第25話 嫁と丸秘本【ラブコメ/ゲスト:ボールス】

「最近下の世話が大変で。頼むよマクシム、助けてくれ。図書館の秘蔵の丸秘本を貸し出してくれないか」


「帰れ!!」


 会うや開口一番、下の世話である。

 土下座と共にそんなくだらないことを言ったボールス。

 かつての戦友に俺はなんの躊躇も泣く罵声を浴びせかけた。


 もちろん分かっているさ。

 久しぶりに訪ねてきた友人にかける言葉でない。

 そんなことは分かっている。

 だが、それでも流石に叫ばずにいられなかった。


 丸秘本を貸してくれだと。


 大の男、それも戦士なんて職業をしている男が、土下座して言うことか。

 あきれも怒りも通り越してなんの感情も沸いてこない。


 図書館に丸秘本を借りに来る奴なんているかね。

 いないと思うね。

 そもそも丸秘本がある訳がない。

 あったとしても、とてもじゃないけど借りていける神経なんてないだろうね。


 心臓に毛でも生えているっていうなら話は別だろうけれどもさ。


「できれば金髪バインバインのナオンちゃんが載っているのが」


「帰れっつってんだろ!! そんなもん、図書館に置いてあるか!!」


「頼むよ、お前しかこんなこと相談できる相手はいないんだ」


「娼館でもなんでも行けばいいじゃねえか!! むしろ男にそんな話をしてどうなるっていうんだ!!」


「そんなもん、行けたらこんな苦労してる訳ないだろ!!」


 仏のボールス。

 動かざること山の如しのボールズ。

 安心と抱擁感のボールズ。


 とまぁ、温厚なことで有名だった元戦士。

 そんな彼にしては珍しい、この鬼気迫った感じ。

 もちろんそういうピンチはパーティを組んでいる時になんどかあったが、それでもここまで平時に取り乱すことはそうそうない。


 何か事情があるのかもしれん。


 というか、何の事情もなしにこういうことを言う奴ではない。


 がさつではある。

 だが、一応これでも元は騎士崩れ。

 礼節はきっちり弁えている。


 とりあえず中に入れよと俺は自室へとボールスをあげた。

 そして、手近にあった木箱を椅子代わりにして座らせると、うなだれるボールスに何があったんだと尋ねた。


「俺が結婚したのは前に話したよな」


「あぁ。結婚生活が順調じゃないのか?」


「いや」


「だったらお前、奥さんに相手してもらえばいいじゃないか」


「簡単に言うなよ。彼女、今、妊娠していて辛い時期なんだ。あまり体に負担のかけるようなことはしたくない」


 なるほど。

 あぁ、なるほど、そういうことか。

 こいつなりに嫁のことを考えてのことだったのか。


 相変わらず、戦士の癖によく周りを見ている奴だ。


「けれどもそれならなおのこと、こんな裏切るような行為よくないぜ」


「分かっている。分かっているんだが、それでも、そこは男の性だろう」


「まぁ、それはな」


「嫁も自分で慰めるのは認めてくれているんだ。だがな、流石にこの歳になってくると想像力というのも働かなくて」


 なまめかしい話だなおい。


 そういうの気にしない、出しちまったらはいおしまいって感じの恰幅してる癖に。

 周りへの気配りと言い、これと言い、根が繊細なんだよなこいつ。


 しかしようやく合点がいった。

 想像力を補うのに、魔法図書館に適した書物がないかとお求めな訳か。


「だが、俺に相談されてもよ。俺はあくまで司書補だから、どれがいいとかどんなのがあるとか、そういうのは分からねえんだよ」


「なんだと。お前、ここに勤めてもうだいぶになるだろう。いい加減仕事を覚えたらどうなんだ」


「魔術の素養があったらもっと良い仕事してるっての」


 というか、よく知ってるだろ、俺の魔力が人並み以下なの。

 それが原因で、ろくに魔法が使えないこと。

 人並み以下でなくったって、あんな面倒くさいもの使う気にはならんが。


 閑話休題。

 なんにしたって、この話は俺の手に余った。

 いいかと前置いて俺はボールスに言う。


「と言うわけで、残念ながら力になれねえ。聞くならリーリヤだが……」


「よし、リーリヤ殿だな、わかった」


「わかってねえじゃねえか!! お前、爆発魔法でぶっとばされたいのか!?」


 部屋から駆け出そうとするボールスを引き止める。


 普通に女性に丸秘本がどうこうなどセクハラ案件である。

 ほんと、ぶっ飛ばされるだけならいいが、命に関わりかねない。

 そして、こんな脳みそ海綿体男をけしかけた俺も、お前が元凶かと同じ目にあうことだろう。そこまでリーリヤの奴が暴走する姿が、簡単に想像することができる。


 とはいえ、ボールスに言った通り。

 俺は司書補で司書じゃない。

 丸秘本があるかないかどころか、どんな本がどこにあるかもわからない。


 ここは一つ策を考えなくてはな。


「なんと聞けば良いのか。そういうことに使うと悟られずに、それとなくそれっぽい内容の本のありかを聞き出す方法はねえかなぁ」


「女装したいからかわいい女の子が出てくる魔導書はないかと聞くのはどうだ?」


「それだとお前、俺が明日から路頭に迷うことになるだろ」


「だったら、東洋の島国伝わる、ニョータイ盛りという料理を作りたいというのは」


「そう変わらんわ」


 もっとオブラートに包んで聞けよ。

 どっちもやらしさ八割漏れてるってえの。

 前者は更にそこに変態性まで加わって手に負えない。


 まぁ仕方ない。筋力にステータスを全振りする人生を送ってきたボールスに、良い知恵は期待することが間違っているのだ。


 ここは俺が頭をひねるしかないか。

 とは言え、良いアイデアなど――。


「そうだ。嫁にプレゼントする服を選びたいんだが細かい採寸が分からない、どうにか嫁のコピーをつくるような魔法はできないか、というのは、どうだろう」


「それだ!! それならフェオドラもきっと怒らない!!」


「よし。それと決まればリーリヤに」


「貸さないから」


 ぞわりと背中に悪寒が走る。


 そっと声のしたほうを振り返る。


 部屋の入口。

 その扉の隙間から、じっとこちらを見ているエルフが居た。

 冷めた目をした、エルフがそこには居た。


 その瞳には当然のように光がない。


「リ、リーリヤさん、いつから、そこに」


「貸さないからね。このドスケベ変態万年発情サルども」


「おい、こら、聞いてたんなら分かるだろう。サルはこの筋肉バカだけだよ」


「リーリヤ殿、前にマクシムが、リーリヤ殿の下着にいつもお世話になってると」


「てめえコラ!! なに大嘘こいてんだよ!! ボールス!! 嘘だぞリーリヤ、俺はお前の下着はおろか、体にだって欲情したことはないから!! というかお前のその体のどこにそういう気持ちになるような箇所が」


 メテオリート・ヴズルィーフ。


 月桂樹の杖が弧を描き、俺の部屋に無数の隕石が落下する。

 隕石魔法。無属性の癖に強烈なダメージを与える感じの奴だ。


 そんな。

 俺は別に、神に誓ったってそんなことしてないというのに。

 あんまりである。

 ほんとぜんぜんそんなことないのに。


 俺はもっとばいんばいんのボインちゃんで優しいバブみのある――ぐふぅ。

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