に思わず口に笑みが浮かんだ。
そしてその直後、アシュレイが炎華舞刀を唱えたタイミングに気づく。
彼の笑みはより一層深まった。
彼女が
アシュレイの目的は攻撃することではなく、
アルフォンスはのけぞった体勢のまますぐ後ろの地面に手をつき、そのままバック転を繰り返しながらアシュレイから距離をとった。
その後を追おうとしたアシュレイだったが、目前に迫ってきた短剣によってそれを阻まれる。恐らくアルフォンスがバック転をしながら投げたものであろう。
こうしてアルフォンスは必然的に遠距離攻撃に転換しなければならなくなった。
近距離で闘うにはあまりにも不利すぎる。
しかし遠距離で闘うには限界があった。
なぜならアルフォンスは魔法を使えない。
つまり限られた数の武器による遠距離攻撃となるからだ。
魔法と武器、どちらが優勢かという質問の答えは明白である。
「これはアシュレイ様の勝ちだな」
そんな呟きが客席から漏れた。
「…………」
火王は何も言わずに、アシュレイとアルフォンスが繰り広げる戦闘を、その一つ一つの動作、表情を、ただじっと見つめる。
「これで終わりです――
瞬間、アシュレイの周りにいくつもの炎が現れ、その中から“アシュレイ”が現れる。
その数、およそ100人。
それらは一斉に駆け出し、アルフォンスを取り囲んだ。
そんな危機的状況に、アルフォンスは少しも焦ることなく、依然として微笑を浮かべている。
「……少しも焦らないんですね、この状況に」
一定の距離を保ちながら彼を取り囲むアシュレイの分身たちの中から1人、アルフォンスに歩み寄りそう言った。
「焦ってもしょうがないでしょ。焦ったところで何にもならない」
「抵抗さえもしないとは……貴方らしいです」
そう言うと、アシュレイは扇を構える。
「――では、遠慮なく、決着をつけさせていただきます」
そして、アルフォンスに駆け寄ろうと一歩踏み出した――その時。
「はい、おしまい」
そんな一言と共に、アルフォンスが背後に剣を向ける。
「――これで、ボクの勝ちだ」
彼の剣は、アシュレイの首に添えられていた。
そう、背後にいた、本物のアシュレイの首に。
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