第44話 さよならマクシム【ギャグ/ゲスト:オリガ、ボールス、ピョートル】

「それでは、これより、故人、王立図書館司書補佐、マクシム・シャロノフの告別式を執り行います」


 葬式じゃなかったんかい。

 そんなツッコミを入れたいが、厳粛な場なので声は出せない。

 さらに自分が、告別される場ならなおのこと騒げない。


 俺は自分の告別式が執り行われている会場の中に居た。

 ただし、棺桶の中ではない。

 参列者の席の中に居た。


 別に幽霊なんて背筋の寒いものになった訳ではない。

 俺の命を狙う不逞の輩をあぶりだすために、一芝居を打っている訳でもない。そもそもそんな奇特な奴はこの世にいない。


 じゃあ、なんでこんな自分の葬式を自分で眺めるという、茶番めいたことをしているのか。それはわざわざ説明しなくても、俺の職業を考えていただければ分かるだろう。


 そう。

 例によって魔導書架がらみの話である。


「ううっ、マクシム。哀れな人。まさか欲張って丸ごと食べたピロシキを、喉に詰まらせて死んでしまうなんて。こんなことになるんなら、もっと優しくしてあげるんだったわ」


「死因なんて何も言ってないだろう。勝手に変な設定つけてもりあがってんじゃねえよリーリヤ」


「マクシムどの。まさか、大衆浴場で石鹸踏み抜いて転んで、そのまま滑って竈までつっこんっだ挙句、黒焦げになって死んでしまうなんて。オマヌケな死に方にも程があるであります。最後くらい格好つけて死ねばいいのにであります」


「どういう意味だおいこらオリガ。まるで人が年中コントしてるような口ぶりじゃねえか。というか、お前も一緒になって勝手に死因を捏造するんじゃねえよ」


「マクシム。思えば、お前とは長い付き合いだったな。初めて会ったのは確か――えっと、その、うんと、畑の裏の、藪の、中の、肥溜めの近くの、えっと、そうそう、尻を拭くための大きな葉っぱが」


「そんな所で出会ってないだろう。何を感慨深そうにでたらめ語ってんだボールス。というか、お前もふざけてんじゃないよ」


「マクシム。思えば惜しい奴をなくしたものじゃ。今時の若者にしては珍しく気概があり、堅物じゃが機転も効く。ワシャお前のことをなんだかんだいいつつ、認めておったんじゃ。なのに、こんな、こんなことに」


「……ピョートル!! アンタ、そんな風に俺のことを思っていてくれたのか!!」


「まさか裸で街の往来で躍り出て、鼻からパスタをすすってスプーンを振り回しながら、ワシは王国一のおおうつけと喧伝して周り、しまいに憲兵に尻の穴に槍を刺されて死んでしまうとは」


「おい、おい、なんだその死因!! 今まで一番酷いんだけれど!? お前の中で俺ってどういう扱いになってるの!?」


「人の心の闇というのは分からんものじゃのう。すまんかったのう、マクシム。本当にすまんかったのう」


 思い思いに好き勝手なことを言ってくれる参列者たち。

 お前ら、人をなんだと思っていやがるんだ。

 そんな間抜けな理由で死んでたまるか。もうちょっと普通の死に方するってえの。というか、そんなに俺は普通の死に方するように見えないのか。それはそれでちょっとショックだぞ。そこまでアウトローな生き方をした覚えはない。


「やめましょうピョートル様。一番身近に居た私がまったく気がつかなかったのです。こんなの誰にも分からないですよ」


「思えば、最後に図書館にお邪魔したとき――昼ごはんにパスタを食べようとマクシムどのが吾輩に言ったであります。あれは、そう、この伏線だったのでありますな」


「普通に言うだろ!! こじつけもいいところだろ!! というか、なにのっかってんだよ、リーリヤもオリガも!! お前ら普段仲悪いのにこんなときだけ!!」


「そう俺達はその尻を拭く便所の葉の下で、友情を、いや、肥溜めの横で、洗ってもいない手で堅い握手を」


「で、お前も思い出せないなら思い出せないであきらめろよボールス!! なんか酷い出会いになってるぞ!!」


 そして残念なことに彼らは魔導書架が生み出した幻影ではない。

 本人である。

 血の通った間違いのない人間たちである。


 この魔導書架を攻略するために付き合ってくれた仲間たち。わざわざ俺の葬式のために集まってくれた有難い奴ら。だが、始まってみれば散々というもの。ほんと嫌になるくらい好き勝手に、人の死を茶化してくれやがる。


