第67話 蜂のように刺すために【シュール】

 姫様もお年頃、そろそろ社交界デビューというお年頃である。

 社交界といえばダンスパーティ。音にあわせてステップを刻み、華麗なダンスで殿方を魅了するには、ちょっとうちの姫様は食い気が勝ちすぎる。


 そんな彼女でもばっちり踊れるように、そして少しでもその体型を人前に出手も恥ずかしくないようにするためにと、前に俺達は舞踏の魔導書を用意した訳だが。

 結局ずぼらな姫様は一度も踊らずじまい。

 手垢もつけずにその魔導書を返してよこしたのであった。


 とまぁ、それからかれこれ半年だろうか。

 いよいよ姫様の社交界デビューの日取りが決まった。


「それでもう一度、前に用意した魔導書をよこせってんだから、横暴な話だよな」

「本当よね。だったら最初から真面目にやっときなさいよって」

「あの姫様は本当にな、絶対にろくな死に方しないぞ。しかしまぁ、こんなこともあろうかと、書架に戻さず取っておいたのは正解だったな」

「まぁ、だいたい予想はついたからね。それでなくても私らも学習するわよいいかげんに」


 執務室の横にある倉庫から、引っ張り出したのは、埃をかぶった魔導書。

 社交ダンスについての奥義が記された魔導書である。


 こんなこともあろうかと、リーリヤが封印をかけて書架に戻さずこっちに避難させておいたのである。

 毎度、王族のわがままに振り回されるばかりの俺達ではない。


「しかしまぁ、便利な魔導書だよな。持ってるだけで軽やかな足運び、勝手に身体が動いてくれる舞踏の魔導書とはね」

「これなんかは奥義書が信仰によって魔導書と化したものだけれど、それでなくっても、こういういかにもお金になりそうなのは、趣味でなくてもつくられるからね。いまどきの流行の踊りに合わせて体が動く、魔法が施された魔導書なんての、世の中にはまたぞろあるわよ」

「待て、それじゃダメだったのか? わざわざ取りに行かなくても」

「流行りものだからね。今度の舞踏会は格式と伝統のある場でしょう。そんな所で、スキンヘッドで床の上を回転するダンス、披露できると思う?」


 なるほどね。確かに、最近大道芸で、そんなのを見る気もするな。

 ダンスと言っても千差万別。この魔導書を取ってきたときも、地方のぱっとしない祭りの踊りであった。

 流石に国の威信がかかった場となれば、頼れる魔導書というのも決まってくる、ということだろう。


「しかしね、あの姫様の体格で、いったいどれくらい踊れるのか」

「立派な体格をしていても、素晴らしいダンスを踊る人はいくらでも居るわ」

「なんだリーリヤ、やけに肩を持つじゃないか。というか、お前、そんな人に語れるほどダンスに造詣が深かったのか」


「まぁね、一応王宮勤めはそこそこあるから、社交の場にも顔を出すわよ」

「酒は呑めないのに?」

「五月蝿いわね。だからまぁ、一通りの基礎は押さえてるわよ」


 なんだったら、ここで踊ってみせてあげてもいいけれど。


 ワンピースの裾を手でつまみあげて、ひらり、と、その場で回転するリーリヤ。

 確かにその仕草はごく自然、流れるような所作であったが、はたしてどれだけのものだろう。


 別にエルフの踊りなんて見たところで、ありがたいものでもない。

 いいよ別に、と、俺は笑って首を横に振った。


 残念、と、まったく残念そうにない口調でリーリヤは踵を地面につけた。


「そういえば、腐り竜退治のパーティに踊り子とか居なかったの?」

「居たよ。パーティ内じゃ割りと古参のメンバーだったな」

「前々から気になってたんだけれど、踊り子ってどういう立ち居地なの」


 立ち居地。

 難しいことを聞いてくれるな。


 確かに、踊り子として、彼女がいったいどういう仕事をしていたのか、どういう役割を果たしていたのか、それを答えろといわれてもすぐに答えは出てこない。


 記憶を紐解いても、だ。

 こう踊り子として、彼女が俺達の何か役に立ったかといわれれば。


「アイツが活躍していた記憶がない」


 困ったことに、まったく、その光景が浮かんでこない。


 本当に彼女は俺達の仲間だったのだろうか、というくらいにだ。


 いや、仲間だったのは間違いないのだが。

 流石にこれには当事者でもないリーリヤさえも首をかしげた。


「ないって。どういうこと、仲間だったんでしょう?」

「いや、パーティには間違いないんだ。一緒にダンジョンを潜った記憶もあるし、腐り竜と退治した覚えもある」

「けど分からないの?」

「気がつくとさ。居ないんだよな、いつの間にか。それで、戦闘が終わると、ひょっこり戻ってくるっていうか」


 一緒に旅していた頃には気にしたこともなかったが、今になってよく考えてみるとそうなのだ。彼女は別に、腐り竜と俺たちが戦っている間、踊っているわけでも、戦っているわけでもない。

 ただただ、その場に居ないのだ。


 逃げていたにしては、ひょっこりと出てくる姿も見たことがない。

 そも、そんなことであればとっくの昔に、パーティ内で話題になっているはずだ。


 ぞっとするくらいに謎。


 踊り子とは、いったい、なんなのか。

 

「ねぇ、マクシム、彼女、本当に踊り子だったの? 遊び人とか、そういうんじゃないの?」

「そうだったのかも。俺が勝手に勘違いしていただけで、実は、違う職業ということも。いや、けど、そんな風にも見えなかったしな」

「まぁ踊りには色んな意味があるって言うしね。死者を鎮めたり、神を崇めたり。逆にそういう霊的なものを降ろして啓示を得たりしたり」


 啓示、ねぇ。

 そういう意味深なことを言うようなキャラクターでもなかったんだけれどな。

 まぁ、ミステリアスには違いはなかったけれども。


「東国の出身の踊り子でさ。黒髪で白い肌した綺麗な奴だったのよ。ただ、名前はこっちのを使ってたな。今思うと偽名だったのかもしれんが」

「東国? 大陸? それとも島国の方?」

「島国だと思うがな。いや、詳しくは知らん。というか、聞いてないからな」


 ふぅん、と、リーリヤ。

 どうやら何か思うところがあるらしく、彼女は少し視線を地面に向けた。


「東国に限らないけれど儀式を行う踊り子ってのは各地に居てね」

「あぁうん。そんな感じではあったぞ」

「ただ、東国の島国それはちょっと特殊で。所謂、アサシンみたいな、仕事をしている者もいたって聞くわ」


 暗殺者アサシンとは。また、穏やかじゃないな。

 まぁ、古い書物で見ただけの話だけれど、と、リーリヤは柄にもなく断った。


 だが。確かに、言われて見ると、思い当たる節はある。


「ボールスとな、なんか仲がよかったんだよ、ソイツ」

「へぇ」

「それでさ、何度か喧嘩してるのを見たことがあるんだけれど。今思うと、不思議とそいつが負けてるの、見たことがないような」


 まさか、な。

 ボールの奴、あれで結構女に対しては甘いから、きっと、それでだろう。

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