第69話 龍争猫闘【ギャグ/ゲスト:オリガ】

「道場破りが来たんであります。リーリヤ殿、勝手を承知でお願いするであります。また、あの気についての魔導書の書架で修行させて欲しいのであります」


 職業軍人である。

 その一挙手一投足に慇懃さがにじみ出るというか、どこか偉そうな態度が匂ってくるのが普通なのであるが。

 そこはお気楽な猫軍人。

 ぺこりぺこりと気軽に頭を下げるこいつの矜持の軽さは、はたして国家を守る軍人様がこんなことでいいのだろうかと、逆にこっちを不安にさせてくれる。


「どうしたのよオリガ」

「開口一番またいきなりな話だな。まったく状況が読み込めんのだが」


 あわあわと、慌てて目を回すオリガをまずは椅子に座らせる。

 俺とリーリヤはそれぞれの執務机から椅子を引っ張ってくると、いつになく落ち着きのない彼女を囲んだのだった。


 はい、まずはコーヒー、と、リーリヤが机に備えていた水出しコーヒーを出す。

 何の遠慮もなくオリガはそれを手にとると、ぐいと一息に飲み干した。


「なんであります。これ、凄く美味しいであります」

「マクシムが豆から厳選して淹れたものだからね。よかったわねマクシム、誉められたわよ」

「こいつ他人の作ったものならなんでも旨いって言うからな」

「そんな人を味音痴みたいに」

「いや、というか、そんなことはいいから。早く本題」


 三歩あるけば忘れる鳥頭じゃないが、どんなときでも能天気なのはどうなのか。

 大変だと慌てていたんじゃないのかと。


 あぁ、そうで、あります、なんてありがちな台詞を吐くと、オリガは手にしていたコップを俺へと手渡した。


「実は自分の所属している王国軍では質実剛健な軍人育成のため、訓練とは別に道場を開設して、広く武道を嗜んでいるのであります」

「質実剛健ね、とても信じられんな」

「茶化してる場合じゃないでしょ」

「失礼な。見るであります、自分のこのタフな上腕二頭筋を!! ふぬぬっ!!」

「少しも盛り上がってないじゃないか」

「だから脱線しちゃうからやめなさいって。それでなに、その道場に道場破りでもやってきたの」


 そうであります、と、ぷるぷると二の腕を震わしてオリガは言った。

 盗賊の俺よりも細い腕だ。女で猫の獣人だからしかたないとはいえ、こんなの雇ってて採算とれるのかねうちの軍隊は。


 まぁいい。


「道場破りかなんだか知らんが、どうして図書館に泣きついてくる。それこそ腕っ節の立つ用心棒でも雇ったらどうなんだ」

「道場破りに外の人間の手なんて入れられないであります。あくまで道場内の人間で対応しなくては。という訳で、道場破りとの対決に備えて、自分、強くならなくてはならないであります」

