第78話 王立図書館名物「辞書抱」【ギャグ/ゲスト:ニーカ】

「リーリヤ。あなた、私に無言で図書館倉庫の秘蔵キノコを食べたわね」

「ちがうんです師匠!! あれは大量発生したキノコを間引くためにやっただけで!! けっして食欲や誘惑に負けてということは!!」


 問答無用。


 凍りついたような笑顔で弟子に近づいた師匠エルフは、逃げようとするリーリヤの腕をノーモーションで掴んでみせた。


 腐りドラゴン退治で鍛えたこの目玉でも追えなかったその動き。

 この師匠、ただの女エルフではない。

 名のある冒険家とは聞いていたが、まさかこんなに運動神経がいいとは。

 普段から目の前のとろくさインドアエルフばかり見ているものだから、エルフに対しての認識がおかしくなっていたようだ。


 まぁ、このとろくさエルフは、何が悲しいかな、師匠エルフの自慢の一番弟子なのだが。

 やはり師弟関係でも、持って産まれたもの以上のことは教えられないか。


「あの秘蔵キノコの栽培に、私がどれだけの心血を注いだことか。貴方もキノコを愛する森のエルフならば、この狂おしいまでの愛情が分かるでしょう」

「分かります!! キノコ大好き!! キノコ最高!! キノコは人生にして哲学にして人生最大の友であるとは師匠の言葉!!」


 師匠さんが言ったのかよ。

 どんだけキノコ愛してるんだ。


 流石に師弟。嗜好はしっかり学んでるのな。

 そして師匠から技の代わりにキノコを盗むと。


「いかんだろリーリヤ。お前、師匠さんがせっかく育てたもの。勝手に食ったら」 

「わざとじゃないんだってば!! だって貴方考えてもみてよ、食べごろのよく育ったキノコが倉庫の片隅に生えていたら、それでもって、ちょっと育ちすぎてこれ以上育つと腐っちゃうなって感じだったら、拾って焼いて食べるでしょう!?」


「いや食べんだろう普通」


「嘘でしょ!? じゃぁ、道端にキノコが落ちてたら!?」

「食べないっての」

「きのこ柄の紳士服を着たマッシュルームカットのイケメンエルフに、恋キノコ渡されたら!?」

「なんだよ恋キノコって。食べるわけないだろ」


「やめなさいリーリヤ。キノコの趣味なんて人それぞれよ。一概に言えるものではないわ」

「さすが師匠さん。人間のことをわかってらっしゃる」

「けれどもマクシムさん、いくら荒んだ生活を以前していたといっても、キノコの胞子を集めて鼻腔から摂取するのだけはやめたほうがいいわ。アレはキノコの成分がきつすぎて、人間がやると命に関わるの」

「する訳ないだろ!? なに言ってんの!?」


 真剣にこちらの身を案じる視線を向けるリーリヤの師匠。

 そんな視線を向けられても、俺は今の今まで一度だって、そんな風にきのこを使った覚えはないのだから。いったいどういう顔をしてやればいいか分からない。

 

