第18話

-俺の親父さ、船乗りなんだ。って言っても漁師じゃなくて、外国航路の乗組員ってやつ。貨物船から客船まで色々乗るから、一年のうち半年以上は船の中で過ごしてる感じ。

「俺はな、毎日世界中の海を見られるんだぞ、日本中の誰よりもたくさんの人や荷物を運んでるんだぞ、すごいだろ。」って、帰ってくる度にどこの国のかわかんねぇような横文字の土産を部屋一杯に広げて、まだガキだった兄貴と俺の頭撫でながら嬉しそうに自慢してた。親父はゆくゆくは俺たち兄弟にも、自分と同じ道を歩ませようと考えてたらしい。・・・ってことは、最近母親から聞いたんだけど。

ちなみに兄貴はいま海上保安庁の管轄で仕事してる。海上保安庁っていうと偉そうに聞こえるけど、兄貴の仕事は地元の領海ギリギリのところで何時間も何日も、大した装備がない小さな船に乗って、通る船が合法なものかどうか判断して上に報告するだけのものだから、そんなにすごいものじゃないと思う。ま、それはいいんだけど・・・。

今日タンカー事故あったじゃん?俺がここに来る前も駅前のでっかいテレビが映してたけど。・・・実はさ、親父、二年前にタンカー同士の衝突事故で大怪我してさ、意識ははっきりしてるけど、身体が動かなくて今も入院してる。当然船には乗れないから、毎日船の模型作って過ごしてるらしい。

・・・そのときの話だけど、怪我をしてアメリカの病院にいる、って連絡もらったときはびっくりしたよ。俺は受験勉強、兄貴は仕事で忙しかったけど、家族みんなでアメリカに飛んだ。病院に着いたとき、親父、小さなベッドで身体のあちこちに包帯ぐるぐる巻かれて寝てた。痛そうな格好してるくせに、俺たちの顔見たら笑いやがった。それを見て正直安心したね。しばらく普通に話をしてたんだけど、怪我の理由だけはなかなか喋ろうとしなかった。それで無理やり怪我した理由を訊いたら、どこの国のかもわからないような相手の船の乗組員を助けようとして溺れたから、って、照れくさそうにやっとそれだけ言った。船乗りのくせにカッコ悪いだろ、って。

兄貴は「確かに情けないね」って鼻で笑ったよ。兄貴はいつも親父の仕事をバカにしてたからね。「乗組員なんてカッコ良いこと言ってるけど、結局は雑用係だろ」って。

だけど俺はそうは思わなかった。小さい頃見た、嬉しそうな親父の顔。あれは雑用係なんていう冷たい響きの言葉なんか寄せ付けないくらいいい顔をしてた。あくまで今から考えれば、だけど。たぶん親父は自分の仕事を誇りに思ってきたんだと思う。

・・・俺は、兄貴と違って親父の仕事をバカにはしてなかったけど、だからといって親父の後継いで船乗り二世になろうとは思ってなかった。面白そうだし、別になってもいいかな、とは思ってたけど。だから大学も船舶系と全く関係ないところ選んだし。だけど、さっき家でタンカー事故のニュース見てたら急に親父の顔が浮かんだんだ。病院で弱ってる親父の、じゃなくて、俺が小さい頃見た親父の顔。俺学校の成績も悪いし、努力するのも好きじゃないから、将来のことなんて真剣に考えてこなかったけど、怪我をしてもなお船のことが忘れられない親父みたいに、自分の仕事をずっと誇りに出来たら、って、テレビ観ててふっと思ったんだ。だから、俺も船乗り。ちょっと単純すぎかな?とも思うけど、いつか俺に子どもが出来たとき、いつかの親父みたいな顔してられたらいいなって強く思ったんだ。―

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