「なんだお前、そんなの師範代とかそういうのに任せとけば」


「自分、道場の師範代というか、むしろ師範であります」

「なに!? お前が!?」


 馬鹿な、こんなオマヌケ猫娘を師と仰ぐやからが存在するのか。

 どんな軟弱軍隊なんだよ。鉄砲鳴らせば散るようなビビリの兵隊なんざ、数そろえてもなんの役にもたたないっての。


 いや、流石にいい過ぎか。

 きっと俺の聞き間違いか何かだろう。


「そのシ・ハーンというのはなんだ。お前がやってる道場でいうところの、茶帯と城帯の間の役職か」

「師範でありますよ、師範。道場で一番偉い人!! そんなボケいらんであります!!」


「オリガに教えられてもたいして強くならなさそうね」

「酷いでありますリーリヤ殿」

「いやほんと、なんでお前が師範なんてできんだよ。どういう流派だ。あれか、あの前に俺とやった、ぐるぐるにゃんにゃんだっけ?」

「ごろごろにゃんにゃんじゃなかった?」

「またたびにゃんにゃん拳であります!! あれは習得できなかったから、違うであります。その」


 その、と、俺とリーリヤが聞き返す。

 やはり自分でも師範の器ではないと思っているのか、そっと視線をそらすオリガ。


 ごもごもと口を尖らせて、彼女は小さく。


「猫ボクシング、の、道場であります」


 と、呟いた。


 猫ボクシングとは。


 またなんとも、のほほんとした光景が瞼に浮かぶ種目である。

 右猫パンチ、左猫パンチ、ジャブ猫パンチとみせかけて、ストレート猫パンチ。

 まったく当たっても痛くなさそうだ。


「それはどうなんだ。軍隊の道場として。いやそもそも格闘技なのか」

「なにかの興行みたいよね」

「これで結構女性軍人の受けは上々なんでありますよ。それにその、自分も、その、下仕官になったのでやれと言われてやっているだけで、別にやりたい訳では」

「まぁ、かかる事情があるのは分かった。しかし、そんなふざけた道場に、破りが現れるとはねぇ。世も末だな」

「あぁちょっとマクシム殿、そんな笑い話で済まそうとしないで欲しいであります」


 笑い話以外のなんでもないだろう。

 やってる武術の名前から、それを教えている師範の身の上まで、ツッコミどころしかありゃしない。そこに加えて、なんでボクシングなのに気の勉強をするのか。


 やめだやめだ付き合ってられん。

 入るなら勝手にしろよと俺は言い捨てて自分の席へと戻った。


「酷いでありますマクシム殿。自分がまたたびにゃんにゃん拳を使いこなせるからって、天狗になってるであります」

「あんなもん使えて嬉しかった思い出なんて一度もねえよ」

「あれこそ興行用の手品みたいなものよね。まぁ、もう一度よく考えたら、オリガ。気の力になんかたよらなくったって、あなた十分立派な猫軍人じゃない。きっとなんとか道場破りも倒せるわよ」


 そんな簡単な相手ではないであります、と、オリガはまた泣き言を言う。


「相手は猫ボクシング界の一大派閥【北の青猫】の若大将でありますよ。奴の肉球ぷにぷに波で、リングサイドに沈められた猫は数知れず」

「獣人界隈の話だからか知らんが、そんな奴聞いたことも、見たこともないんだが」

「むしろ猫ボクシングなのに、妙な技を使うのが変な話よね」

「かつてそいつと戦った猫は打ち所が悪かったのか、イカを食べると足腰が立たなくなる障害をかかえることになってしまったんであります」

「うん、大丈夫、それ、猫だったら普通の現象だから」

「猫はダメよね、基本、イカは」


「と言うわけで、奴に勝つには、自分もまたたびにゃんにゃん拳を覚えるしかない、そう思ったであります。なにとぞ、自分にチャンスをください、マクシムどの、リーリヤ殿」

「別に、その、またなんちゃら拳を修行しにいっても、才能なかったら無駄足なんじゃないの」

「もう、さっきからなんでありますかマクシム殿!! 天下の大奥義をそんなぞんざいにいい間違えるなんて!! 自分がちょっと才能あるからって、そういう態度はよくないと思うであります!! 先人達への侮辱であります!!」


 いや、まぁ、なんだ。

 才能があるから困るというか。言っただけで俺の意思とか関係なく出ちゃうもんだから困るんだけれどさ、その、またたびにゃんにゃん拳。

 またリーリヤがくらってえらいことなったらどうするんだよ。


 俺の気などしらいでか、ふんす、と、オリガはそっぽを向く。

 そんな彼女に、同情的な視線を注ぎながらも、リーリヤはううんと難しそうに顔をしかめるのだった。


「正直、あまりオススメしないわね。一度無理だったことだし」

「そんなリーリヤ殿!! 後生でありますから!!」

「もっと別の方法を考えましょう。ほら、ボクシングなんだし、拳闘の魔導書架とかに入った方が」


「そんなガチなところに入ったら、肉球がいくつあっても足りないであります!!」


 そんな豆腐メンタルでは、勝てるものも勝てないだろう。

 悲壮感たっぷりで言ったオリガだったが、こちらにはあきれしか伝わってこない。

 ほんと、よくこんな奴を師範だなんて仰いでいるよ。


「お前がそんな慌てふためかなくても、弟子で骨のある奴が何とかしてくれるだろ」

「そんな他力本願な。弟子なんて、自分よりも猫ボクシングが下手な娘しかいないでありますから。せめて、またたびにゃんにゃん拳の使い手でもいれば」


 いれば。

 なぜかオリガは二回、尻の言葉を反芻した。

 俺の方を見ながら。


 おい、ちょっと待って。

 最近こんな展開ばっかりだぞ。


「マクシムどの。つかぬことをお聞きするでありますが、猫耳をつけて女装するのが最近はまっている趣味でありましたよね」

「人の趣味を勝手に捏造するな。嫌だぞ、俺は、絶対に協力せんからな」

「大丈夫よマクシム。そんな、心配しなくっても」


 心配じゃねえよ。心の底から拒否してんだよ。

 というかなんだお前、リーリヤ。さっきからにやにやと笑いやがって。


 俺男。肉体的にも。精神的にも。まごうことなきオス。


 俺獣人。ではない。人間。ノーマルタイプ。


 またたびにゃんにゃん拳は使えるが、猫ボクシングのボの字もしらないのだ。そんな奴を捕まえて、女装させて、助っ人にしようなんてどうかしている。


 第一ばれるだろう。俺は自分で言うのもなんだが、むさいオッサンだぞ。

 魔法でも使わない限り女になんてそうそう簡単に化けられ。


 あ。


 リーリヤが懐から出したりますは、彼女の得物、月桂樹の杖。

 ひょいと宙に円を描けば、俺の身体からぽんと白い煙が立ち上がった。


「シンデレラの魔法使い役は私に任せて。貴方を立派な、獣人娘にしてあげる」 

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