 まったく、エルフ族にとってキノコとはなんなのか。


 そこいらの人間よりはエルフと付き合いの長いはずの俺だが、なぜだろう、付き合えば付き合うほど、こいつらのことがよく分からなくなる。


 というかキノコの胞子を鼻から吸い込んだところで、どうにもならんだろう。

 鼻はつまるかも知れないが。


「マクシム、本当にあれだけはやめた方がいいわよ」

「中毒になったばかりに、鼻の奥と肺の奥にキノコが生えて窒息死したダークエルフを、私は何人も見ているわ」

「エルフの死因の三割は、脱法キノコの過剰摂取オーバードーズだからね」


 そんなしょうもない理由で人の何倍もある命を無駄に散らしているのか。

 エルフは賢い一族だと聞いているが、やはり噂というのはあてにならんな。


「森の賢者なみ。いや、猿山の王。亜人にしても獣人にも劣る最下層の文化性」

「なにぶつぶつ言ってらっしゃるの、マクシムさんは」

「利きキノコの文化がない野蛮な一族のたわごと、耳を傾けるだけ無駄ですよ師匠」


「お前、師匠にとっちめられてたんじゃねえのかよリーリヤ」


 なんで余計なことを言うのよと、リーリヤがじと目を俺に向けた。

 途端、師匠の顔が先ほどまでと同じ、慈悲なき狩る者の目に変わる。


 そうだったわそうだった、と、半笑いに呟いて、ニーカさんがリーリヤの肩にそっと手をかけた。


 押し付けられるようにその場に正座させられたリーリヤ。


「くっ、○せ!!」

「なんでいきなり死を覚悟してんだよお前」

「いや、なんとなく。というか、むしろ死んだほうが楽だから。うぅっ」

「涙までながしてまぁ」

「あらあらリーリヤちゃん。師匠をオーク扱いとは、いい度胸ね」


 違うんです、師匠、そういうつもりで私は、と、無残にも命ごう司書エルフ。


 いつになく墓穴掘るなぁこいつも。

 普段はすましてるくせに、この師匠さんが一緒だとなんて面白いことだろうか。


 いいぞ、もっとやってやってください師匠さん。

 この生意気なエルフ娘には、きついお灸が必要なんですよ。


「違うんです師匠!! ほんと、私は善意百パーセント、図書館の倉庫を綺麗にしたい一心で!! 師匠の大事なきのことは知ってましたけど、そこはほら、分かっているからちゃんと残して!!」


「一本しかないじゃないの!! こんな遠慮の塊みたいな状態で残されても説得力ないのよ!!」


 どんだけ食ってんだよお前。

 一本だけとかそりゃ間引くとは言わん。食い切れなかったというのだ。


 こりゃ少しも擁護できる余地がないわ。


「そうね、ここは王立図書館司書の伝統に従って、『辞書抱』の刑が妥当かしら」

「そんな!! 後生ですから、師匠!!」

「なんだよ辞書抱って」


「書いて字の如くよ。正座したまま辞書を抱いてもらうのよ」


 なんだたいしたことのない刑だな。

 辞書なんて幾らでも抱いたところで問題ないだろう、本の二冊や三冊。

 さすがに図書館司書が考えた刑だ、生温いな。


 俺の所属していた盗賊団の裏切り者への処罰など、それこそ生きるか死ぬかというような過酷なものだったというのに。なんとも拍子抜けである。


 助けてマクシムとこちらを見るリーリヤ。

 女エルフに涙目で助けを請われるというのはいい気分だが、正直、こいつの身から出た錆び。助けてやろうという気には残念ながらなれない。

 そもそも、刑がそんなたいしたものではないのだ。


「甘んじて師匠の愛の鉄拳を受けるんだな、リーリヤ」

「酷い、マクシム!! このひとでなし!! 鬼、悪魔!!」

「いや人間だし。むしろひとじゃないのはエルフのお前だろ」


 というか、辞書くらい甘んじて抱けよ。

 お前も図書館の司書なのだろう。それくらいなんてことは。


 などと軽々しく俺の横で、ずしり、と、重い音がする。

 なにごと、目を向ければそこには。


「ふぅ。これで足りるかしら、『石版の辞書』は」


「リーリヤ。すまん」

「ちょっと!! マクシム諦めないで!! やだ、師匠、勘弁してくださいホント!! キノコならまたどこかで調達してくるので!!」


「世界にひとつだけのキノコ!! 素晴らしきキノコとの出会いは一期一会なのよ、リーリヤ!!」

「なっ、なんて説得力!! くぅう、私は、そうと知っていながら、なぜあんなおろかなことを!!」


 そうだろうか。

 正直、きのこなんてどれも同じ味にしか感じないのだけれど。


「師匠!! 実は私だけでなく、マクシムの奴もキノコを!!」

「おい、やぶ蛇!! なに言ってんだこのアマ!!」


 苦し紛れに俺をハメたリーリヤ。

 その膝に石の辞書が落ちるその横で、ゆっくりと、リーリヤの師匠がこちらを向いた。


「マクシムさん。ちょっと、お話を聞かせていただきたいのだけれど」

「いやいや嘘ですって、ほんと、その娘が苦し紛れについた、イタイタイ、痛いですってちょっと凄い力どうして」


 エルフの力じゃない。

 これ、絶対エルフが出せる力じゃない。その細腕から、いったいどうやったら、こんな力が出せるんだ。


「賢者、森の、リアルな賢者!? まさか森の賢者がエルフに化けて!?」

「まぁ、そんな、人を緑色した逆三角形筋肉モンスターを見るような目で。失礼ですよ、マクシムさん」

「ひっ、ひぃいいいいっ!! 助け、お助け、誰かタスケテェーッ!!」

「ダメよそんな取り乱して。ほら、座って少し落ち着いて、お話しましょう。ね」

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