第19話

「資格とって、たくさん訓練積んで、実際に船に乗れるようになったら、猫乗せようと思うんだ、一緒に。」

「ねこ!?」

「うん。真っ白い猫。だって黒だと汚れてるかどうかわかんねぇじゃん?・・・そんで、その白い猫を毎日嫌っていうほど洗ってやってさ。あ、でもペルシャみたいなお高い奴じゃなくってさ、ガラス玉みたいに目のくりっとした、雑種の猫でいいんだけど。」

そう言うと良太はジュンと目を合わせて意味ありげに微笑む。

「もしかして、思いつき?今の。」

「うん、バレた?」

「ははっ、やっぱりな。」

笑顔のままの良太にジュンも笑い返した。この会話に、解せない表情をしていたマサキもつられたのか、にやっと笑うと、さっきジュンがカウンターの隅に置いた空の一輪挿しを取り上げて意味もなく高々と持ち上げた。

ひとしきり笑った後、良太は一瞬真顔になって呟いた。

「でも船乗りの話はほんとだぜ?」


―何となく、何にでもなれると思っていた。やる気さえ出せば、やりたいことが見つかれば、自分は何にでもなれると思っていた。

幼い頃からたくさん思い描いていた夢が何ひとつとして叶えられておらず、未だに平凡な人生のまま毎日をだらだらと生きているのは、自分にはまだやりたいことが見つかっていないからだ、と思っていた。

やりたいことが見つからない以上、やる気なんて起きるはずもない。こればかりは自分のせいではなく、言ってみれば仕方のないことなのだ。

“横文字ちょうちん”を見ながら家路につくときも、活動的なユキと付き合っていたときも、奥野の退学を耳にしたときも、いつでもそう自分に言い聞かせていた。

しかし、本当はどこかで、それぞれのやりたいことへと迷わず進んでいこうとしている彼らが羨ましかったのだ。そして自分がいくら目を凝らしても見えてこない将来というものが彼らにははっきりと見えていることが悔しかったのだ。それを認めてしまうことが、純粋に夢を追う奴らに置いていかれることが、怖かった。

ムリしちゃってぇ、かつて幾人もの人にこっそりと投げたはずの言葉が、今は自分自身に跳ね返っている。

何故気づかなかったのだろう。やりたいこととは見つかることを待っていなければならないものではなく、自分から見つけるものだということを。自分はいつしか「待つ」という受け身の行為すら通り越して、「諦め」という守りに入ってしまっていたということを。


「お前ら、受け身でもいいけど、守りには入るなよな。」

酔ったマスターがいつか誰に言うともなく言った言葉が頭のなかをかすめていった。

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