月が紅に染まる時
宙を凝視する火神にアルフォンスは声をかける。
「……なーにしてるんですか、火王様?」
振り返る火神に、アルフォンスは剣を握る手に力を込めた。
「……そんなにボーっとしてると、
そう言った直後、アルフォンス剣を振り上げる。
「──っ!!」
火神が目を見開き、咄嗟に自身の剣に手を伸ばした。
その時、アルフォンスは“闇”の能力を発動させる。
“闇”の能力は時を止めるというもの。
〖
だが魔法と違って“能力”は一瞬しかその効果を発動できない。
しかし今はそれで十分だった。
突き刺さると同時に鈍い音と刺した相手のうめき声が聞こえた。
「…………」
火神の瞳からは驚きと動揺が伺える。
「っ……ま……ぇ……」
そう呻く声は、火神のものではなかった。
彼女の背後――――火神に向け剣を振り上げている闇の者の首に、深々と刺さるアルフォンスの剣。
そのうめき声は言葉になっていなかったが、動く口が何を言ってるかはアルフォンスにはわかる。
『──どうして……? ……裏切ったのか』
その何度も聞いた言葉に、
その様子はすぐ横にいる火神には見えていなかった。
お互いの表情が見えないくらい、すれ違うような形の場所に顔があったからだ。
『……裏切ったんじゃない。
──捨てたんだ』
そうしてアルフォンスは抉るように剣を抜き取る。
すると闇の者の手から剣が放れ、カランという虚しい音が響いた。
倒れ込んだ死骸を見下ろし、アルフォンスはその死骸を振り返り見やる火神に笑みさえ浮かべて言う。
「――――こーんなふうに、ね」
彼女の耳元でそう囁き、アルフォンスは不気味な笑みを浮かべた。
おどけたその口調は、あまりにもその場に不釣り合いだった。
アルフォンスがふと目線を横にやれば、火神が眉間に皺を寄せ目の前の光景に驚きを隠せないでいる。
それも仕方のないことだろう。
何せ、“神”であるはずの彼女でさえ目の前の者の気配を感じ取ることができず、さらにアルフォンスの攻撃に反応できなかった。
いや、それらの驚きを上回ることが、もう一つある。
もう一つ。
それは────
「……どうして、血が、出ていない──?」
そう。
目の前で息絶えている闇の者の首には穴はあいているものの、血は出ていなかった。
その理由はとても単純で、そしてとても複雑──。
「そりゃ、“死んだも同然の存在”だったからじゃないの?」
アルフォンスが言ったその答えに、火神はさらに深く眉間に皺を寄せ問い返す。
「……どういう意味だ」
しかしアルフォンスは、それにも軽い調子で答えた。
「──死んだ者に血なんて必要ないでしょ?」
純粋な闇属性である少年と違い、他属性から堕ちて闇となった者は命を捨てたも同然。
死人に血など必要はない。
だから──
──その死に方もまた……。
火神がアルフォンスの言葉に思わず黙り込むと、辺りに静寂が訪れた。
その時、アルフォンスはふと思い出したかのように言う。
「──あぁ、そうだ。……もう
───“全員”、ね」
そう言う彼の背後に広がる、一面死骸ばかりの光景に火神は驚きに目を見開き息をのんだ。
あまりにも残酷な光景。
生きている者は火神とアルフォンスのみと言っても過言ではなかった。
「──お前、私たちを救いにきた訳ではなかったのだな」
「ちゃんと救いにきたんですよ、ボクは」
「なら何故、騎士たちも皆死んでいるんだ」
「彼らは闇と闘って死んだんです」
「…………」
アルフォンスの言ったことは嘘ではない。
だが真でもなかった。
ふとアルフォンスの目に、今さっき殺した闇の者がうつる。
その者の体は徐々に人間としての色を失いつつあった。
「────そろそろ、かな」
アルフォンスが呟く。
瞬間。
「……なん、だと────?」
────闇の者達の死骸が砂となり、やかて黒煙と化してその姿を跡形も無く消した。
「どうして────」
命を既に捨てている闇の者の魂がその体から放れたとき、この世に半強制的に残されていた体は腐敗の一途を辿り始める。
それは原型を保つことができず滅びてしまうのだ。
呆然とする火神を横目に、アルフォンスは目の前に広がる騎士たちの残骸を見、口にする。
「まるで、騎士同士で闘ってたみたいだね。──“味方同士”で、さ」
その表情は変わらずの笑みを浮かべていた。
どこか残虐な笑みである。
それもそうだ。
その光景を、彼は喜んでいるのだから。
まるで味方同士で殺し合ったかのようなその光景を。
『──お前も良い趣味してるよな』
(褒め言葉として受け取っておくよ)
アルフォンスは剣を腰にさしていた鞘にしまい、そして歩き出す。
風によって彼の被るフードが外され、緋色の髪と朱色の瞳が露わになった。
闇の少年とは全くといっていいほど、違う色である。
「お前、名は? そして、何者なんだ。何を……目的としている……?」
火神が彼に問うた。
アルフォンスは外れたフードをそのままに、胸から血を流し目を開けたまま死んでいる騎士の横にしゃがみ込む。
そしてその血に触れ、血塗れた手を月にかざした。
月が紅に染まる────。
「ボクの名前は、アルフォンス・レンフィールド──」
(ボクは、【
血が彼の指を伝い
「『────この世界を恨み、憎む者。……復讐者』」
指を伝う血の滴は、やがて彼の手を離れ──。
「『目的、は──』」
血の滴は、死んだ騎士の目元に堕ちた──。
『────この世界の終焉』
騎士の目元に堕ちた血の滴は、その頬を伝い、“血の涙”と化す──。
ふとその笑みが消え、アルフォンスは立ち上がった。
「──そーんな闇について、よく知る者だよ」
おどけたように言い、あの残虐な笑みを覆い隠すかのようにまた感情のよめない笑みを浮かべる。
「アルフォンス……闇を、知る者……」
火神は彼の言ったことを繰り返すように小さく呟いた。
「そ。もういい? 帰りたいんだけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「──つか帰るわ」
フードを再び目深に被りなおし、アルフォンスは背を向ける。
瞬間、彼の顔から笑みが消えた。
「……やりなおし、しなきゃだね」
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
そして闇に紛れるように、静かに歩き出した。
「──待て」
火神に呼び止められたアルフォンスは、小さく溜め息をつき歩みを止めた。
しかし歩みを止めただけで、振り返ることはない。
火神は再び黙り込む。
そして沈黙が二人を包んだ。
やがて彼女が口にした言葉。
それは──
「我が国の騎士団──【紅蓮の聖騎士団】に入る気はないか」
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