闇の主導者、その運命を握る
次の日。
今は朝。
朝食の時間である。
少年――アルフォンスは椅子に座っている。その手はメイドの手首をつかんでいた。
メイドはアレシア――本名アシュレイではない。
アルフォンスにとっては全くの知らない人、他人である。
メイドの目は見開かれていたが、そこに光はない。
今の状況であれば恐怖に身を震わせるか、掴まれた手を放させようとするはずが、彼女はそのまま堂々としてアルフォンスの目を見据えていた。
「ねぇ」
「なんでしょうか」
アルフォンスが声をかける。
だが一切動揺することなく普通に応えた。
「キミさ、何してるかわかってる? 人、殺そうとしてるんだよ」
「そうですよ? それが何か」
「…………」
――――人を殺そうとしているのにも関わらず、だ。
――アルフォンスが部屋で邪神竜と心話で話をしていると、ドアがノックされ朝食と共にメイドが部屋の中に入ってきた。
淡々と食事を、アルフォンスが座る椅子の前にあるテーブルに並べていく。
その時アルフォンスは“彼女”に違和感を持ったのだ。
“普通”なら感じないもの、――――“殺気”である。
アルフォンスは神を
心を読んでみれば、やはり殺す意思が強くあった。
アルフォンスを殺す、その意思がはっきりとあったのだ。
そのことにアルフォンスは彼女に問いかける。
「バレないと思った? ボクが
「なんのことでしょうか」
「キミ、ボクを殺したいの? 食事にでも毒もった?」
「…………」
自分の気持ちがバレたにも関わらず、目を見開き驚きの表情をしただけで、一切あわてる様子はなかった。
「……心が、読めるんですか」
「一応ね」
「…………」
メイドは一度黙り込むと、小さく息をつき言う。
「――バレてしまっているなら、しょうがないですね」
瞬間――――。
「――っ!!」
一瞬のうちに、彼女はナイフを片手にアルフォンスに襲い掛かっていた。
しかしアルフォンスは間一髪のところでそれをよけ、ナイフを持っているほうの手首をつかみ少しひねると動かせないようにする。
僅かに痛みに顔をしかめたものの、すぐに普通の表情に戻った。
そうして、冒頭に戻るのである。
「少しは動揺したらどうなの」
「動揺したところで、事態がよくなるとも思えません」
「そりゃそうだけど」
「なので少しでも――」
メイドは掴まれていないほうの手でアルフォンスの首に素早く手刀で殴ろうとした。
その手は魔法で赤い炎に包まれている。
「良い方にするだけ!!」
「――――」
アルフォンスは咄嗟に椅子に飛び上がるようにして立つと、メイドの手首をつかんだまま、後ろに翻るようにして飛んだ。
「痛っ――!!」
手首を掴まれたままだったために、メイドの体もつられて飛び上がる。
予想だにしない動きだったがために、着地はできずそのまま転がるように床に投げ出された。
ナイフもその手を離れ、メイドが気付いたときにはアルフォンスの手の中だった。
床に横になっている状態のメイド。
その頭のすぐそばに彼は立っていた。
「これ、落としたら、どうなるかな……?」
その声は僅かに低い。
「っ……」
さすがの彼女も恐怖を感じた。
アルフォンスの手からナイフが離れる。
メイドの女は思わず強く目を閉じた――――。
「…………」
――――だが一向に痛みが来ることはなかった。
恐る恐る目を開けてみれば、目の前の床にナイフが刺さっている。
「殺すわけないでしょ。ボクにキミを殺す理由なんてない」
アルフォンスはベッドのほうに歩いて行き、そして腰掛けた。
「キミ、なんでボクを殺そうとしたわけ? なんの恨み?」
「…………」
メイドの中にあった殺意はいつの間にか消え、自分が殺されなかった安心感と、彼には敵わないというどこか静かな恐怖が新しく芽生えていた。
「私の……私の恋人を……殺した、恨み……」
「キミの恋人? ……もしかして、闇の襲撃のときのこと?」
「そう。あの日出撃していった騎士たちの中に、私の恋人はいたの」
「ボクを、“闇の少年”だと思ってるわけ?」
「……皆そう、言ってる、から……」
その言葉にアルフォンスはため息をつく。
そして言った。
「キミは……キミ“達”は、知らないんだもんね」
そう呟き、アルフォンスは体をベッドに投げ出す。
「知らない……? 何を……」
「“闇”の、本当のこと」
「本当の、こと……?」
アルフォンスは口に小さく笑みを浮かべると、メイドの女に語り始めた。
“闇の少年”と“闇”、そして〝闇の目的”を――――。
「キミが“闇”についてどれほど知ってるのか知らないけど、とりあえずボクの話を聞いてよ。“闇”の本当の話」
「闇の本当の話……」
メイドの女はアルフォンスの言葉を繰り返すように小さく呟く。
「そう。闇はね、心までもが闇なわけじゃなかったんだ。本当の闇は、だけど。それなのに政府は、闇は危ないから――つまりその心も闇だから決定づけて、抹殺することにした」
「……闇は殺さなくてはいけない。それはどこの国においても共通のものよね」
