第49話 盗賊と食わず嫌い【ギャグ/ゲスト:オリガ】
魅力がないだとか。
色気がないだとか。
もっと直接的に言えば胸がないだとか。
何かにつけてリーリヤのことを言っている俺である。
だが、そんな俺にも、一つ、彼女について素敵だと思う部分がある。
「今日も元気だごはんが美味い。このザワークラウトよく漬かってるわね。ウィンナーとよく合うわ」
「だな。ウィンナーの湯で加減も最高だし。言うことなしだ」
「マクシム。貴方、今日はメイン料理は何にしたの?」
「いいサーロが入ったって言うんでな、それとサラダとパン。あと、味気ないから、オクローシカもだ」
「そんな冷たいものばっかり食べて。体冷やすわよ」
リーリヤはいつものように、山盛のコトレータに湯でジャガイモ、海老のから揚げとミートスパゲティを皿の上に並べている。
女だてらにたいした健啖家ぶりである。
つまらない喧嘩をする仲ではあるが一応は仕事仲間である。
こうして昼休みや仕事終わりに、一緒に食事に行くことはまぁよくある。
そして、そんな席で――このエルフ、相方の目を気にせずどころか、周りの目さえも気にせずに、あれもこれもと、それはもうたらふくご飯を食べるのだ。
こんなに食う女、冒険者仲間でもそう見ない。
そも、男の俺よりも食うというところがおかしな話だ。
基本は机仕事の彼女のいったいどこに、それだけの量の飯が入るのだろうか。
そんな感想は別として。
実際、彼女は楽しそうに食べるのだ。
食べるのが幸せだと、全身で世界に訴えかけているような、そんな食べっぷりは、なかなか、余人を持って変えがたい才能である。
「んんー、今日もここのコトレータは最高ね。ジャガイモもほくほくだし」
「どれ、一口」
「やぁよ、自分で頼みなさいな」
ついと差し出したフォークをナイフで押さえてリーリヤは言う。
こんなときでも妙にけち臭いのは彼女の性根。ザワークラウトとソーセージを、折半して注文しようと言い出したのも彼女だ。
別にそんな知らない仲でもあるまいし。
気にすることでもないだろうに。
と、そんな俺の呆れも、次の瞬間、ぱっと消える。
まるでほっぺたを落としそうなくらいに、満面の笑みと共に食事をほお張るリーリヤの顔を見てしまったからだ。
まぁなんだ。
美人がただ飯を食っているだけだが、これがどうしてなかなか絵になる。
本当に、よく食う女というタイトルで絵画でもって、食堂に飾っておきたいくらいだ。
見ているだけでこちらが楽しい。
おかしいではなく楽しいと心から思える食事というのは、きっとよいものだ。
料理だけでは決して得られない栄養というのが世の中にはあるのだ。
「おまえ、本当に好き嫌いとかなさそうって感じによく食うよな」
「まぁね。エルフ族は、四本足のものはなんでも何でも食べる、って昔から言うからね」
「いや聞いたことないんだけれど」
「とにかく食に関するこだわりが凄いのよ。好き嫌いなんてとてもとても。言っちゃいけないと親に躾けられてるからね。まぁ、教育が違うのよね」
「たんにいやしんぼなだけとちゃうんかと」
いつもの調子でリーリヤは俺に杖を向ける。
そして、残念ここは図書館の中ではないまで。
もはやテンプレの流れだ。
むなしく彼女の杖が空を切り、その顔が真っ赤になる。
流石に気が悪いので、サーロを一枚、彼女の皿に乗せてやる。
するとまた、これまでのやり取りがどうでもいいという感じに、彼女は明るく笑った。
「コトレータはあげられないけど、おいもなら分けてあげてもいいわよ」
「肉大好きな、お前。まぁ、くれるなら貰うけど」
「エルフの里じゃお肉って貴重品だからね。たまに猪肉とか手に入るくらいよ。人間はすごいわよね、豚さんとか牛さんとか、ちゃんと飼いならして、安定供給してるんだもの」
「そんな風に誉められてもな」
「あ、こんな所にいたでありますか。探したでありますよ、お二人とも」
ふと、食堂ではあまり聞きなれない声がした。
リーリヤの後ろにちょこなんと立ったのは軍服の猫娘。
オリガである。
「あらオリガじゃない。どうしたの、こんなところで」
「お前、今週はたしか任務で遠征中だったんじゃ」
「いやそれが、行ってみたら入れ違いで問題が解決してしまってでありますな。結局、観光してその日で帰ってきたのであります」
なんとものんびりした仕事をしてやがる。
俺達の血税を、観光旅行のように使いやがって。オリガに罪はないにして、もうすこしちゃんとやれよな軍部。
まぁ、そこから少なくない仕事を貰っている身分だ、口にはできんが。
オリガの手には布袋が握られている。
どっこいしょとリーリヤの隣に座った彼女は、淡い水色をしたそれを食事中の司書様へと差し出した。
なに、と、聞くまでもない。
「と言うわけで、旅行のお土産であります、リーリヤどの」
「あら、ありがとう。いつも助かるわ」
律儀なオリガは、出張などに行くと、決まってその地の名産品を買ってくる。
友人、兼、お得意さまであるリーリヤを思ってのことだ。
「いやいや、リーリヤどのはいつも喜んでくれるから、こっちとしてもお土産の持って来る甲斐があるというものであります」
「やだもうなにそれ。おだてても何も出ないわよ」
本当に何も出ないのに意気揚々というかね。
しかし、どうやらオリガの奴も、リーリヤの食いっぷりに毒された一人らしい。
気持ちはわかるよ。
この小動物にえさをやりたいって気持ちは。
