第50話 エルフと蒸気【ギャグ/ゲスト:ピョートル】

「痛い、痛い、いたいた痛い!! マクシム、もっと優しく運ばんか!!」


「文句があるなら他の奴に頼めよ。重たいの我慢して運んでやってんだから」


「いい方法があるわマクシム。目的の書架までピョートル様を転がしていくというのはどうかしら。その形、よく転がるわよ、きっと」


「リーリヤ、お前って奴はなんて残酷なことを」


「やめろマクシム!! 絶対にやるんじゃないぞ!! リーリヤ、お主、ワシが病気だと見るや、調子に乗りおって!! 後で覚えておれよ」


 俺の背中で気炎を上げる鋼鉄大臣。

 別に病気じゃなくっても、いつもリーリヤはアンタのことを小ばかにしていると思うがな。

 というか暴れないでくれ、こっちも痛いっての。


「あらごめんあそばせ。おほほほ」


「ごめんあそばせの表情ではないぞ!! こりゃ!! 待たんか!!」


 涼俺の背中に乗るピョートルに涼やかな笑い声をかけるリーリヤ。

 彼女は俺と大臣をほっぽって、軽やかな足取りで前を進んでいく。


 ここは魔導書架へと続く通路の途中。

 今、俺達は、さる魔導書をもとめて図書館をピョートルと一緒に探索していた。


 ピョートルが一緒という所から察してもらいたい。

 つまり、彼にまつわる依頼である。


 では、なんの依頼かといえば――これも今の状況から察して欲しい。

 彼が俺の肩の上で、顔をこわばらせているのを見れば一目瞭然だろう。


「まったく、ぎっくり腰だなんて、ピョートル様ももうろくされましたねぇ」


「五月蝿い!! バカにしおってからに、このはねっかえりエルフが!!」


「いやこればっかりはリーリヤの言う通りだ。ピョートル、あんたもう歳なんだから、あんま無茶するなよ」


「マクシムまで何を言うか!! ワシはまだまだ現役じゃわい!!」


 そう叫ぶや否や。


「……のぉおぉっ!!」


 ピョートルが俺の背中で呻いた。

 現役だったらこんな声を出すかよ。


 どう考えたって歳なんだよアンタ。

 リーリヤに聞けば、この国で大臣をやり始める前からドワーフにしても結構な年齢だったんだろう。そこを無理に体を機械化して延命しているし。

 もうそろそろ隠居しても、くたばっても、誰も文句はいわないよ。


 一向に止まぬうめき声。

 耐えかねて俺はピョートルの背中をさすった。

 じゃから老人扱いするでないと怒られたが、無視することもでもない。背中でわめかれる人間の身にもなってみて欲しい。


 それでなくても、機械油臭いわ、垂れてきた機械油が服に滲みこむわ。

 こっちは機械油でべとべとになった一張羅にげんなりとしているのだ。

 頼むから静かにくらいしてくれ。

 大人しくしていてくれ。


 とまぁ、そういうこと。

 ピョートルの奴が、あろうことかぎっくり腰になったのだ。


 いや、より正確に言うならば、機械化している彼の体の一部が、歯車の噛み合いがおかしくなってしまったらしいのだ。らしいというのは、それについて修理することができる人間がいないから推測するしかないということである。