 本当に悼んでんのか。

 真似事だからって、いくらなんでもふざけすぎなんじゃないか。

 葬式でふざけるなんて、常識のある人間のすることじゃない。


 いや、そもそもこの中で人間は一人か。

 しかもこいつに限っては、真面目にやろうとしてバカやってるんだものな。


 あぁ。

 死後こんな風にいじられるの俺。

 こんなんじゃ、おちおち死ぬこともできないじゃないか。


 隣の参列者たちに聞こえるように溜息を吐く。

 俺は再び視線を、面前の空の棺へと投げかけた。


 あの棺の中に眠っているのは、死んでしまった俺。


 ――ということになっている。


 ここは第二十六書架室。

 お葬式の魔導書が収められた書架室である。


「なんだよ、お葬式の魔導書って、何をどう魔導するんだよ。ほんと、何考えてんだよ魔法使い達はよぉ。こんなの作ってなんになるってんだよ」


「でました。世の魔導書に対して理不尽な怒りをぶつける。生前の彼の癖でした」


「俺でなくても文句言うわい。いつまでお前も司会モード入ってんだリーリヤ」


「だって貴方死んでいる設定でしょう。やだ、幽霊」


 やだじゃねえよとリーリヤの頭をはたく。

 おふざけはこれでしまいだ。


 例によって例の如く、厄介な魔導が収められている魔導書架。

 ここもやっぱり例に漏れず。葬式の真似事をしないことには、目的の魔導書が手に入らないのだそうな。


 正司書のリーリヤが言うものだからそうなのだろう。

 だから仕方なく棺桶の中身役を引き受けたのだ。

 それだってのに。


「正確には葬式にまつわる魔導書の類よ。葬式という大きなカテゴリにしたがって、色々な魔導書が収められているの」


「そんな葬式にまつわる色々な魔導書があるってのが、そもそもおかしいだろう」


「そんなことはないわ。たとえば、ほら、これとかね」


 黙祷、と、どこからともなく声がする。

 何がこれなのかと言いそうになってはっと気が付く。

 そういえば先ほどから、誰も居ないのに葬式が執り行われているではないか。


 これはどうしたことか。

 いや、言うまでも無い。

 おそらくも何も魔法に間違いない。


「葬式自動化の魔導書よ。司祭様とか読んじゃうとお金がかかるからね」


「ありがたみがねえ葬式だなおい」


「格式ばってないだけ気楽でいいって話もあるわ」


 それに続いて響いてきたのは賛美歌。

 またしても歌っている修道女たちの姿はない。

 なるほど。死者を悼む歌さえも自動化ですか。

 敵わないなぁ。


 こんな風に、魔法を使ってシステマティックに送り出される故人というのを、哀れと思う気持ちというか発想は魔法使いにはないのかね。


 ないか。

 もともと合理的に合理的にと五月蝿い奴らだものな。

 葬式だって合理的なのがいいとか本気で思っていそうだ。


「なるほど葬式に魔法の需要があるのは分かった」


「でしょう」


「それで、今回の目的の魔導書ってのは、いったいどういう効果のものなんだ」


 死体を荼毘に干してくれるのか。

 それともデスマスクでも取ってくれるのか。


 なんにせよ、棺の中に死体がないのだから、そんなもの取れるとは思えない。

 さてさてなんだろうかと眉根を寄せる。きっと、デスマスクにするには気の引ける形相を浮かべていることだろう。

 そんな俺にリーリヤは――。


「今日のはちょっと凄いわよ」


 なぜだか上機嫌なドヤ顔で言った。


 お前がそんな顔をするってなると、なんだか嫌な予感がするな。

 だいたいそういう時に限ってろくなことにならないんだ。


 そんなことを思ってますます顔をしかめた時だ。


