第14話

「ジュン、いたのか。マスターは?」

ドアに付いた呼び鈴が鳴って、マサキが手に提げたスーパーの買い物袋を軽く上げた。

ジュンは無言で奥のソファーをあごで差した。

「あぁ、夢ン中ね。」

マサキは危なっかしい格好で横たわっているマスターを振り返ると、少し笑って、ネクタイを緩めた。

「つっかれた~、やっぱ着慣れない服着ると身体がだるくなるよね。ねぇ、何か作ってよ、俺スクリュードライバーがいいな。」

「・・・“何か”じゃないじゃんよ。」

「ごめん、言った直後に甘いのにしようと思ったからさ。ほら、疲れてると甘いの口にしたくなるって言うでしょ?」

「まぁね、別にいいけどさ。こっちも考える手間はぶけるし。」

棚から細いグラスを探しながら、ジュンはふと思いついた台詞を口に出した。

「そうだ、何して来たのよ、そんなぱりっとした格好でさ。」

数時間前に駅前で偶然出会ったことが随分昔のことのように感じられる。慌てて改札に走っていくマサキの後姿が、まるで映画の一場面を観ているようにジュンの脳裏に映る。

「あっれぇ?話してなかったっけ。」

マサキは心底意外だ、というように、大きくのけぞってみせた。

「聞いてないよ、さっきお前が濁したんじゃねぇか。」

「あぁ、そっか、そういやぁそうだわ。」

-なんかあの時は急いでたし、いきなりジュンちゃんに呼び止められたから動揺しちゃってさぁ。忘れてた。

マサキはのけぞった姿勢のまま、声をあげて笑った。その拍子に、カウンターに置いてあった空の一輪挿しがふらりと揺れた。

「なんだそれ。で?」

一輪挿しを片手で持ち上げて、ジュンは話の続きを促す。

「ん、話すよ、でもちょっと待って、それ飲んでから。」

ジュンから一輪挿しを取り上げて、マサキは目の前のグラスを指差した。


「それで?どこに行って来たわけ、今日は。」

『CHASE』の薄い壁に、マスターのいびきと、マサキがグラスをからからかき混ぜる音だけが響いている。

二杯目のオレンジブロッサムにジュースを足して味を見ながら、ジュンはもう一度尋ねた。

「言う前に先に言っとくけどさ、変な話だよ?」

からからと氷をグラスにぶつけながら、マサキはカウンターのジュンを見上げた。

「たぶん笑っちゃうよ。」

「べつにいいよ、笑って困ることもないし。」

ジュンの言葉尻にかぶせるようにマサキは

「あのさ、俺“コウムイン”になりたくって。」

と一息に言って、グラスを半分あけた。


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