第18話 真珠掘り【シュール】
魔術儀式にた宝石が使われることは俺も知っている。
魔術と高価な宝石は切っても切れない関係にあるのだ。
しかしまさか、その宝石にまつわる魔導書というものがあるとは知らなかった。
本当、なんでもあるな、魔導書ってやつは。
「鉱石は古くから魔術の触媒として有名だからね。人工的に造ることができるものもあるし、鑑定のためにも色々とノウハウはまとめる必要があったのよ」
「ほう、そんなまっとうな理由があるのね」
「当たり前じゃない。必要性がなければ魔導書なんて造らないわ」
「今まで入って来た魔導書架に必要性を感じたことなど一度もないのだけれど」
俺はまた魔術師が道楽で書いたものかと思っていた。
だが、そんな忌憚ない意見を吐露すると、そんなことある訳ないでしょうと、リーリヤはぷりぷりと頬を膨らませた。
まぁ道楽で魔導書なんてな。
こんな厄介なもの普通に考えて造らないか。
専用書架が出来るほどに数もあるわけだし。なんといっても漏れでた魔力で立派な坑道ができるほど、魔力を蓄えている本な訳だしな。
等間隔に壁にランタンの結わえられた坑道。
その億をぼんやりと眺めながら俺はしばし放心した。
第十五書架室、鉱石の魔導書の書架は、におい立つ土の香りに満たされている。
炭鉱夫というのがどういうものかは分からないが、なんだかそういう気分にさせてくれる、どうにも男心をくすぐってくれる書架だ。悪くない。仕事でなければ。
「どうして坑道になるかね」
「鉱石の魔導書だからね。そりゃそうなるでしょ」
「別に宝物庫とかでも」
「宝石なら、そうなるかもしれないけど。まだ、加工前だからね」
「なんで加工して使わないんだよ魔術師ども」
「知らないわよそんなこと言われても」
出土したまんまのほうが、なんとなくありがたみがありそうだからじゃない。
なんて身も蓋もないことを言うエルフの魔術師。
こいつも知らんのか。
まぁ、王立図書館司書の安月給では、宝石なんて買い揃えている余裕はないか。
なんて心で毒づいたのだが、何故だかすぐにリーリヤはこちらを振り返った。
「なんか失礼なこと思ったでしょ」
「思ってねえよ」
勘の鋭いリーリヤ。
じとりとこちらを睨む目は鋭い。
実際失礼なことなど微塵も思っていないさ。
事実を思ったまでだ。
「あぁ宝石の間だったらなぁ、いくらかくすねて宝石商にでも売りつけてやろうかと思ったのにさ」
「紙の宝石に価値なんてないでしょ」
「いや逆に考えろよ。宝石なのに紙ってのが、また希少価値があっていいだろ。その手の蒐集家が喜びそうだとは思わないか」
「流石に元盗賊ねぇ。悪知恵だけはよく働くわ」
「まぁな。これくらい頭が回らないと盗賊でも食ってくのは難しいのよ」
「けど駄目よ」
リーリヤが当然止めた。
なんでだよと尋ねる前に、彼女は手にしていた杖を一振りする。
すると、ちょうど手前にあった土くれの壁がもろりと崩れる。
崩れた壁の土。
その中から一握りの石が出てくる。
でかい、そして、まぶしい。
それは白く輝く美しい鉱石。
ダイヤか、水晶か、白金かと、俺の心が躍るその前で、リーリヤはそれを拾い上げると、えいやとその端を指先で弾いた。
ぽんと気味のよい音と共に鉱石が割れて、その破片が空を飛ぶ。
「うぉ、なんてもったいない」
「とまぁこんな感じで。所詮紙で出来ているものだから、簡単に壊れるわ」
「なんと」
そりゃなんとも残念。
また、こうして簡単に壊れるということは、リーリヤの得意な炎魔法で燃えるということだろう。
燃える宝石というのも、なんだか神秘的な感じがしないでもない。
だが、根本的な宝石の価値から相反する反応だ。
とかく、これで、工業的な用途では使えないということは分かった。
だがなんとか宝飾、それこそ宝石にするのならいけるのではないか。
地面に転がっている、先ほどリーリヤが指で弾いたそれを拾い上げる。
すると――。
「げ」
「どう、魔術に疎い貴方も、流石に察してくれたかしら」
リーリヤが作り出した宝石の破片、その断面はどうしたことか、そのキラキラと輝く外面とは違って、クリーム色のまさしく紙の束になっている。
どうやら、外面だけが宝石。
中は紙ということらしい。
これじゃまともに加工もできない。
「なんだよ、ちょっと臨時収入がとか期待してたのにさ」
「おあいにくさま。というか、そんな詐欺まがいのこと許すわけないでしょ」
「あれだな、宝石メモ帳とか言って、売れないかなこれ」
「アンタ本当に商魂たくましいわね」
司書より商人のほうが向いていたんじゃないのと、リーリヤが苦い顔をする。
そうさね、今からでも図書館辞めて、そっちに転職しようかしらね。
なんにしても、つまらねえ書架だな。
はぁ、来て損をした。
「はぁ、骨折り損って奴だな。とっとと仕事済まして帰ろうぜ」
「損はしてないわよ、これが仕事なんだから。けど、とっととってのには賛成ね」
「しかし、こんなまがい物の鉱石しか作れない魔導書を引っ張り出してきて、いったいなにするつもりなんだ、王妃さんは」
「しかるべき材料さえ揃えられれば、話は別なのよ」
「マジか」
だったらその後にでもその魔導書を貸して欲しい。
言った矢先に首が絞まった。
はい、そうですね。
図書館の魔導書をそんな私利私欲に使ったら駄目ですね。
「しっかし、まだ見つからないのマクシム。もうかれこれ長いけれど」
「そうなんだよな。土臭いにしても、全然、流れてこないんだよな、その、鉱物の魔導書の臭いがさ」
「変なガスにでも鼻をやられたのかしら」
「怖いこと言うなよ」
どこにあるんだろうな。
そう呟いて、俺はリーリヤから白本を受け取る。
魔導書の切れ端を封印している、その白い本の背表紙にはリーリヤの書いた拙い文字があった。文字が読めない俺だがどうやらそこにはこう書かれているらしい。
『真珠の神秘』と。
真珠って言えば、丸くて小さいあの鉱石か。
小さいので目にはつかなくとも、臭いくらいはしそうなもんなんだがな。
しかし坑道からは全然その匂いは漂ってこない。
嘘だろう。アレも宝石だよな。鉱石なんだよな。
そう不安になるくらいだった。
「しかし不思議な感覚だな、あんな綺麗なもんが土に埋まってるなんてな」
「そうよね。どうやったらあんな綺麗にまん丸なるのかしらね」
「俺はてっきり粘土でもこねて造るのかと思ってたよ」
「山育ちの癖に貧困な発想ね」
確かにそうだが、俺の育ったところには坑道なんてなかったんだよ。
そういうお前だって森育ちのくせに、さ。
「いや、世の中まだまだ知らんことばっかりだわ」
「ほんとよね」
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