「そう。闇は抹殺対象。“闇の少年”と呼ばれる彼は“本当”の闇の生き残り、唯一のね」
「前に闇は全滅したって噂が流れてたけど……」
「それは“本当”の闇が、っていうことだったけど、政府は“闇の少年”のことを忘れていた。見逃していたんだ。それが何故だか、わかる?」
「…………?」
「彼は魔法が使えなかったんだ」
「え……」
「そう、ボクと同じ落ちこぼれさ」
アルフォンスはどこか遠くを見つめながら、話を続ける。
「彼は親を知らない。血の繋がった者を知らず、知り合いと呼べる者も一人としていなかった。知る前に皆殺されたからね」
「…………」
「そんな中、ようやく見つけたんだ。一人の少女。とても素敵な少女だ。歌が上手くて、とても綺麗で、とても優しい。“闇の少年”は少女のことを素直にこう思った、“あぁ、好きだな”って」
「……それで、その子は?」
メイドの女も話に聞き入り、自分自らそんな質問を投げかけた。
だがその答えはあまりに悲しいもの。
「――――死んだよ」
「え」
女は思わず目を見開き、言葉を詰まらせた。
「“闇の少年”の味方をしたがために、“魔女”と呼ばれるようになり、そして闇の仲間だとされた。それで処刑されたんだ。もちろん“闇の少年”はそれを見ていた」
その状況を思い浮かべ、女は小さく口にする。
「……私と同じ……?」
最愛の人を殺された自分と、その“闇の少年”が同じように思えた。
同じ悲しみを知っている人。
だが、そんな彼女にアルフォンスは言った。
「キミより辛いさ。自分のせいで、自分の好きな人が殺された。自分の親も家族と呼べる者も物心つく前に殺されてる」
〝闇の少年”の、尋常じゃないその心境をわかる者はいないに等しいだろう。
そんな彼の想いを思ってか、メイドの目に涙が溢れていた。
涙を流す彼女には構わず、アルフォンスは話を続ける。
その話も、もう終盤。
彼女が堕ちるのも、もうすぐ――――。
「そして今“闇の少年”は自分と同じ者を“作って”、仲間にしている。だから今闇と呼ばれているやつらは心から闇のやつだね。でもみんな、同じことを目的としてるんだよ」
「……目的?」
「“復讐”だよ」
メイドは目を見開いた。
ついさっき、自分がアルフォンスにしたことと同じである。
「ねぇ」
アルフォンスは体を起こしベッドに腰掛けた状態になると、メイドに話しかけた。
「な、なに……?」
たどたどしく応えた彼女に、僅かに笑みを浮かべながらじっと彼女を見つめ、アルフォンスは言う。
「キミの最愛の人が殺されたのは、もとはと言えば誰のせいだと思う?」
女は眉間に皺を寄せ、彼の言った言葉の真意を探ろうとした。
「キミの最愛の人を殺させたのは“闇の少年”の復讐心だ。でもよく考えてみてよ。その復讐心は誰のせい? “闇の少年”のせいじゃないよね。むしろ彼は、キミと同じ思いをした味方だ。政府への復讐にキミの恋人は巻き込まれた。――つまり、政府のせいだ。そうは思わない……?」
「…………」
一点を見つめ固まっている女に、アルフォンスは歩み寄った。
「キミが望むなら、キミを闇に招待しよう。それに、もしそうするなら、キミがボクにやってきたことも秘密にしておいてあげる」
「…………」
女の紅い瞳が徐々にくすんでいく。
「“闇の少年”は悪くないわ」
「そう。……じゃあ、キミの恋人が死んだのは誰のせい?」
「復讐を生み出した人。……彼を出陣させた、守らなかった人」
「そうだね。彼を出陣させたのにも関わらず守らなかった。闇を敵にするというのに、出陣させたんだ。……見捨てたも、同然じゃない? だって、その命令をした火王は、敵である闇の数が一人とは限らない、強い相手だってこと知ってたんだよ?」
「そうなの……?」
「そう。彼女は知っていて、キミの恋人を出陣させた。それを知らせないなんて、火王様もひどいね」
「…………」
女の瞳が黒く染まった――――。
「私、闇の仲間になりたい。……復讐、したい」
アルフォンスの口に笑みが浮かんだ。
「歓迎しよう、女。君の名前は?」
「アディ・アクランド」
「そう、アディっていうんだね。よろしく、アディ」
アディという名の女は既に黒く染まったその瞳をアルフォンスの姿をした少年に向ける。
「ねぇ……貴方は、……誰、なの?」
「ボク? 僕はね――――」
徐々にアルフォンスの髪が黒く染まっていき、その瞳もまた漆黒に変わっていく。
「僕は、“闇の少年”。“闇”の創立者であり主導者だ」
「……ぁ……ぁ……」
「僕と一緒に、“復讐”しよ? 政府が君の最愛の人に殺したんだ」
「…………」
「――僕と一緒においで。僕らは君の味方だよ」
一人、また闇に堕ちた――。
彼女の命は少年に握られる。
その運命諸共――。
だが、彼女の運命はもう決まっていた。
運命というなの役目。
闇の少年によって、それはもう定められている――――。
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