 なんにしても、ここ数日というもの、ピョートルは動かす度に、関節にきしむような激痛が走るようになったのだそうな。


 機械なぞさっぱりと分からん。

 そもそも機械化された身体というものがどういうものか、なったことないから分からん。

 ただ、まぁ耐えがたいほど痛いのは確からしい。


 自分で自分の体を弄っておいて、メンテナンスができない。

 いささか間抜けといしかない。

 哀れというか、なんというか。

 人間、自分の手に余るようなことには手を出してはいかんという教訓だな。


 まぁ、ピョートルはドワーフだが。


「わざわざ魔導書架に潜らなくっても、同族の助けを呼ぶとかできなかったの? 体の機械化って、ドワーフ族じゃ一般的なことなんでしょう」


「そりゃあくまで義手や義足の話じゃ。ワシのように、内臓器官まで含めて機械化するというのは、なかなか、昨今のドワーフ族でもやれる奴はおらんよ」


「しかし、そんな魔法とは対極のところにある技術が、魔導書としてまとめられているってのもこの世の皮肉よな」


「よくできた科学は魔法と区別がつかんという奴じゃ。魔法も機械も、つまるところ、人間の手に余るものを成そうという目的は変わらんからな」


 それが物理法則にかなっているか。

 それともでたらめか。

 その違いしかない。

 ピョートルはなんだか分かった風な口で御高説を垂れた。


 そんな風に言われていい気がしないのは、魔法使いの端くれのリーリヤだろう。


「使えないから負け惜しみなんて言っちゃって」


 したり顔のドワーフ大臣からぷいすとそっぽを向く。

 やれやれ、病人なんだからもうちょっと大事に扱ってやればいいのに。


 そんなこんな。

 いつもよりやかましい道中。

 喧々諤々とエルフとドワーフがあーでもないこーでもないと口論している内に、俺たちの前に目的の書架が現れた。


「ここね」


「第九十五書架室、蒸気の歯車の書架。なんで蒸気?」


「蒸気機関と歯車というのは、切っても切れぬ浪漫な関係なんじゃよ。そんなこともわからんのか、マクシムよ」


 分からないな。

 というかなんだよ蒸気機関って。

 さっぱりという俺の表情を読み取ったのだろう、なんだか残念そうにドワーフ大臣はため息を吐きだした。


 いや、そんな顔されてもなぁ。


「まぁ、分からんでも、見れば分かるわい」


 器用に俺の背中の上から手を伸ばすピョートル。

 彼は手ずからその書庫の扉を開けた。


 むわり。

 俺とリーリヤの顔に吹き付けられる湯気。

 気化した水の集まりである。

 当然、そらもう熱い。

 べらぼうに熱い。


「なんだこりゃ。ぺっ、ぺっ、って、熱い、熱うっ!!」


「いきなりなによもう!! ちょっと、やめてよ、髪が痛んじゃう!!」


「なっさけないのうこれくらいで。サウナに入っていると思えば、こんなもんなんともないじゃろう」


「普段着でサウナなんて入るもんじゃないだろ。なんの心構えもなしに、いきなりサウナなんて入れば普通びびるって」


「そうよそうよ。ピョートルさま、こうなることが分かっていたのなら、最初から言ってくれるべきではありませんか」

 

「ふん、いつもワシをからかって遊ぶからじゃ」


 大人げもなく舌を出して言うピョートル。

 こいつ、本当に、この国の礎を作ったという大賢人なのだよな。

 完全にボケ老人の悪戯じゃないか。

 ついにはぐるまだけじゃなく、頭のねじまでどうにかなってるんじゃないのか。


 湧き立つ蒸気たちと苛立つ俺たち。

 そんな横で――湯気の中から、こつり、こつり、と、なにやら床を踏みしめるような音がした。ゆっくりと、その気配はこちらへと近づいてくる。


 もくもくと立ち込める蒸気。

 一寸先はまったく見えない。

 