 かたり、かたり。


 俺が入っている――という体になっている棺。

 その端がかすかに動いた。


「なんだ? 隙間風でも吹いてんのか?」


「まさか!! マクシムどのが息を吹き返したんじゃ!!」


「リーリヤに恨みを晴らさないままでは死ぬに死ねんと黄泉返ったか!! 天晴れじゃマクシム!! 流石はワシが認めた男!!」


「ちょっとぉ、どういう意味よピョートル様!!」


 しょうもないコントを繰り広げている間にも、棺の蓋がかたりかたりと横にずれて行く。

 そうして、三分の一ほどが棺の上からずれた時。

 ついに、がたりと葬式に似つかわしくない音を立てて、それは床へと落ちた。


 なんだいったいと眼を凝らす、一同。

 その前で棺の中からのっそりと顔を出したのは――。


 緑色に変色して、下膨れの顔になった、哀れな元盗賊。

 いや、元図書館司書補佐の男。


 でろりとその目玉が眼孔から抜け落ちて床に転がった。


 ゾンビ。


「はい。ご覧の通り、ゾンビの魔導書よ。難しいのよね、本の分類って。いろいろと考えるとお葬式ってカテゴリになっちゃうのよ」


「難しいって、お前!! 他にも色々あっただろう!!」


 なんで葬式と一緒にしたゾンビの魔導書。

 葬式した甲斐ない奴じゃないか。


 だーもう、ほんと、司書のくせして分類がおざなりなんだから、こいつは。


 呆れる俺の横で叫び声が上がる。

 それは仕方ない。誰だって、ゾンビなんてもんが目の前に現れりゃ、叫び声の一つ二つ上げるだろう。

 ホラーだよホラー。その反応はお約束だろう。


 しかし、それは残念ながら、ゾンビに向けられた悲鳴ではなかった。

 ゾンビの隣のモノたちに向かって発せられた反応だった。


「ギニャーッ!! ととと、隣の棺からは、包帯まみれのマクシムどのが!!」


「その隣には直立したまま飛び回るマクシムが出てきよったぞ!! なんじゃ、なんじゃこれは、どういうことじゃ!!」


「南の国に伝わるミイラに覇の国に伝わるキョンシーよ。世界各国に、こういう蘇りの伝承ってあるのよね。世界は繋がっていないというのに、不思議な話ね」


「話ねじゃねえよ!! どうすんだよ、おい!! 俺にそっくりな、ゾンビが三体って、ちょっとぞっとしないんだけれど!!」


 というか、死体が三つってどういうことだよ。

 なんで俺は死んで増殖しているんだよ。

 意識のある――死んでいない俺も含めて、この世に四体俺が存在することになる。そっくりさんの数を越えているってえの。


「三体? 四体の間違いなんじゃないの?」


「お前までメタなこと言ってんじゃないよ」


 ふざけんなという言葉が喉から溢れ出ようとしたその時。

 俺達の背中側にある部屋の扉が開いた。


 幻想の教会の中に、突然、闖入者が現れる。


 神々しい後光さすその姿。

 まるでありとあらゆるものに祝福されて、死の世界から舞い戻ってきたという感じのすがすがしい顔をしたそれは――。


 もちろん、俺、だ。


「これもそうなんだけれど、英雄の復活話ってのも、色んなところにあるのよね。死んでから数日たって復活とか」


「英雄、復活」


「どうかしら、人類の英雄として奇跡によって復活した感想は。最後のドラゴンスレイヤー、マクシムさん?」


 ――そりゃもうね。


 口にするのもおっくうなくらいに、最悪な気分だよ。


 ちくしょう。

 だから、なんでもかんでもおおざっぱに分類するな。

 ちゃんと整理整頓しろよ。それがお前の仕事だろ、正司書。

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