第39話 あめあめふれふれ【ラブコメ】

 一年の半分が冬という我が王国。

 そんな国において、雨というのは中々見られない。


 もっぱら空から降ってくるのは雪と雹と雷だ。

 ふっても小雨程度のかわいいもの。


 南国ではまるで滝のように雨が降る。なんて話をエルフの司書から聞いたときには、流石にそれは嘘だろうと笑い飛ばしたものだ。


 とまぁ、そんなことを言うからには、そういう事象を目の当たりにしている訳で。

 あるはずの天井から滴り落ちる散弾銃のような雨。

 その中を、俺とリーリヤや走りながら隠れられる場所を探していた。


「痛いいたいイタイITAI!!」


「あだだだ!? なんだよこれ、雹でもないのになんでこんな痛いんだよ」


「マクシム、前々!! ほら、あそこに建物があるわ!! とりあえず、あそこにいったん避難しましょう!!」


「でかしたリーリヤ。急ごう、ほれ、背中に乗れ」


 リーリヤを背中に乗せて俺は雨の中を走る。靴が濡れるのも構わず、水溜りを踏み抜いて最短距離でそこへと向かう。


 ちょっと、マクシム、もう少し、ゆっくり、と、リーリヤが言ったが構うものか。

 雨の中、息を切らしてようやくそこにたどりつくと、俺はすぐに、背中のリーリヤをその建物の軒下へとおろした。


「雨が、雨が眼に、鼻にも。なんで止まってくれないのよ、マクシム」


「止まったところでそう変わらないだろう」


「走ったところでそう変わらないわよ。あ、もしかしてあんた、まさか私を傘代わりにしたんじゃ」


 さて、なんのことやら。


 額の雨水を拭って一息をつく。

 五里霧中ならぬ五里雨中のただ中にこつぜんと現れた建物。

 それを眺めながら俺は首をかしげた。


 これはいったいなんだろうか。

 普通に木でできているところを見るに人工的な建物のようだが。


「で、リーリヤさんや、改めて聞くが、ここはなんの書架なんだ」


「第八十四書架、雨乞いの魔導書がおさめられてる書架室よ」


「雨乞いねぇ。ちょっとなんでも効果てき面すぎるだろう」


「この調子で現実で降ってくれるとそりゃありがたいんだろうけどね。ただまぁ、切実さが違うってのもあるわね。砂漠の魔法使いが書いたものだから」


「この調子で降られたら、砂漠もたちまちジャングルさね」


 嫌味をいいながら、建物の陰になっている部分をのぞきこむ。

 ふとそこに引き戸があるのに俺たちは気がついた。


「中に入れるみたいだぞ」


 リーリヤを手招きする。

 服の端を絞って、水気を抜いていた彼女は、とてとてとこちらへと歩いてきた。


 人が住んでいる――にしては、どうもそういう気配がない。

 いや、図書館の中である、人が住んでいるわけがないのだが。


「こういう書架ってどうなんだ。番人制なのか」


「祈祷師とかがなる可能性もあるけれど、自然現象だからね、あんまり考えにくいかも知れない」


「だとするとこの建物の存在は分からんよな」


「もしかして、雨乞いの儀式に使う、いけにえの祠だとか」


 怖いこと言うなよお前。


 確かに自然神に対する信仰というのには、とかく生贄だとか、過酷な風習なんてのがつき物だ。けれど、雨乞いだぞ。生贄なんて捧げるか。


「私の住んでた集落に伝わる雨乞いの話だと、池に宝石や衣装で着飾った若い娘を沈めてたらしいわよ」


「マジかよエルフ、残酷だな、おい」


「本当に昔の話だから。今はそんなこと当然してないわよ」


「俺のところじゃ、近くにあった山の神の祠に、作物だのなんだの備えて、それから薪を燃やしてってのがおきまりだったな。生贄なんて、とても、とても」


 というかそんなことしてもどうにもならんことを、人間も学んできてからな。


 神様が若い娘に鼻の下伸ばして雨降らすようなら、そんな分かりやすくて扱いやすいことはいない。

 そんな神がいるなら、そも文明の興亡なんて起こらない。


 おそらく、そういう場所ではないだろう。


 俺はその扉をそっと横へと引いた。

 暗いその扉の向こうに眼を凝らせば、見えてくるのは、ずらりと並んだ本の棚。

 なるほど、ここは小屋でもなんでもない。


「無駄にでかい書架かよ。びびらせやがって」


「濡れるのが嫌だからここだけ元のままってことかしら。こすい魔導書だわね」


 なんにせよ、目的の本はこの中にあるということ。

 いつもの捜索と比べればなんとあっけのないことだろう。手早く仕事が片付いてよかったという反面、拍子抜けという感じもしないでもない。


 ざあざあとあたりに響く雨音も鬱陶しい。

 さっさと終わらせて帰ろうか。


「へくしっ」


 そんな気分になった俺の後ろで、リーリヤが鼻をすすった。


「どうした、濡れて体を冷やしたか」


「そうみたい。大丈夫、心配ないわ、これくらい」


「無理すんなよ」 


 すぐに上着を脱ぐ。

 ほれ、と、リーリヤへとそれを差し出す。

 すると、俺のそんな行動が信じられないのだろう。

 眼をむいた彼女は、いっこうにそれを受け取ろうとしない。

 逡巡している間に、二回目のくしゃみをそれに吹きかけてきた。


「あら、ごめん」


「ごめんじゃねえよ。汚いな。人の親切をなんだと」


「あっ、やっぱり親切なんだ。何かスケベ心でもあるのかと思っちゃったわ」


「どういうイメージ持たれてんだよ、俺は、お前に」


 いいから着ろ。

 俺は無理やりにリーリヤにそれをかぶせる。


 男と女というのもある。

 だが、エルフと人間というものもある。


 小柄というより痩身の多いエルフ族に、俺の服はやはり大きいようだった。


「手が出ない。ぶかぶかね」


「文句言うなや。ったく、人がせっかく貸してやったってのに、ぶつくさとなんでもケチつけてくれるんだから」


「もしかして、さっきの嫌味のこと、本気にしちゃった」


 五月蝿い。

 そんなんじゃねえよ。

 ただ単純に、お前に風邪を引かれると、いろいろと面倒だ。

 それだけのことだ。


「ぶつくさ言うなら返せよ」


「やぁよ、せっかくだから、大切に使わせてもらうわ」


 ふふっ、と、笑ってあまった袖を持ち上げる。

 それで口元を隠すように笑うリーリヤ。


 濡れていろいろなところが透けているからだろうか。それとも濡れて頬に吸い付いている髪のせいだろうか。はたまた、水っぽく艶やかに輝くその肌のせいだろうか。

 なんにせよ、あまり直視する気にもなれなくて、俺は、ふんと、鼻を鳴らして彼女から視線を背けた。


 はぁ。

 しかし、いつになったら止むのかね、この雨は。

 ずっと降っているのか。


 きっとそうなのだろうな――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る