偶然の出逢いと平和の錯覚

次の日。


昨日アドルフに言われた通り、アレシアはリヒトと共に食べ物を買いに行くべく準備をし、そして玄関に立っていた。


「それじゃあ、お父さん、お母さん、行ってきます」


玄関でアレシアがそう言うと、リビングからアドルフとフィリスが出てきた。


「気をつけていくんだよ」


「行ってらっしゃい」


隣にいるリヒトが「行ってきます」と言って先に外に出る。

アレシアもアドルフたちに手を振って家を出た。






魔法によって作られた壁をすり抜け、裏路地を抜ける。


瞬間、露店が並ぶ活気溢れる街が広がっていた。


「わぁ……」


アレシアの口から思わず感嘆の声が漏れる。


どこからか聞こえる音楽がより一層街を明るくさせているように思えた。


歩いていると見えてきた街の中心は噴水のある広場となっており、子供たちが無邪気に遊んでいる。


その光景はとても自由で、火ノ国とは別の、優しい明るさに満ちていた。

どこもかしこも幸せに溢れ、そして個々の輝きを存分に発揮している。


「結構良い所だろ? ここ」


リヒトは僅かに笑みを浮かべながらそうアレシアに言った。


「うん」


目の前の光景に目を輝かせながら、アレシアは頷く。


ふと、広場の一部に人が集まっていることに気付いた。


集まる人の中心には一人の少女が噴水の淵に座っている。


「アレシア?」


気になって近づいてみるアレシア。

徐々に聞こえてきたのは、美しい歌声――――。


それはなめらかで優しく、透き通っていた。

響くのは静かで、それでいて鮮やかな音色。

聞いている者の心をふんわりと包み込み、癒してくれるような、まるで天使のような歌声――。


「すごく、きれい……」


思わず、聞き惚れる。


そんなアレシアの隣に来てリヒトは言った。


「あれはソフィア。よくあそこで歌を歌ってるんだよ。あーやってその歌声に魅了される人は多いんだ」


「そうなんだ……」


アレシアはふと、一人の少年に目がいく。


緋色の髪に、朱色の瞳を持った彼。


その少年はソフィアという名の少女の傍に一緒になって座っていた。

彼は彼で横笛を手にし、その綺麗な音色を響かせている。


「ねぇ、あの子は誰?」


アレシアはリヒトに少年を指しながら問いかけた。

だがそれにリヒトは首を傾げる。


「あんなやついたかな……。俺も初めて見る」


「そっか……」


アレシアはじっと少年を見つめた。


何が理由かは定かではない。

緋色の髪を風に靡かせ、伏し目がちの目から覗く朱色の瞳を持つ彼に惹かれた。

女性にも見紛うほどに端正な顔立ちに白い肌。

静かなその感情と穏やかな表情の中に隠された、優しさを含む純粋で綺麗な白い何かと激しく燃え上がる黒い何か――その相反する雰囲気。

その美しさに惹かれたのか、彼が持つ不思議な雰囲気に惹かれたのか。

それとも、その両方か――――。


「アレシア、行くぞ」


リヒトが歩き出しながらそう言う。


「あ、うん……」


アレシアはリヒトの声に反応し答えるも、なかなか歩き出せないでいた。

そんな彼女を、リヒトがアレシアの手首を掴んで引っ張る。


そうしてようやく歩き出したアレシアだったが、見えなくなるまでその目は少年をじっと見つめていた――――。







そうしてその後、アレシアとリヒトは頼まれていた買出しを済ませ、家へと帰宅する。


アレシアの目に映った外の景色は、まさに異様だった。

他属性同士が仲睦まじく話し、その中には複数の属性を併せ持つのであろう者の姿がある。

そして、その中に自然と混ざっている、姿を偽る闇の者の姿――。


その光景はアレシアの目に、夢のような、不思議な世界にいるかのように映った。

本来関わることさえ機会が少ないはずの他属性と、それがまるで当たり前かのように笑い合う。

そしてアレシアだからこそ見えた闇の者の姿には、恐怖というものはさほど見受けられず、彼らは自然に、そして楽しげに他の者と話をしていた。

――本来なら有り得ない、有りうることが許されないはずのその光景に、夢を抱かざるを得ないほどの、幻想に近い光景。


アレシアはどこか、“闇”という存在が許されたように感じた。




――それはただの“錯覚”であることを知りながら、日が経つにつれ、いつしか、それがまるで本当であるかのように感じるようになってしまった。




それが、アレシアにとって最大の過ちである――。







太陽と月ヘリオスセレーネ”――。


“平和”という言葉が具現化したかのようなこの国に、惨劇の始まりである出来事が起きたのは、アレシアがここに住み始めて五年の月日が経ったときのことだった。




――「この国に“闇”が隠れ住んでいる」。



誰がそれを言い始めたかは定かではない、いつの間にか広がっていたその噂。

それは、アレシアたちの耳に入る事無く、彼女達は何も知らぬまま、その惨劇を迎えることになる。







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