第36話 森の本とエルフ【ギャグ】

 馬車に揺られてどこどこと、やって来たのは北の森。

 所謂、貴族たちがこぞって夏をすごす、避暑地と呼ばれる場所だ。


 田舎育ちの貧乏人。

 避けるのは武器と警備兵。

 リゾートなんかにゃ生まれてこの方縁がない。

 そんな俺がこんな所に来たかといえば、リーリヤの奴に誘われたからだ。


 でなければ、なんでわざわざ自分から進んでこんな場所に来るものか。

 いやまぁ、来れるもんなら来たいですがね。

 貧乏は辛いよ。とほほ。


「個人的な旅行なら予算は出さないけど、王立図書館職員の慰安旅行なら出すって言われたのよね」


「ピョートル。ほんと、ありがとう。マジ感謝しかねぇ」


「どう、こんなハイソな避暑地、貴方、行ったことないでしょう?」


 まるで自分はいったことあるような口ぶりが鼻につく。

 鼻に着くけど、実際、行ったことはなかった。

 そして、魅力的な旅行だった。


 そこに加えて、ここ数週間にわたって王都は近年まれに見る猛暑日。

 通年通りの気候ならば数日も使わない、あるいは袖を通しもしない、半そで。

 そんな衣服で外を出歩く人も多いときたもんだ。


 図書館の外に出てまでお前の面倒を見るのはなぁ。

 そんな、悪態でしぶってみせたが、最終的に俺はその話に乗ったのだった。


 だってしかたないじゃない。

 実際、一生行けるかどうか分からないんだもの、こんな高級リゾート。

 そらタダで行けるといわれりゃ行かない手はないですわ。


「ううん、いい景色。綺麗な湖畔に、涼しげな空、青い山々に森から聞こえてくる小鳥の声。これぞ避暑地ってかんじよねぇ」


「こりゃまた風光明媚なところだなぁ」


「貴族があありがたがって群がるのも分かる景色よね。湖では、美味しいチョウザメが取れるそうよ。キャビアよ、キャビア。食べたことある?」


「キャビアか、ないなぁ。至れりつくせりだな」


「いいとこ選んだでしょ。褒めてくれてもいいのよ」


「すぐ調子に乗りやがって。だが、でかしたリーリヤ」


 うっきうっきと肩を揺らして荷馬車から降りる俺とリーリヤ。


 世話になった御者に礼をしていざ避暑地へ。

 荷物を手に本日泊まる予定の宿を探す。

 国が押さえている保養地で、元は古城を改造したホテルなんだそうな。


 専属のコックや管理人も居るそう。

 時には吟遊詩人がやって来て、夜食を盛り上げてくれると言う。

 まさに高級リゾート。

 期待が膨らむ。

 いやもう、旅に出た瞬間から膨らみっぱなしだ。


「これであとは温泉でも湧いてりゃ言うことないんだがな」


「湧いてるわよ、温泉!!」


「マジか!?」


「湯元から泊まってるところまで源泉かけ流しよ。あと、ここって王家に納入するお酒の貯蔵地でもあるのよね。古くなったのは交渉すればのめるかもしれないわ」


「俺の中でお前の評価が今二段飛ばしで上がったよ。たまには気の利いたことするのな。明日、嵐にでもならんかしら」


「失礼な言い方ねぇ、素直に感謝したらどうなのよ」


 温泉があり酒もある。

 俄然テンションみおあがる。

 そりゃ貴族もありがたがってやってくるわな。俺だって、遊んで暮らせる金があって、暇があるなら、毎年そうするわ。


 二泊三日の短い時間だが、せいぜいブルジョワ気分を味わうとしよう。

 ひゃっほう。


 その時。

 がさりと横の茂みで物音がした。


 獣や風によるものとは違う。

 明らかに、人が何かに寄りかかるような物音。


 やっぱり性根が盗賊。

 冒険者崩れ。

 俺は視線を自然にそちらに向けていた。


 少し離れたところの木の陰に人影が見える。


「なんだ、先客か?」


「おかしいわね。私たち意外に宿泊客はいないはずなんだけれど」


「うんじゃあ原住民か。野良エルフとかかな」


「野良猫みたいにエルフを言わないでくれる。居るわけないでしょ、エルフってのはもっと人里はなれた山奥や森の中に集落を」


 警戒する俺の気も知らず、エルフについてのご高説を開始するリーリヤ。

 彼女のご高説と裏腹、木の陰からひょっこりと顔を出したのは、間違いなくその山奥や森の中に住んでいるはずのエルフだった。


 しかしながら、格好が――。

 なんというか――。


 ちょっと、イメージと違う。


「……なに、あれ」


「……OH」


 リーリヤの説明が止まったのも無理はなかった。

 彼女の高潔なる同族様の格好はみるからにおかしかった。


 昼日中。

 街を歩くにしろ森をあるくにしろ、けったいな格好。

 半袖よりもあり得ない露出度。

 いわゆる下着姿に近いような格好でそこに立っていたのだ。


 そして、リーリヤにはない、はちきれんばかりの胸の果実。

 そう。胸のたわわな果実。

 それが、木漏れ日を浴びて妖艶に揺れていた。


「……辺境のエルフってのは、こんな風に情熱てきなのものなのか」


「馬鹿言うんじゃないわよ!! そんなことある訳ないでしょう!!」


「……まぁ山奥に住んでるわけだから、着る物にも苦労するわな」


「苦労しない!! ちゃんと定期的に街に出て買ってます!! それでなくても自分たちで編むから!! あんな原始的な服を着ている部族なんて、数千年前に滅んでるわよ!! ファンタジー、ファンタジーの中の存在よ!!」