「しかし、今回はまた極東に行ってきたんだろう?」
「そうであります。東洋の国に漂着した商船乗組員の受け渡し、その付き添いであります。面倒なことになるかと思ったんでありますが」
「東洋のおみやげねぇ。ふむふむ」
と、リーリヤはすかさず、胸の中から本を取り出す。
ちょっとしたメモ帳程度の厚さのそれだが、そこは魔法図書館の司書が使うものである。それで、書架一つ分の書物と同じだけの情報量が、圧縮されて保存できるというすぐれものにして、歴とした魔導書であった。
「どれどれ、ふむふむ」
魔導書中から何かを探すリーリヤ。
「東洋のおかしとなると、色々あるのね。ウィーロー、とか、ドラヤーキとか、ワラビモーチとか。どれかしらオリガ」
「向こうはたいそう暑い時期でありましてな、涼しげな食べ物ということで、タケイイリヨーカーンが売っていたであります」
「涼しげな菓子か。へぇ、どんなだよ」
それとなくリーリヤに物を確認するように促す。
彼女がオリガから受け取った包みを開けば、そこから出てきたのは、食べ物とは程遠い、竹の束であった。
これが土産の菓子なのか。
いや、そんな訳ないだろう。
なんだ、お前。これは嫌がらせか。
竹の束なんて覇の国のまだら熊くらいしか食べないっての。
失意に沈む俺の前で、ふむふむ、と何やら分かったようにリーリヤが頷く。
「竹筒の中で固めたゼリーなのね。なるほど、風流じゃないの」
「底に穴を開けるとちゅるりと出てきてでありますな、それを吸うようにして食べるのであります。氷水なんかで冷やして食べると最高でありますよ」
「へぇ、どれどれ」
どこから取り出したか、針を持ち出したリーリヤは、器用にその竹筒の底にそれを差し入れる。
きりきりと音を立てて底をえぐったその針。
すると、ちゅるりと音がして、その反対側の竹の筒の橋から、ぬらりと黒いものが滑り出してきた。
おぉ、これが、ヨーカン、か。
「なんか、色といい、形といい、その、あれ、みたいだな」
「やだちょっと変なこと言わないでよ」
「マクシムどのは異文化に対する寛容さがないであります。美味しいでありますよ、ヨーカン」
いやけど、お前、そんな茶色くて長くてぬるりとしたもの、とても食う気に。
「どれどれ。あら、あらあら、あっさりとした甘みで、尾を引くような癖もなく、それでいて口の中でほろりと溶ける様な口当たり。美味しいじゃないのよ、オリガ」
「で、ありますな。自分も向こうで相当食べたであります」
俺に戸惑う間も与えずに、リーリヤは竹筒に口をつけると、そのままちゅるりとそれを自分の口の中へと放り込んだ。
流石はくいしんぼエルフ。
食べ物と見るや、一切の躊躇がない。
「しかし、この茶色いのはいったい何なのかしら。チョコにしては、また、違う味わいというか。牧歌的なおいしさがあるわね」
「アズーキという豆の一種であります。向こうでは、このアズーキを甘く煮て、お菓子にするのが一般的なのであります。いわば、東洋のチョコというところでありますな」
「へぇ、アズーキね」
「そういえばアズーキの缶詰も買ってきたのであります、リーリヤどの、一個食べるでありますか?」
「食べる、食べる」
二つ返事でリーリヤ。
すぐさまポケットの中から缶詰を取り出したオリガは、それを机に置いた。
味気のないブリキ缶。
また、どこから取り出したのか、缶切りを手にしたリーリヤが、その縁に切り込みをいれていく。
ほい、と、その端をめくり上げれば、出てきたのは、みっちりとつまった、茶色いでろでろとした固まりである。
「馬のあれみたいだ」
「ちょっとだからマクシム!!」
「食べ物に向かって失礼でありますよ、マクシムどの!!」
「いやだってお前。ビジュアルが。こんなの本当に美味しいのかよ」
「チョコだって見た目はそれっぽいけど、甘くて美味しいじゃないのよ。いくらなんでも警戒しすぎよ」
そうだろうか。
とにかくリーリヤは、またしてもまったく警戒なしに、スプーンをブリキ缶の中へと差し込んだ。そして黒々とした粒粒をスプーンの腹にひと掬い。
匂いをかぎ、見た目を確認する。
問題なさそうね、と、呟くと、舐めることも、少しだけ口に含むこともせず、スプーンの先を丸ごと口の中へと放り込んだ。
もぐり、もぐり、と、頬を動かす。
徐々に、その顔が綻んでいくのが分かった。
「美味しいじゃない。さっきのヨーカンはあっさりしていたけれど、これはこれで、なんともいえないコクがあるわね。けど、嫌な感じがしないわ。ジャムの代わりにパンにつけてもいけそうね」
「で、ありますな」
「マジかよ。お前ら、俺は絶対そんなの食えないよ」
「食わず嫌いはよくないわよ、ほら、マクシム」
そういって、リーリヤがスプーンでまたひと掬い。
そのアズーキがのったスプーンを俺へと差し出す。
食べなはれと、眼が言っていた。
頬が期待していた。
耳が揺れていた。
そして――スプーンの先が彼女のリップクリームの色を拾っていた。
これはその、食べるべきものではないだろう。
「いや、お前、いいよ」
「男らしくないわよ、マクシム。ほら、アーン」
「いやほんと、マジで、そういうのいいから。勘弁してくれ」
食わず嫌いがどうの以前の問題だ。
お前、ここ食堂だっての。オリガも居るってのに、さ。
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