 そんな中――突然、赤い光が湯気の中から飛び出てきた。

 ひゃぁと俺とリーリヤが肩をすくめる。


 なんだ、これは。

 などと、思っているうちに、霧が左右にはけた。


「ウィーン、ウィーン、ウィーン、来訪者、発見、来訪者、発見」


 現れたのは頭の先から下まで白く光る鋼鉄の鎧に身を包んだナイト。

 だがしかし、何かが違う。


 俺が、戦場や街のギルドで見たナイトと違う。

 なんとも丸みの強い、不思議なデザインの鎧を着ている。

 ついでにいうと、その動作もどこか妙にぎこちない。


「来訪者、発見。ようこそ、スチームとサイバーとパンクが支配する書架へ。私はこの書架の番人、ルーシーM。君たちを歓迎します」


「はぁ、こりゃまたどうもご丁寧に」


「よろしくルーシー。私はリーリヤよ、ここの図書館の書架をやってるわ」


 ちかり、ちかり。

 ルーシーの兜の中。

 つばの奥が怪しく光る。


 くいと首を傾げるルーシー。

 彼は何を思ったか、突然リーリヤの耳に手を伸ばした。


 そのまま、彼はそれを上へとひっぱる。


 当然――。


「痛い、イタイ、いたいわ!! ちょっと、やめて、ルーシー!!」


 こうなる。


 顔を真っ赤にして、やめてやめてと、ルーシーの手を叩くリーリヤ。

 それでもしばらくルーシーはそうしてリーリヤの耳を弄くっていた。

 そして、ふとまた首をかしげると、今度はこちらの方を向いた。


「おかしいですね。こちらのメイドロイド、アンテナが外れませんよ」


「なんだよメイドロイドって」


「もう、やめてよ、びっくりしたじゃない。これは普通に耳よ」


「耳? 馬鹿な、人間の耳というのは、そんな尖がっているものではありません。そんな尖がったものを耳につけているのは、アンドロイドくらい」


「なによアンドロイドって。私は、エルフよ、エルフ。勘違いしないで」


「……エルフ」


 そう呟いて、またルーシーは首を傾げる。


 どうも話が噛み合っていない。

 駄目だこれは。とっとと本題に入ろう。

 別に俺達は、門番と漫才をしにきたわけではないのだ。


 メイドロイドだか、アンドロイドだかはどうでもよい。

 早くピョートルを治してもらって、この蒸し暑い場から立ち去る。

 でないとあれだ――俺らまで機械の身体にする必要になるかもしれない。

 本当に、熱い。


「まぁ、いいでしょう。ところで、今日は皆さん、いったい何の御用で」


「あぁそうそう、うちの大臣様がちょっと体の調子を崩してな。ここなら治せる奴がいると聞いてきたんだが」


「すまんのう、ワシなんじゃが、ちょっと見てやってくれんかのう」


「……ハテ」


 また、ルーシーが首を傾げる。

 どっこいせと、俺はその場にピョートルをおろした。


 すぐさま、彼はピョートルの体に触れる。

 しかし――。


「いたい、いたい!! ちょっ、何をするんじゃ!! もっと優しく扱わんか!! ドワーフの機械の体は繊細なんじゃぞ!!」


「いやいや、何をおっしゃる。こんなぶりきのからくりおもちゃのどこが繊細」


 べしりべしり。

 叩けば直るという感じに、ピョートルを殴打するルーシー。


 重い体を背負ってやって来てみれば、ぶりきのからくりおもちゃ扱い。

 思わず、俺もリーリヤもその場で息を噴き出していた。


「何を笑っておるんじゃ!!」


 怒るピョートル。

 しかし間髪いれずその腹に、また、ルーシーの平手打ちが入る。


「おいおいちょっと、そんな叩いて壊れたらどうすんだよ」


「こういう単純な仕組みのものは、叩いて直すのが一番楽です。叩いて直れば不具合、直らなかったら故障、壊れてしまえば寿命、です」


「やっ、こら、ちょっと!! 助け、助けてくれ、マクシム、リーリヤぁっ!!」


「あらあら。あたしエルフだから、ちょっと機械とかはあんまり」


「まぁまぁ。俺も馬鹿だから、ちょっと機械とかはあんまり」


「なにすっとぼけとるのじゃ!! 助けんか!! というか、前に来たときと扱いが違う!!」


 鼻水を流して助けを請うピョートル。

 いよいよ腹を抱えて笑い出すリーリヤ。

 その横で、まぁ、流石にこれ以上は可哀想かなと俺は小さく溜息を吐いた。

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