「いやだって、現に」


「まぼろし!! 幻術!! 魔法!! あるいは夢!! プラズマ!!」


「分かった。お前と違って、胸が大きいから着れる服が」


 エルフパンチ。


 魔法の力で硬化された文字通りのグーパンが俺の頬を穿った。


 痛いじゃないか。

 お前、ちょっとした冗談じゃないか。


 びっくりする俺をさておいて。


「ちょっと貴方、どこの部族の娘よ!! こんなところでそんな格好して、親にどういう躾を受けてきたの!!」


 さきほどまでのうきうきとした足取りはどこへやら。

 清廉なエルフというにはあまりに荒っぽい大また開きで木陰の娘に近づくリーリヤ。

 ぷりぷりと膨らんでいた頬が、どうしたことか、彼女の前に近づくと、すっと小さくしぼんだ。


 なんだろうか。

 俺もリーリヤの後ろに続く。


 ちょうど木陰にいる女エルフ。

 その足元を隠している茂みの前で立ち止まっているリーリヤ。

 彼女の横に並べば――なるほど。


 おもわず止まったそれが目に入った。


「なんだ、あの、エルフの娘の足元にある本」


 彼女の立っているちょうどその真下。

 開かれた本が置かれている。

 ついでに言えば、どうなっているのか。

 エルフの女の足は、その本の中に吸い込まれているではないか。


「立体幻像魔術よ。あの足元の魔導書から、幻を発生させているのよ」


「へぇ。あぁ、確かに言われてよく見てみると、女の姿が透けて見えるわ」


「蜃気楼の原理の応用よね。結構簡単な魔術よ」


 なるほどなるほど。

 エルフ娘の姿はまぼろし。

 本当に、ファンタジーの存在だったのだ。


 しかしそうすると、あれは魔導書になるわけか。


「いったい何の魔導書だ。若いエルフの娘の幻像なんて見せて。目的が分からん」


「いわゆる観賞用よ」


「観賞用?」


「特殊な用途の魔導書ってこと!! 言わせないでよ、恥ずかしいんだから!!」


 顔を真っ赤にするリーリヤ。


 その仕草でいろいろ察した。

 これを作った魔術師たちがどういう意図でこれを世につくったのか。

 そこに思い至った。


 またくだらないことに魔術を使いやがって。

 揃いも揃って、アホしか居ないのか魔法使いというのは。


「エルフに対する偏見もいいところだわ。こんな奥ゆかしさのないエルフ、居るわけないじゃないの。だいたい、このくらいの外見になる頃には、二百年は生きているはずなんだから、こんな格好で出歩くような陽気な頭してるわけがないのよ」


「いやだから胸が大きくて」


「エルフの娘の八割はひん――美乳なのよ!! こんな体型しているエルフなんて、百年に一人居るかいないかだわ!!」


 まったくこれだから素人魔法使いは困るの。

 絶叫するリーリヤ。


 いやけど。


 男として言わせていただければ、忠実に作ればいいってもんでもないだろう。

 こういうのは、男のロマンなのだから。

 そうしてしまった気持ちも、少なからず分かる。


 しかし、そうか、エルフは八割貧乳なのか。

 エルフの娘が幻なことより、そっちの真実の方が俺としてはショックだ。


「それにしてもどうしてこんな所にこんな魔導書が。これ、趣味は悪いけど、それなりにお金がかかってるわよ」


「そんなもんなの?」


「モデルもなくここまで精巧なものを作ろうと思うと、それこそエルフに関する知識はともかくそれなりの魔法の素養がないとね。ちょっと名のしれた魔法使いでないと作れないわ。それこそ軍の魔法技官レベルじゃないと」


 魔法技官とは。

 軍隊において一個師団と同等にみなされる一人戦略単位だ。


 つまり現代の大魔法使い。


 哀れな娘を魔法で助けたり。

 流浪の王子を王座に導いたり。

 そんな伝説級の実力を持った、そりゃもう高給取りな奴らである。


 そいつらに頼んで作ってもらうとなれば、それはもう想像できない値段だろう。


「本当かよ、少なくとも、そんな風なものには見えないぜ」


「どういう意味よ」


 振り返ったリーリヤに俺は指でそれを示す。

 森の奥には目の前のエルフの娘以外にも人影が見える。


 それも一つ二つではない。

 両手で数え切れないほどの、破廉恥な姿の娘。

 あるいは若い男。


 うっふんあっはん。


 思わず、風にのってそんなせりふが流れてきそうな、いやらしい光景。


「あれ、全部、そうなのか」


「みたい」


「なんでこんな大量に、こんな高価で、特殊な本が、森に撒かれてるんだよ」


 考えられることはただ一つ。


 ここに、それらの本が違法に投棄されているということだ。


 中から美男美女が飛び出してくる本。

 それをこんな人が滅多にこないような山奥に捨ててしまう。

 その理由は、簡単に思いつく。


 違法には違法だが。

 ある意味で仕方のないこと。


「庶民も貴族も、考えることは同じってことか」


「のんきなこといってる場合じゃないでしょ。これ、このまま放っておくわけにはいかないわ。国の風紀に関わるわよ」


 エルフの世間的なイメージじゃないのか。


 とはいえ、こんなのを横目にバカンスもなにもあったものではない。

 しぶしぶ俺はリーリヤの睨み顔に頷いた。


 休みにきたというのに、森にばら撒かれた魔導書集めに汗を流すことになるとは。

 やれやれ、とんだバカンスだぜ。

 イヤンバカンス。なんて、言ってみても虚しいばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る