第87話 巨人娘は遊びたい【ほのぼの/ゲスト:ナディア】
遊び相手というのは子供の時分に重要なものである。
同じ年頃の子が村にいるかいないか、兄弟がいるかいないかで、子供時代の充実感というのは変わってくる。
俺が育った村は酷い過疎で、それこそ、子供なんてのは五年に一人産まれればいいものだった。だが、幸いなことに二つ上の兄が俺には居た。
歳が近いことで力も同程度、よく喧嘩もしたものだが、今にして思えば、悪くない子供時代を過ごせたのではと客観的に捉えている。
まぁ、どうしてそんなことを思うのかと言えば、だ。
「おーい、ナディア、ボール投げるぞ。ちゃんとキャッチしろよ」
西瓜大のボールを手にした俺は、それを三十メートル先に立つ、巨人に向かって投げつける。
ナイフの投擲で鍛えた腕前は、それがボールに代わっても健在だ。
巨人娘の正面に飛んだそれ。嬉々とした表情でそれを両手で受け止めると、ナディアはこぼすことなくそれを腕の中に挟んだ。
いくぞ、と、声をかける代わりに、大きく手を振る。
人間離れ――もなにも、彼女は巨人。
その長躯をいかんなく使って、天から振り下ろした腕がボールを放つ。
俺が投げたものに間違いないそれは、明らかに人間では出せない速度で飛ぶと、俺の横をすり抜けて、背後の草原に大きな穴を穿った。
直撃していれば普通の人間では命はないだろう。
子供の遊び相手も楽ではない。
「ナディア。もうちょっと、加減して投げてくれ。そんなの当たったら、さすがの俺でも大怪我だっての」
はて、と、首を傾げる巨人娘。
彼女にとってはこれでも加減した力なのだろう。おそろしいことに。
やれやれ、と、俺は溜息を吐きながら、埋まっているボールに手をかけた。
例によって、ナディアの親御さんが暫く家を留守にするということで、彼女を図書館で預かることになった。
といっても、今回は一日二日のことではない。
四泊五日。ここまでくるとちょっとしたホームステイである。
本を読むのが好きなナディアだ。初日や二日目は大人しく本を読んでいたものだが、流石に三日目ともなると彼女も退屈したらしい。
俺とリーリヤが書架室から戻ってきたところを見計らって、ボールを手に寄ってきた彼女は、俺に外で遊ぼうとねだってきた。
大きいながらも幼い子供のお誘いを無碍に断っては可哀想だ。
しかし今、ちょっと気を抜けばかわいそうなことになってしまうのは、俺の方である。迂闊なことはいうものではない。
まぁ、彼女が楽しそうなのでよしとするが。
「どう、マクシム。生きてる」
「見りゃ分かるだろうが。これで俺が死んでたらどうするんだよ」
「そうねぇ、ゾンビを土に返す神聖魔法は、私使えないからね。仕方ないから、肥溜めにでも突き落として、腐るのを待とうかしら」
「リーリヤさん、いくらなんでもそれはマクシムさんに悪いんではないですか」
のこのこと図書館から出てきたのはリーリヤ、そして、メビウスであった。
どうして一緒に出てきたリーリヤが、俺と一緒に居ないのかといえば、この隣にボケっとした表情で立っている、魔導書娘に関係がある。
というのもこの魔導書娘。一人で大丈夫、と、図書館に本を探しに行って、まる三日と帰ってこなかったのだ。
まぁ、人間ではないので放っておいても死にはしないが、それでも心配になったリーリヤは、仕事が終わり次第彼女を追って図書館に入ったのだ。
こうしてメビウスの姿があるということは、首尾よく見つかったらしい。
「お前、いったい何してたんだよ」
「一般書架って広いんですね。ちょっと奥まったところに入ったら、もう、何がなにやら分からなくって」
「それで、諦めて空いている本棚の中で眠っていたんですって。びっくりしたわよ、急に本の中に混じって眠ってる人が現れるんだから」
「お前なぁ」
えへへ、と、笑って誤魔化す魔導書人間。
無事なら別に構わないが、きっとお役にたちますよという言葉が、なんとも白けて見えることだ。
と、その魔導書娘が、遠くを見やっておっと呟く。
「やや、アレが噂の本好きの巨人さんですか?」
「えぇそうよ。ナディア、紹介したい人が居るの、ちょっとこっち、来てくれる」
リーリヤが呼べば、とてとてと、ナディアがこっちにやってくる。
やや、大きいですねと言った魔導書娘とその巨人の身長差たるや、ざっと二倍以上、三倍もあるのではという具合であった。
「紹介するわ。ウチで働くことになった魔導書のメビウスよ」
「はじめまして。メビウスと申します。リーリヤさんからお話は聞きましたよ。巨人さんが本を好んでいらっしゃるとは、不肖ながら、私初めてしりました」
はて、と、また、ナディアが首を傾げる。
別におかしなことは言っていないはずだが。
巨人娘の不思議そうな表情に、場が固まる。
と、そんな空気を察してか、それとも元からそうするつもりだったのか、ナディアがメビウスの前にしゃがみこんだ。
なるほど、身長差がありすぎて、よく声が聞こえないということらしい。
「あや、すみません。わざわざしゃがんでいただいて。はじめまして、私、メビウスと――あれ?」
と、納得しかけたところで、ナディアがメビウスを、ぎゅむり、と、両腕で抱き上げた。まったく突然、なんの前触れもなしにだ。
当然、持ち上げられたメビウスどころか、俺らも言葉を失くす。
そんな中、一人、なぜだか満足げなナディアは、まるでお人形遊びでもするような感じに、メビウスのお腹に自分の頬をすりつけた。
「あ、ちょっと、なにするんですか。やめてください、やぁ、くすぐったいですよ」
言ってもやめないナディア。
まるで大切な大切なお人形さんとばかり、ぎゅっとメビウスを抱きしめる。
これはいったい、と、リーリヤの方を見れば、何か思い当たるという感じの、意味深な顔を彼女はしていた。
「なんだよ、リーリヤ、その顔、心当たりがあるのか」
「いえね。前に人形の魔導書の力を借りて、彼女のために巨人サイズのお人形を作ってあげたことがあったのよ」
「ほう、紙のか?」
「そう、紙製のよ。ただ、魔導書の魔力がいまひとつで、一時間としないうちに壊れちゃったんだけれど。その時、ナディアってば凄い喜んでね」
なるほど。
つまり、ナディアはその時のお人形と、メビウスの奴を重ねているのか。
「あっ、あっ、やめてください。そんな乱暴に。腕はそんな方向に曲がるようにできていませんから。ちょっと、リーリヤさん、マクシムさん、助けてくださいよ」
「まぁ、歳相応に考えれば、キャッチボールより、お人形遊びのがしたいよな」
「ごめんねメビウス。ちょっと、ナディアが満足するまで、付き合ってあげてちょうだい」
「そんな無茶苦茶な。あっ、ちょっ、ダメですって。こんな外で服を脱いだら。魔導書だって羞恥心はあるんですから」
これも図書館司書のお仕事の内よ。
なんとも都合のいい言葉を残し、俺とリーリヤは司書室へと戻った。
哀れメビウス。
しかしこれも魔導書だてらに自分で選んだ道である。呪うならば魔導書使いの洗い、ご主人様を恨めよ。
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